2日目夜 頭の中を整理する
香月が帰った後、自室に戻った風遥は13年前の出来事について整理していた。
まず大火災については、璞が大量発生した事による天災がきっかけだった。ところが璞が侵入してきた結界は何者かに破壊された可能性が高く、そうなれば人災という事になる。
その何者かについてはあの女の璞が最有力だが、目的は分からない。が、結果として先代神主風臣の遺体が見つかっていないという事は、あの璞が風臣に接触している可能性は十分にあるし、レヴァイセンにその時の記憶がないのも、あの璞に不意打ちを受け意識を失っていたからだ、とすれば納得できる。
……正直もう会いたくはないのだが、あの様子だとまたいずれ来ることは確実だ、だからその時に聞いてみる必要はありそうだ。もっとも素直に教えてくれるかは分からないが……。
次に、風遥の“色の喪失”について。火事の時に現場にいたことは確定だが、後は何も分からない。当然、その原因も、元に戻す方法も不明。
記憶についてもさっぱりだ。神主の力を継承しても、神守町に引っ越しても、祖母という家族に再会してもなお、何かを思い出す気配がこれっぽっちもない。事件のショックで相当厳重に封印されているのか、それとももう完全に消去され復元は出来ない状態にされているのか……。
こうしてみると希望を持ちにくい現状ではあるが、しかしそれまでは単純に不可解なだけでただただ不利益を被るだけだった要素が、ファンタジーな要素と結びついたことで物語性を帯びてきたことについては、もしかしたら、という仄かな期待を抱かせていた。
(序盤であっさり解明されたら、面白くはないもんな……?)
というのも……表に出すことは決してしないが、実は内心興奮しているところがあるからだ。
霜月ハクトは自分の存在に嫌気がさして、逃げるように空想の世界や創作物を読むことに耽っている時期が長かった。
そこでは同じように異質とされた主人公が、ひょんなことからその世界で受入れられたり、転生した先で称賛されたりなどして、そのコンプレックスが昇華されていくという定番の話を好んでいた。
あるいは、記憶喪失だった主人公が実は世界を変える重大な存在だった、というような話だってあったのだ。そこに自分の姿を重ねては、いつか俺自身にも……、と思っていたところも、無いわけではないのだ。
とは言え思春期をある程度過ぎれば「そんなことあるはずがない」と中二病の終わりと同時に諦めとなっていたので家族や友人にですらそれを話したことは無く、密やかな憧憬はいつしか心の奥底へと沈められていた。
……が、高校卒業をきっかけに“喪失”の手掛かりが急に得られただけでなく、自分を守る異種族が現れたり、果ては自分自身がファンタジーな能力を開花させたとなれば、いよいよ空想の中の出来事が現実に展開されるようになったのだ。
その事実だけにフォーカスすればそれはもう驚きとワクワクを感じずにはいられないし、風遥を取り巻く状況をさながら物語を読んでいる時のように俯瞰して眺めれば、その「ド定番」をゆくオイシイ立場には思わず口元が緩む程。この内情を友人が知ったらきっとまた『君って本っ当に特別だよね』と揶揄してくるだろう。
「っと……」
そしてそれを咄嗟に手で隠す姿は、傍目に見て若干の挙動不審。しかし『ハクト兄ちゃん、何か良いことあったの?』と聞いてくるきょうだいは、いない。
風遥はそこで我に返り、ふーっと天井に細く息をつく。
「一人暮らしか……」
ひなた園でも個室だったが、皆がいるという安心感があった。ただ今は広い家にひとりきり。ゆくゆく慣れていくのだろうが、あの賑やかさは安心の場の現れでもあったようで、急に心細く感じた。
レヴァイセンは今どうしているのだろうか、ちょっと声でもかけてみようかと立ち上がった、直後――
「風遥神主」
「ひっ……!?」
唐突に真横から声を掛けられて腰を抜かしそうになった。レヴァイセンが隣に現れたのだが、もはや幽霊との遭遇に近く反射的に数歩引く。
「あ、あんた、どうやってっ……!?」
何も音は聞こえなかったはずだが、一体どこからどう入ってきた? それとも、気づかない程に思考に没頭していたと言うのか?
