3日目夜 主と陽使の関係性は…
昼の見回りを終え、境内に待機して1時間程の18時42分、主が外に出てきた。
自分を見つけるや否や真っすぐに向かってきたので、跪いて待つ。
「レヴァイセン、頼みがあるんだが……」
「はい、何なりと」
程なくして呼びかけられたので見上げるも、何故か視線を外してしまう主。知らずと無礼な振る舞いでもしてしまったのだろうかと心当たりを探そうとしたが、先に主が口を開いた。
「……夕食に付き合ってもらえるか?」
おずおずと問われた内容は、しかし理には不適切な内容ではないかと判断する。もとより、主はそれを知っているはずだったが……?
「? 恐れ入りますが、先日も申し上げた通り、理は食事は不要ですが……」
「ああ。だから、座ってるだけで良い」
こちらの指摘に被せるように主がそう言った。確かに座っているだけなら問題は無い、が。
「承知致しました。ですが、座っているだけでお役に立てるのでしょうか?」
今度は行為の意図が分からず首を傾げる。食事はいらないと言ったはずなのに食事に誘われ、かつ座っているだけで良いというのは一体どういうことだろうか。
「十分だ。今まで大人数で食事するのが当たり前だったからか……食事が一人だと少し落ち着かなくてな」
また視線を外しやや伏しながら、右手で首筋のあたりを擦りながらそう説明する主。
その一連の行為に納得する。先程の挙動も不安を表現していたのだろう。
「そうでしたか」
人間は新しい環境に適応するのに理よりも圧倒的に時間がかかるとされている。それに一刻も早く馴染んでもらうために出来る事は請け負うのが陽使の役目。
「拝命致しました。精一杯務めさせていただきます」
「いや、そんな大げさな事じゃないんだが……」
なので袖に手を通して深々と一礼するも、何故か主は決まりが悪そうにぽつりと呟いていた。
主についていく形で居所のリビングに進入し、テーブルに添えられた椅子のうちの一脚に迷いなく座る。
「……いや、ここに座るのか?」
ちょうどそれは主の隣だったのだが、主は驚きと戸惑いの様子でこちらを見つめている。
「ここが私の席でしたので」
「座る場所が決まってたのか?」
「ええ」
今、主が座っている場所の正面を手で指し差してから、その右隣の小さな椅子を指す。
「こちらのお席が風臣様、この小さな椅子が当時の風遥神主の場所で……
今風遥神主が座られている場所は、以前は師の場所でした」
それを順々に説明していると、主がふむ、と小さく頷いた。
「じゃあ、やっぱり一緒に食べてた時期があるんだな」
「いえ、そのような事はありません。
……ただ、皆様が食事をするときの席順として記録されているようですね」
「? それが、“食べてた”って事にならないか?」
――主の指摘に、一瞬だが思考回路が遮断された。
「そんなことは無いはずですが」
そう言いつつも、確かに奇妙だ。だから、小さな矛盾に気づいて、思考が一瞬だけ停まったのだ。
「……じゃあ、本当に、ただ座ってただけなのか……?」
その矛盾に訝しがる主を見て、背景情報の提供が必要だと考えたので席順にまつわる記憶を引き出そうとする。
しかし……一向に出てこない。誰がどこに座るのかそれを決めている時の映像や音声はもとより、実際に自分達が座っている記録ですら、何一つ。
「不可解な事が起きています。文字情報として残っているのですが、そこに至るまでの記録が一切無い」
推測するための断片ですら与えられていない。これでは背景情報を説明することは困難だ。
「……申し訳ございません、風遥神主。ご質問に対しての的確な回答が出来ません」
頭を下げると、主は「別にいい」と全く気にしていない様子で言った。ただ、何か案でも浮かんだのか、はっ、となった後小さく微笑んだ。
「いっそあんたも食べてみるか? 何か思い出せるかもしれないぞ」
ずい、っと出された料理皿を見て、レヴァイセンは反射的に首を横に振る。
「ですから、理は飲食を必要としませんので……」
理は食べ物を咀嚼したり、味わったり、消化する機能を持たない。
……否正確には、理が持つ『人間の姿に擬態する機能』を利用すれば、人間と同様の機能の真似事は可能だが、今の自分にその必要性は無い。
「頑なだな」
流石にそれは冗談だったか、皿は直ぐに主の手元に引き戻される。
「……では何か、他に私にできる事はありますか?」
「無いな。静かにしててもらって構わないぞ」
「はい」
そう言って「いただきます」と食べ始める主を横目に、先日の事を思い出す。
(……何故、思い出せないのだろう)
あの時もそうだった――過去の“風遥”についての記録が残っていなかった件といい、一体自分の身に何が起きているのだろうか。
ただ座っているだけで良いという主の命令を幸いに、一旦意識レベルを内面に向け、自己修復機能を起動。
主に13年前以前の様々な記録に対する背景情報が消失している件についての調査を開始する。
