友人来訪:検知
そして日曜日。風遥の友人は予定の電車に乗ったらしく、11時頃に到着予定との連絡があったそうだ。それを受け駅まで迎えに行くと言った風遥に、人の姿になった上でレヴァイセンもついていく。
以前、風遥は待ち合わせの時に黒兎の璞に待ち伏せされていたという話を聞くと、出来るだけ1人で行動させたくなかったからだ。
ただ風遥は完全に私服なので、服装だけ見ればレヴァイセンが神主にも見える。しかし風遥と同じ雰囲気の洋服を構成する技術は、持ち合わせていない。
「確認だが、友達は俺の今の名前が風遥だって事も知らない。
……その辺もまたあとで話すから、今はとりあえずハクトで合わせてくれ」
「ああ」
確認事項に一つ頷いたところで電車が到着、ぞろぞろと改札から人々が出てきた。スーツケースなどの大きな荷物を持つ人間が多い中、身軽な格好の人物が風遥の方を見て手を上げた。風遥も頷いてその人物がこちらに来るのを出迎えたので、この人物が友人のようだ。
「やあ、ハクト。やっぱり変わってないね、良かった」
「何を期待していたのか知らんが何よりだ」
風遥の友人は、長めの黒髪を結った赤い瞳の男性。少々特殊な会話で挨拶を交わしてから、レヴァイセンの方を見た。
「……そちらは?」
「ああ、彼は……」
風遥がレヴァイセンを見ながらそう言いかけて、しまった、とばかりに目を見開いた。
何に困っているのか、続く言葉の推測からして……名前、か?
(あ、そうか)
確かに、レヴァイセンと言う理の名前を出すと怪しまれるかもしれない。この風土に馴染む名前を名乗らなければ。
「俺の名前は」
レヴァイセンは人の良さそうな笑顔を浮かべてからそう発声し、その裏でヒトとしての名前の命名方法を参照した。姓は現在所属している町の名前から引用し、名は任意。
……任意? 何一つとして候補が無いと言うのに?! 何か名前を、俺の名前を……。
「――神森カナトだ。ハクトと同じ神社で働いてる」
平静を装いつつ必死に検索した結果だろうか、咄嗟に浮かんできた「カナト」と言う単語が名前として浮上、即座に採用することで不自然になることなく名乗る事が出来た、はずだ。
「カナトさんですね、初めまして。僕は水無月ミカゲです」
ミカゲも微笑んでくれたので、特にレヴァイセンの自己紹介に不自然な点は無かったという事で良いだろう。風遥も安堵の表情で小さく溜息をついていたので、間違いない。
「ああ、よろしくな!」
……任意と言いつつ、ちゃんと名前候補が設定されていたのは助かった。
その後は二人を神守神社へと先導する役を担って一歩前を歩きつつ、何となく後ろの会話に耳を傾ける。
「ここ、山が綺麗だよね。道崎よりかなり近くて、迫力あるね」
「そうだな。俺もそれは初めてきた時から思ってる」
ミカゲは神守町が初めてのようで、時にきょろきょろしたり、立ち止まってスマフォで写真を撮っているので、神社に進む足取りはいつもよりも緩やか。
ただ、神社へと続く急斜面を歩き出すと「急な坂だね……」と言ったっきり無言になる。
『レヴァイセン、ちょっと待て』
そのまま暫く歩いていると主の声が頭に響いたので振り向けば、二人との差が大分広がってしまっているではないか。
(やべっ)
そうだった、人間はこの坂を上る際かなり減速するのだった。普段は主のペースに合わせて移動していたのだが、友人がいるというシチュエーションが初めてで配慮に至らなかった。
あと、理の擬態機能は一般的な人間よりも運動能力がかなり高く設定されているようだ。早く主の元に戻り、任務を続けなければ!