「理や璞は、非戦闘中の状態においては狭間……風遥神主達の世界からの干渉を受けない状態にもできます。
今の場合ですと、建物の壁に対しては無視した後、風遥神主には視認してもらえるようにしました」
ばくばくと心臓が暴れていたが、レヴァイセンは驚かせたと言う事に対し何も感じていないのか淡々と説明される。
「ああ、そうか……で、何だ?」
その全く動じていない様子がかえって風遥の頭にとっては良かったのか、思いのほかすんなりと理解はできた。
「20時になりましたので、見回りに行って参ります。暫く不在となりますが、何かございましたら呼びかけて下さい。
風遥神主と私は陽使の契約が済んでおりますので、思念での通話が可能になっております」
「それは分かった、が……
いきなり隣に出てくるのはやめろ。驚くだろう」
だが毎回この調子では困るので抗議は行う。今ならまだしも、もっと込み入った事情の際に突如として現れられたら堪ったものではない。
「……では、どのようにしたら良いでしょうか?」
きょとんと首を傾げるレヴァイセン。多分、この様子だと理は人間の都合は考えてはくれないか、あるいは知らないのだろう。包丁や火を使った調理中にいきなり隣に出現されたら怪我の危険性があることや、自室はもとより風呂場やトイレの中だろうとお構いなしに来られればプライバシーの侵害が起きると言うことを。
「この部屋に俺が一人でいる時は、まずは外から呼びかけてくれ。それで、俺が入って良いと返事をしたら入って来るようにしてもらえるか?
これは俺が風呂やトイレにいる時も同じだ。あと、調理中は事前の呼びかけはいらないが、視野にいきなり入られると驚くからリビングから入って来てくれ」
なので事が起きてから都度都度指摘する事にならないよう、思いついたところだけはひとまず頼んでおく。
「承知致しました。居所以外ではいかが致しましょうか?」
「“人間は理が隣や背後にいきなり現れると非常に驚く”と言うことを考慮した上で呼びかけてくれ」
「はい。では……」
「待て」
そう言って、早速襖を開けて出て行こうとするレヴァイセンを一旦引き止める。
「なあ、今、『思念での通話が可能になる』と言っていたが……俺がさっきまで何を考えてたか、あんたに伝わってたりするのか?」
それはいわば仕事とプライベートの境界にまつわるものだ。知らずと考え等が筒抜けになっていたりしないのかと言う懸念。
「いいえ。思念を用いた意思疎通につきましては、風遥神主が“伝える”と言う意図が無い限りは行われませんので」
「そうか」
杞憂に終わったことで内心でほっと溜息。理が人間の思考を知ったところで言いふらしたりだとか何かやましい事に利用するとも思えないが、気持ちの問題として通す情報は取捨選択したい。
「では、行って参ります。戸締りの程、よろしくお願い致します」
「ああ。気を付けてな」
小さな一礼の後レヴァイセンは襖を開けて、部屋を出る前にまた一礼。縁側の窓を開けて境内に降り立ち、数秒立ち止まってから四つ足で駆けて行く。
その姿を見送れば残された静寂にひゅうと一筋の夜風。澄んだ冷たさはまだ冬のような寒さで、体が冷える前に窓を閉める。勿論、施錠もきっちりと。
そうしていよいよレヴァイセンもいなくなったので、広い住居にひとりきり。
……それこそ、璞ですらいないので、本当に独りだ。
(あれ……?)
その予想外の寂寥に戸惑うも、感傷的になっているだけかもしれない。なら気晴らしにゲームでもするかとスマホを手に取って座ろうとして……
“ ”
「……?」
ふと、誰かに呼ばれたような気がしてその手を降ろす。
それは声による呼びかけだったかもしれないし、映像だったかもしれない。あるいは文字が頭に浮かんだか。とにかく、誰かが自分を呼んでいる、というのがしかと伝わってきたのだ。決して都合の良い幻ではない。
ただ呼んできているのはこの部屋からではない、と思うままに歩みを進めた先は――拝殿の向こう、神器の間。
そっと戸を開ければ、月明かりの下にいるような青白い光が仄かに部屋を照らしている。
(本当に不思議な場所だな、ここは)
暫くその光の出所を探すようにぼんやり見渡してみるが、特に変化は見られない。ただこの空間が、風遥に何かを伝えようとして来ているのは体感で分かるので、目を閉じて受け入れの姿勢を取る。
すると、心地よい風がどことなく吹いてきて、その身を包んでいき……
「風遥」
そうして聞こえてきた優しい呼びかけは、しかし聞いたことのない男性の声。
ゆっくりと目を開けると、そこには――
「……!!」
――風遥に向かい、微笑む“父”の姿があったのだ。
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