3日目昼 神主と陽使の関係性は、

 今朝も6時の時報で目が覚めた。さっさと身なりを整えて台所に立ち、香月が残してくれた食材と、残っていたご飯で簡単な朝食を作る。

「……いただきます」

 ただ、1人で朝食を食べるというのは、それこそ入院していた頃以来ではないだろうか。

 ひなた園にいた頃は賑やかに食べていたのに、音があまりにも足りなさ過ぎて違和感が強い。こんなに寂しいものだっただろうかと耐えかねて、賑やかしの為にテレビをつけた。ひなた園では食事中のテレビは寧ろ禁止されていたのだが、とにかく無音が嫌だったのだ。

『次はお天気のコーナーです……』

 ダイニングテーブルに添えてある椅子が4脚も無人なのもまた寂しさを助長する。……うちひとつだけ他の椅子とは形が異なる足置き付きの椅子があり、これはきっと13年前の風遥が使っていた椅子。今の自分では座ったら壊れてしまいそうだ。

『……道崎市の天気は晴れ、最高気温は……』

 そんな中で聞きなれた単語が耳に入ってきたのでテレビに耳を傾けるも、その情報はもう不要のもの。一瞬の郷愁が漂うも、少し後に流れてきた神守町の天気情報にも意識を向ける。曰く、一日晴れで最高気温は15℃。

 今日は9時頃智秋がやってきて、神主の仕事を説明することになっている。

 ……頭を切り替えなければ。もう自分は、風遥なのだから。


 自室に戻り、ひとまず智秋に指示されていた和服(と言っても自分で着られるあたり普段着のようなものだろう)に着替えていると、鈴と柏手の音が続いて聞こえてきた。

 外を覗いてみると、こんな早朝でも散歩がてら参拝しにきた人がいるようで、掃除中のレヴァイセンと軽く雑談しているようだ。

 ……狛犬の擬人化、いわゆる獣人と人間が馴染み合う世界は架空の物語だけの話だと思っていた。

(不思議なものだな……)

 ここから電車でたった1時間程揺られた先、同県内の道崎市ではそのような光景は一度たりとも見たことが無い。一体いつ、道崎の神主や理達は璞の浄化を行っているのだろうか。あれだけ目立つ存在がいれば絶対に注目されるはずなのに。

 参拝者が帰った後も、せっせと掃き掃除に励むレヴァイセンを縁側のガラス戸越しに眺める。すると主の視線に気づいたか振り向き即座に姿勢を正され一礼されたので、何となくこちらも頭を下げた。

 その礼に特に意味は無い、のだが、レヴァイセンはこちらに向かって走ってきて、再び一礼したので窓を開けた。

「おはようございます、風遥神主」

「おはよう、レヴァイセン。昨日は何時頃に帰ってきたんだ?」

「昨晩は広範囲を見回りましたので、1時間ほど前です」

「……?!」

 回答を聞いて目を見開いた。昨日は儀式も行っているし、一体いつ休んでいたんだ……?

「寝なくて、大丈夫なのか……?」

「はい。我々理は人間のように飲食や睡眠を必要としませんので」

「ああ、だからか」

 言われてみれば確かに全く疲労を感じさせない佇まいだが、理と言う種族がどうやってその動力源を得ているのかが気になった。

「なら、ずっと活動していられるのか?」

 まさか植物のように、太陽の光や空気だけで生きていけるのだろうか?

「いいえ。我々の連続稼働日数は平均14日間ほどとなり、それ以上の活動は機能を低下させ、最悪の場合、機能停止してしまいます。

 そのため、一定の稼働時間を越えたところで、2時間~最大半日の休息を頂いております」

「充電みたいなものか……」

 説明を受けて身近にある例が出てきた、充電式の家電全般だ。振る舞いが機械的なのが気になっていたが、本当に機械のよう。しかしだとしても2週間に一度、半日で良いならコスパとしては非常に良いのではないだろうか。

「前回は風遥神主のご帰還に合わせて休息を済ませています故、余力は十分です。どうぞ何なりとお申し付けください」

 そう言って一礼するレヴァイセン。

「ああ」

 何なりと、か……胸中でぽつりと繰り返す。というのも、ひとつ浮かんだのだ。

 ただ、それが神主の仕事とは直接関係のない事であっても、彼は引き受けてくれるのだろうか。いずれにせよその頼み事は今朝は既に済んだ事なので、頼むとしても後になるだろう。