「二人とも悪ぃ! 今戻るわ!」
レヴァイセンは慌ててそう叫んでから、坂道を下るべく走り出す。
「いや、待て!」
が、直後、主の鋭い声が飛んできたので止まろうとして、足元の丸い窪みに足がつっかかった。
「ぅお!?」
ぐらりと大きく体が傾いて――顔面から転倒。その勢いのままゴロゴロと転がり落ちていき、二人の足元で止まる。
「……大丈夫か」
意図していたよりもかなり派手な戻り方になってしまった。主も困惑しているように見える。
「ああ、ちょっと待ってな……」
レヴァイセンはすっと立ち上がって状態を確認。あちこちすりむいているので格好は悪そうだが、この程度であれば歩行に影響はないようだ。
「大丈夫そうだ。よし、行くか」
「……本当に、大丈夫なんですか……?」
ただ心配そうにミカゲがこちらを覗き込んでいるので、レヴァイセンはニッと笑って
「ああ。俺は痛みは感じねえ、しっ!?」
そう安心させるために言ったのだが、風遥に強く服を引っ張られた。
「やせ我慢してないで、さっさと行くぞ」
『人間は痛まない方がおかしいんだ』
二重に聞こえてきた主の声……そうか、ミカゲに心配させないように仕様を伝えようとしたが、寧ろ本来人間には痛覚があるので伝えてはいけなかったのだ。
(今からでもいってーって叫んだ方が良いか? 風遥)
『やめろ』
失態を打ち消そうと試みるもぴしゃりと言われてちょっと凹む。人間の振る舞いは難しい。
神守神社に到着し、レヴァイセンは水で傷を洗う。別に異物や菌の影響を受けず自動で修復できるので不必要な行為ではあるが、人間の作法にならっているのだ。
その横ではミカゲがベンチに座って一休み。風遥も友人の隣に立っている。
「良い眺めだね」
「そうだろ?」
景色を絶賛するミカゲと、頷く風遥。雄大な自然と称されるこの北アルプスの眺めは、来る人来る人にいつも感嘆の溜息をつかせている。
……先月レヴァイセンが一輪の桜を特別な桜と感じたように、この景色もまた、彼らにとって特別なものなのだろうか。その感動を共有できないのは少しもどかしい。
「んじゃ、俺は社務所に戻る。ゆっくりしていってくれよな、ミカゲ」
「はい、ありがとうございます」
ともあれミカゲへの挨拶は済ませたし、特に彼個人に対しての興味は無い。なので後は二人で過ごしてもらおうと、レヴァイセンはそう声をかけ社務所に向かう。
居所の玄関から入って左に曲がれば社務所だ。外の様子はガラス越しに伺えるようになっているので、その窓を開けて風を入れつつ境内を眺める。
風遥はミカゲと一緒に境内を歩き、時折指を差して何か解説しているようだ。他に参拝客がいない事もあり、風に乗って声が聞こえてくる。
会話の内容までは聞き取れないので話題は分からないが、町民たちと一緒にいるよりも遥かにリラックスした様子の風遥は、遠目に見てもよく分かる。
(楽しそうだ)
時折自分が見た事のない笑い方をしている。これは、霜月ハクト特有の表情なのだろうか? それか、同じ「笑顔」でも、相手によって変化するという事か。
ミカゲも同じように笑っているあたり、成程あれが友情なのかと理解する。
なお、レヴァイセンが宿り場にしている狛犬の像は、見る人によっては何かを感じるらしいが、ミカゲにはただの石像として一瞥されるにとどまったので少し安心している。
『レヴァイセン、ミカゲと昼飯を食べてくる』
(ああ、気をつけてな)
鳥居へ向かっていく二人を見送ろうとするのだが――ふと、ミカゲがレヴァイセンの方を見て……その姿に、一瞬だけ“影”がちらついた。
「……!」
身体が強張った。この感覚は理としての本能によるものだ。
(あいつ、まさか……)
別に二人の邪魔をするつもりはないのだが、この警告は無視出来ない。自分の察知能力は正常に稼働している以上、主に危害が加わる可能性をもってして見過ごすことは、陽使の使命に反する。
(でも、言わねえほうが、良いよな……)
ただ先にそれを言ってしまうと風遥の楽しい気持ちも削がれてしまうだろうから、それも本意ではない。
なので二人の姿が見えなくなって暫くしてから球体化。
その気配を消した上で、二人の後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます