陽使と一緒に考える璞の事
翌日午後。レヴァイセンが見回りに出かけた後、風遥はひとり神社周辺を歩くことにした。
――目的は、璞の観察だ。
(不思議なものだな)
目に入れば嫌に思っていたはずの璞を、自ら積極的に探すだなんて。
神社の階段を下りたふもとに早速1匹。バレーボールサイズのそれをじーっと覗き込むも、全く微動だにしない。
念のため、手を振ってみたり、「おい」と声をかけてみるも、やはり無反応だ。
……ここがどこか分かっているのだろうか? こんなところにいたら即座に浄化されそうだが、神主である風遥の事については警戒の対象外なのだろうか。
少し眺めても変化は無いので、その璞からは離れる。
左に曲がると中心街に出られる坂道があるが、帰りが面倒なので今回は右に曲がり、すっかり葉桜となった桜並木を進む。
桜が見頃の時はその絶景を見に多くの車や人が行きかっていたが(ただしあくまで神守町基準。道崎市の花見シーズンの混雑とは比べ物にならない)、それを過ぎれば殆ど車通りも無く、のどかで静かな道となっている。
だから璞探しにはうってつけだったのだが、注視すれば視野のどこかしらにいるかと思っていたはずの璞は、意外と見つからないという事に気が付いた。この辺りは特に人が少ないから、餌の供給源となる人間を求め中心街の方に多く出没しているのだろうか。
爽やかな風が吹く中を暫く歩いて、道沿いに置かれているベンチで一休み。残雪が乗る山々を眺めつつ、一息つく。
「……?」
ふ、と視線を感じて横を向けば、隣のベンチに――テニスボールほどの大きさの璞が乗っているのが目に入ってきた。いつの間に出現していたらしい。
「…………」
こちらに向かってくる様子は無いが、その小ささにしては妙な存在感があり、ミカゲのスマホに乗っていた璞を想起させる。ある程度力を付けている璞なのかもしれない。
「ん……?」
すると、璞はボールのようにベンチの上を音もなく跳ねだしたのだが……その奥にもう一つ、同じ大きさの球体があることに気がついた。
程なくして、その一体も同じ高さを同じように跳ね出す。
(璞の、双子……か?)
璞は群をなすことはあるが、こんなに活動的に動いているのを見るのは初めてかもしれない。相手もこちらを警戒していない様子だったので、風遥は眼鏡を押し上げ焦点をしっかりと合わせ、じっとその璞達を観察する。
ふたつの璞はマシュマロのような潰れ方をしたり、かと思えばゴムのようにびよーんと伸びたりと、質感を特定させない動き方をしている。
(一体、何をしているんだ……?)
これは、何かの儀式の動き? ただ、何かが起こる様子はまるでなく……静かに、穏やかに時間が流れていくだけだ。
なら、璞の感情表現なのか? 璞達は互いの動きを真似しており、段々はしゃいでいるようにも、楽しげに話しているかのようにも見えてきた。
「…………」
その不思議にして全く未知の光景に好奇心がうずき出し、何を話しているんだ、と話しかけてみたい衝動にさえ駆られている。
……しかし、何かを察したのか璞は突如ぴたりと動きを止め、消えてしまった。
「あ……」
素直に残念だった。唐突に音もなく消えたのが、またどこか寂しさを感じさせる。
「風遥!」
余韻に浸る間もなく振りむけば、レヴァイセンが走って向かってきていた。それを見て、急に璞が消えた理由が分かった。
「……そういう事か」
あの璞達は理の接近に気づいたのだ。風遥よりも先に気づくのは、流石本能的なものか。
「? 何がだ?」
「さっきまで横にいた璞が消えた。あんたの事を察知したんだろうな」
「マジか! 風遥に気を取られちまった」
その言い分からすると、まるで風遥がいたから浄化に失敗したと言わんばかりだ。
「悪かったな」
「……あっ、そうじゃなくてだな!?」
本当に気分を害したわけでは無いのだが、失言に気づき耳と尻尾を立てて慌てるレヴァイセンがなんだかおもしろい。
なので、からかいを兼ね無言で立ち上がってつかつかと歩き出す。
「ちょっ、待ってくれよ、風遥!!」
するとお堅い理から発せられてるとは思えない情けない声が追いかけてきて、くつくつと笑いながら歩く。
思えば風遥だって散々レヴァイセンに振り回されている、だからこれくらいしても許されるだろう。
(……あれ?)
ただ一方で、はたと疑問が湧く。風遥はレヴァイセンが見回りに出発して割とすぐに神社を出て、一息ついていた頃が14時半頃だったはず……。
確かレヴァイセンは今日は15時半ごろに一旦戻るとのことだったが、今何時だ? スマホを取り出し、目を見開く。
「……15時20分……!?」
――驚いた。風遥は、なんと1時間近くもあの璞の観察をしていたようなのだ。
正直全くその自覚は無いし、何なら5分程度の出来事だとばかり思っていた。
時間が溶けるとはこの事か。今後観察にはアラームが必要かもしれない。
もと来た道を、今度はレヴァイセンとふたりで戻っていく。その道中は全くと言っていいほど璞はいないのは、やはり隣に天敵がいるからだろう。寧ろ気のせいか、先よりも空気がピリついているような感じさえある。
「なあ、レヴァイセン」
「ん?」
「理は、なんでわざわざ“狩り時の璞”だけを狙ってるんだ?
全部の璞を浄化したいなら、片っ端から浄化すればいいだろ?」
「そうしたいのは山々なんだけどよ。生まれたばっかのやつは理の察知能力が高すぎて、殆ど捕捉できねえんだよな」
「成程な」
「逆に、確実に狩れるのは人についている時なんだぜ。まぁ、神主の許可が必要だけどよ」
「理による浄化は強すぎて、その人の精神に悪影響が出るからだよな?
……精神への影響って、どういうのが考えられるんだ?」
「んー? 璞に侵食されてた時の事を忘れるのが大半みたいだな。でも、人格にまで作用してたら、その部分も壊れるかもしれねえってよ」
「そうか……」
ふとちらつく友人の顔。もし、マリモが理によって強制的に浄化されていたのだとしたら……ミカゲは、マリモとの楽しかった日々を忘れてしまうのだろうか。
(あんなに楽しそうだったのにな)
璞は感情を増幅させる生き物。その餌は、ネガティブでもポジティブでも関係ないのだとすると、ポジティブな感情による餌を与えられれば、その感情を増幅させるので、結果として本人は更なるポジティブな状態にいられるということだが……。
「……あ」
そこで、今更になって、風遥がミカゲに寄生する璞を見逃したもうひとつの理由が分かった。彼は、璞によってその多幸感を増幅させられていたのだ。だから、それによって穏やかな充足感をミカゲから強く感じた風遥は、マリモに手を出すことが出来なかったのだ。
(全部の璞が、そうならいいのにな)
もし、全ての璞が、人間のポジティブな感情を餌にしてくれるのなら、ミカゲのように日々を幸せに過ごせる人が増える。それは人間社会にとってもプラスになる。
とすれば神主も、その相手の璞を浄化する必要は無いから、結果として、人と璞の共存が出来るのでは……? 具体的な手法はさておき、希望が見いだせたような気がした。
「……レヴァイセン」
「ん?」
「もし、今後もマリモみたいに、ポジティブな感情を餌にしてる璞が出たとしたら、どうする?」
その仄かな期待を胸にレヴァイセンに問う。しかし途端にその目が鋭く細められ、眉根が深く寄せられてしまった。
「別に変わんねえけど……風遥、おめーまさか、その璞は見逃せって言うのかよ?」
「……駄目、か?」
レヴァイセンの声のトーンが低い。明らかに咎めてきているのを感じ、たじろく風遥。
「ああ。餌が何であれ璞は璞だ、一定の成長までされたら浄化が物凄く厄介なことになる。
しかもポジティブな感情を餌にする璞のデータは少なすぎるから、放置するのはリスクが高い」
即答。完全に、浄化が前提の物言いになっている。
「ミカゲのはたまたまおめーの友人だったから強硬手段はとれなかったけどよ。
今度は相手が誰であれ、浄化するからな」
声音からは言い聞かせるような圧を感じる。理らしいと言えば聞こえはいいが、人間からすれば冷酷さが垣間見える表情。いや、理の言い分も分かるのだ、が。
「……分かった」
やはりそうそう上手くは行かないかと、ため息交じりに風遥は頷いた。
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