「寧ろ、俺も手伝った方が良いよな? 掃除……」

「外の清掃は私が行いますので大丈夫です。内部については真見神主にご教示いただいてください」

「……分かった」

 真見神主。そう、今日からの智秋は、ある意味風遥の上司としてこの神社にやってくることになる。いわゆる研修期間に入ったのだ、気を引き締めなければと深呼吸。

 ……その行為にはもう一つ理由がある。智秋が例の『僕が知っている理』を連れてくるからだ……。


「おはようございます、風遥君」 

 智秋は真見町神主として、時間通りにやってきた。その一歩後ろには、見知らぬ人物。

「おはようございます、智秋さん」

「おはようございます、真見神主」

 智秋が神職の格好をしている事に新鮮味を覚えつつ会釈し、もう一人の来訪者へを目を向ける。智秋よりも髪が長く、頭一つ分は背が高いその存在が、龍をモチーフとした理であると一瞬で分かった。

 頭部からは細く長い角が二本、人間の耳のあたりからは刺々しい鰭と細長い髭が左右対称に生えている。鞭のようにしなっている髭の先端には、蒼い小さめの宝玉が3つ連なっている。輝く様子が、

「紹介しますね。こちらが真見町陽使の……」

 指し示した智秋の手をそっと制してから、彼はずいっ、と前に出た。

「……ソラリス」

 ソラリスと名乗った理は、腕組みをしてじっと風遥を見降ろしている。月白色の髪が風でゆらりと広がり、勿忘草色の瞳はこちらを見定めているように鋭い。

 2m近いであろう高い身長に加え、肩幅も広く完全に男の体形。

(あんたが……)

 あの日俺を神守神社に誘導した理なのか? そう問おうとするのだが、その貫禄のある佇まいから放たれる威圧に声が出ず、寧ろ半身引いている。

「………?」

 その身構えている状態を見てか、ソラリスは眉をひそめてゆっくりと首を傾げる。

「……霜月ハクト……いや、神守の神主よ。随分と委縮しているようだが、あの時の威勢はどこに行った?」

「あ……いや……」

 そこで別に彼が自分を牽制しているわけでも無く、素でこの態度なのだと言うことを知る。

 そしてもう一つ、やはりソラリスがハクトを誘導したという事も分かった。……が、色々物申したい気持ちはあれども発するには先方からの圧が強く、今は無理そうだ。

「風遥君、すみません。彼は威圧しようとしているわけでは無いのです。

 寧ろ人間への理解は深い方ですので、安心してくださいね」

「は、はあ……」

 智秋が微苦笑しながらそうフォローしてくるも、この第一印象からは全くそうは思えなかった。


 今日の仕事は、先程レヴァイセンが言っていたように清掃について。智秋と一緒に境内、主に拝殿の掃除を行った。

 それと、神社で行うお祓いと、販売しているお守りについて。本質的にこのふたつの業務は同じで、璞の簡易的な浄化や璞除け、以前ハクトが貰ったこともある理の加護を得るものなど、効果に応じた言霊を唱えて念を込める。それが人に向けて行われるか、小さな巾着袋などに向けられて行われるかの違いでしかないそうだ。

 なので今日はお守りを神器の間で何個か作成し、上手くできているかどうかを智秋やソラリスが確認する。個数を重ねると疲労からか多少のムラが出てきてしまったそうだが、初日にしては上出来とのこと。