『背景情報については再起動時退避済。退避先についての詳細は不明』
すると程なくして調査結果が出たが、よく分からないので退避先についての更なる調査を試みる。
(退避先の詳細な調査を要請)
『――調査は拒否。抱いている懸念は理の行動に支障を与えるものでは無い為』
しかし無感情な自分の声がそれを拒否してしまい、確かにそれもそうだなと納得せざるを得なかった。意味のない調査によって消耗し、稼働時間を減らしてしまうのは本末転倒。
そうさせないため、再起動時に予め移動していた可能性も高いので、それ以上の追求は止めた。
……とすればいよいよやる事もなくなったので、レヴァイセンはじっ、と主を眺める。
「………」
主は時折ちらちらとこちらを伺ってはくるが、何かを言ってくることは無かった。
20時38分。夜の見回りを開始して暫く経ったころ、レヴァイセンはふと何者かの声が意識内に入り込んできたのを察した。ただそれは、不快な感覚ではない。寧ろ……
『レヴァイセン、聞こえるか?』
(はい。どうしましたか、風遥神主)
やはり主の声、というより、主以外にあり得ない。レヴァイセンは先代神主とは陽使の契約は結んでいなかったので、こうして異種族と遠隔で話すと言うこと自体が初めてだ。
『思念による会話のテストだ。ちゃんと出来ているみたいだな』
(そのようです)
自分は今上空にいるが、対面で会話しているのと何ら変わり無く澄んだ声が聞こえる。問題なさそうだ。
『それで、今日は何時くらいに戻るんだ?』
(本日は22時頃を予定しております)
そもそも理がこうして見回りを行う目的は、主に浄化に最適なタイミングの璞を探すため。具体的には、一定の成長をしつつも、まだ力をつけてはいない璞。
『そうか。今は何してるんだ?』
(はい。浄化すべき対象の璞を探しております)
主に人間に寄生し餌を得ている璞だが、一定の時間が経つと大抵その人間からは成長の餌を得られなくなる。すると璞はその人間から離れ次の標的を探してうろつきだすので、ここが『浄化に最適』となる。しかし新たな人間に寄生されてしまうと理単体での浄化には原則神主の許可が必要になってしまうため、その前に確実に狩る必要がある。
ちなみに、狭間に侵入したての璞は思いのほか逃げ足が速く、また数も多いので浄化の効率は悪い。かと言って逃げなくなる程に力をつけられてしまうと、理に対し抵抗してくるので厄介になる。
『そうか。……ひとつ、聞きたいんだが、いいか?』
(はい、何でしょうか?)
すると、ちょうど良い璞を見つけたので上空からすっと降りていき――音もなく手で一閃。
不意をついて浄化したところで、主の話に集中すべく立ち止まる。
『……理は神主を裏切るから信じるな、と言われたんだが、本当か?』
(? そのような事は無いです)
少しの間の後そう問われたが、即座に否定。寧ろ何故そう聞いてきたのか疑問にすら感じ、首を傾げる。
(我々陽使は神主の利益を最優先に行動するよう指導されています。
そうでなければ、神主との信頼関係を築くことが出来ず、“全ての璞の浄化”という我々の使命に反する事が起きかねません)
『…………』
主からの返事は無いが、通信状態は保たれている。息をひそめるようにして聞いているようだ。
(ですから、例え神主から見て裏切ったと思うような事でも、理からすると、その行為は神主の利益になると判断しての事です)
断言する。前例を探しても、神主の意に反する陽使の行為によりその関係が破綻したという事は聞いたことが無い。
『……なら、もし裏切りが起きたら、どうしたらいい?』
主はそう聞いてくるも、こちらを疑っている、という様子では無さそうだ。無論、自分が何らかの裏切りをしてしまったという自覚は無いのだから当然といえばそうなのだが。
ただ、理と人間の間には大きな違いがあると師から再三聞かされていたので、それによる誤解が神主からしてみると裏切りとして映ってしまうことも十分に考えられる。
(万が一風遥神主から見て私に不審な行動が見られましたら、認識のズレを解消するべく対話する事が必要と考えます。ですので、その旨、速やかに私にご報告ください)
『分かった』
なのでそう説明すれば、普段の調子で肯定の意を伝えてくれたので、どうやら納得してもらえたようだ。
『レヴァイセン。
……信じて、いいんだな?』
(はい)
そして念押しには即答で頷く。相手に姿は見えていないので頷きは不必要な動作ではあるのだが、知らずとそうしていたのだ。
それにしても、そのような情報を流したのは一体誰だろうか。
璞にそそのかされた人間の仕業だろうか。今日は少し時間を延長し、より一匹でも多くの璞を浄化しよう。
主、風遥の利益になる行為こそが、陽使としての利益でもある。
――璞の浄化はその最たるだと、そう、教えられてきたのだから。
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