 お昼を食べてまた練習して、風遥の精神の消耗を考え14時で終了。また、レヴァイセンが14時と20時が見回りの時間らしく、14時を迎えて早々に出発していった。

 そして智秋も「また明日もよろしくお願いしますね」と帰って行ったのだが――何故か、ソラリスがその場に残っている。

 どうやら見回りをするレヴァイセンの様子を見る為に残ったそうだが、ならどうして彼は、今風遥の目の前にいるのだろうか。

「…………」

 しかも相変わらず腕組みをしてこちらを見下ろしており、本人にその気が無いとは言うもののやはり立っているだけで威圧的。

「…………」

 かたやこちらは新人神主。仲介役となる智秋もレヴァイセンもいないとなると、いよいよどう声をかけて良いのか分からない。

「……神守の神主。俺に話したい事があるなら遠慮せずに言うと良い」

 すると意外にも、ソラリスの方からそう声をかけてきた。もしかすると、風遥が朝から何か言いあぐねているのを察していたのかもしれない。

「理と人間は対等だ。故に理に対し敬意を払ったり、畏怖を抱く必要はない。

 逆に理も神主を“主”と定めてはいるが、それは便宜上だ。

 ……実際の我々は主従関係ではなく、あくまで協力関係に過ぎない」

「そうなのか」

 ソラリスから言葉が発されるまでに少しの間があるのがまた厳かさを感じさせるが、それに臆することなく、神主として堂々と振舞うのが理への礼儀、だろうか。

「なら、あんたに対し、特に敬語を使ったりする必要もない……と言うことで良いな?」

「……構わない。敬語は人間固有の文化だ、理は階級はあれどもわざわざ言葉を変化させることはしない」

「そうなのか? なら、レヴァイセンは……」

 ガッチガチの敬語を使うどころか風遥に対して完全に従者のような振る舞いをしているのだが、どういうことだろうか?

「……元々レヴァイセンは陽使の素質に難があった。故にそのような方針が設けられ、主従関係を徹底させたのだ。

 もっとも、以前の主の下ではまともに機能していなかったようだが」

 ソラリスは察しが良いようで、風遥の意図を読み取ってくれた。……意味深な一言と一緒に。 

「……?」

 それはどういうことだろうか。香月が言っていた、レヴァイセンの記憶喪失(?)に関係しているのかどうかも気になった。

「……それで、俺に何を聞きたいんだ? 神守の神主」

 それを尋ねようと思ったのだが、先にそう聞かれたので、風遥は一旦その疑問は置いておき、兼ねてより聞こうと思っていたことを口にする。

「……俺を神守神社に誘導したのは、あんただよな?」

「そうだ」

 深く頷くソラリス。風遥はここぞとばかりに、一歩踏み出した。

「あんたも理なら、何もレヴァイセンのところに連れて行かなくても対処できたはずだ。

 ……何で、俺を助けず、見てるだけだったんだ?」

 そこで一旦言葉を切って、睨むようにソラリスを見つめる。


「俺の意思を尊重すると言いながら、本当は神主にしたかったんじゃないのか?」


 その踏み込んだ物言いに反応したか、ソラリスの目が少し細められる。ぐっ、と空気を圧された気がしたが、目は反らさない。

「……そうだ」

「何……?」

 そして、間をおいて紡がれた言葉は、まさか肯定するとは思っていなかったもの。


「智秋はお前の意思を尊重すると言っていたが、こちらの事情は違う。

 ……何としてでも、お前に神主になってもらう必要があった」


「は……?」

 それどころか待ってましたと言わんばかりに言葉が続き、目を見開く風遥。声にならない驚愕が零れる。

「……故に、霜月ハクトが神守町に来る日の情報を黒兎の璞に渡し、

 智秋の合流が遅れるよう、その通り道に倒木を置いた。

 ――それらは智秋の同意を得ていない。全て、俺の独断で行った事だ」

「……!!」

 息を呑み、寒気に震える。不運の連続だと思っていたそれは、この理によってすべて仕組まれていた事だったのだ……!

「……そして、智秋は未だ、この事実を知らない」

「な、っ……!」

 その上主である智秋をも騙しているだなんて。確かに焦燥していた智秋の様子を思い出せば、それは決して演技ではないと分かる。しかし下手するとソラリスはその状態の主を垣間見ていた可能性がある訳だが、一体どんな思いで見ていたというのか。

「……これで、分かっただろう。神守の神主」

(何で……?)

 ソラリスの言っていることは分かったが、それを今この場で堂々と白状する意図が分からない。否そもそも白状という言葉は適していない、彼に悪びれている様子など皆無なのだから。

「レヴァイセンはお前を慕うように“教育”されているが、それも偽りの主従関係。

 ……我々は、理の利益のためなら神主を裏切る事も厭わないのだ」

「っ~……!!」

 頭を殴られたかのような風遥の状態に、更に容赦なく叩き込むかのように響くソラリスの低いどこか怜悧な声。


「……故に、お前にしかと伝えておこう。

 ――――理を、信じるな。心を許せば後悔するぞ、とな……」


 そう言って龍の理は踵を返し、風遥が制止する間もなく宙へと飛んで行った。

「冗談、だろ……?」

 ……後にはひゅうと冷たい風が残され、呆然と立ち尽くす。智秋もレヴァイセンも知らないであろう真実が、ずしりと風遥にのしかかる。


 物申したい気持ちは晴れたが、とんでもないカウンターを喰らってしまい、しばらく動けそうにない。

 一体これからどうすればいいのだろうか。

「分からない……」

 理の価値観が分からない――そう呟くのが精いっぱいだった。

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