2日目昼 継承の儀式を行う
答えが出そうにない過去と、不安しかない未来。
「………とりあえず、儀式の手順について教えてくれるか」
「分かりました」
しかし現在から逃げる訳にも行かなかったので、レヴァイセンと儀式の打ち合わせを行った。……否、現在に集中することで、過去と未来から一旦目を背けた、とも言うのかもしれない。
儀式には比較的規模の大きい浄化も兼ねているので、その際風遥にかかる身体的負荷を軽減する為にレヴァイセンがサポートするらしい。しかもその方法は、光球状態の理が神主と一体化するというもの。他人の意識が流れ込んでくるというのはどんなものか想像がつかないが、代々そうしているそうなので精神がおかしくなる、と言うことは無いだろう。
「説明は以上ですが、よろしいでしょうか?」
「ああ、分かった」
そうして早々に終わったので、先程智秋に渡されたメモを見ながら気になった事を聞いてみることにした。
「この言葉も、あんた達理が考えたのか?」
硬そうな言葉の羅列はいかにも硬そうな種族が考えているのかと思ったが、意外にもレヴァイセンは首を横に振った。
「いえ。もとより、神主が主体となって行う儀式や浄化に用いられる言霊について決まりはないようですね」
「……そうなのか?」
「はい。私は神守町の陽使が初めてですので比較はできないのですが、師は様々な神主の下で陽使を務めており、主に地域ごとによって決まっていそうだ、と結論付けたようです」
淡々と説明されるそれには目を丸くした。儀式という神聖な行為に対しアバウトな側面があるとは思ってもみなかったからだ。
「一方で統一感のない言霊に対し疑問に思った師は当時の神主に聞いたところ、“紡ぐ側の意図さえあれば、その言葉は何だって良い”、と言われたそうです」
「紡ぐ側の、意図……」
しかしその真意を知って、それが決して「緩い」というネガティブな理由ではないことを痛感した。ようは言葉をただ覚え唱えればいいわけではなく――住民にとりついている璞を浄化する事を強く意識……心を込めて行う必要がある、という事だ。
「はい。ですので、宗教で用いられる言霊からも引用し、その力を高めている、とのことでした」
「…………」
細く息をつく。思えば、神主という仕事は奉仕にも似ている。
地域の平和、ひいては住民の平和の為に璞を浄化する。故に神主は地域と密接な関係にあり、代々住民たちからの信頼を集めていたのだろう。ところがその関係性は13年前に崩壊し、辛うじて土台が残っている程度。自分は圧倒的にコミュニケーションの経験が足りず、そこから上手く再構築できる自信がない。
(出来るのか、俺に……)
心に暗雲が広がっているのを自覚する。それまで人付き合いを好んで来なかった人間が、縁もゆかりもない町の人達を相手に愛想良く過ごし続けなければならない事は、正直苦痛と言えばそうだ。ましてハルイチのように、璞に関係なく自分の事を歓迎しない住民も多くいるはずで……。
「……レヴァイセン」
「はい」
自分に向けられている攻撃的な態度への無関心を貫けば、その心の奥まで何も感じないでいられるというわけでは無く、感覚を鈍らせることは出来てもしっかりと傷ついている。
異端の存在に対するネガティブな反応は、新しい環境ならどこであれ仕方のない事だが、自分を拒否する相手を好意的に捉えることは出来るはずもない。
「俺は他所から来た人間だ。町の事も、そこに住む人たちの事も全然知らないし、一人一人と友好な関係を築ける自信も無い。
……それでも、俺に務まると思うか?」
しかし神主の仕事はそうした人間に対しても等しく行わなければならず、その上、仕事として割り切って出来るものでは無いのだとしたら……気づけばそう、重い胸の内を零していた。
「申し訳ございません。町民との友好な関係の築き方について、私には助言できません」
「まあ、そうだよな」
そしてばっさりとそう言われてしまえば、異種族に何の答えを期待していたのかと自嘲。なのでこの話題はさっさと終わりにしようと思ったのだが、どうもまだ何か言いたげにこちらをちらちら見つめてくるので、少し待った。
「ですが、風遥神主は確かにあの日神器の力を継承しました。神守町を護る力は、十二分に備わっています」
レヴァイセンはそこで言葉を切ってから跪き、風遥を見上げる。
「それに――貴方様は、全てを忘れていてもなお、継承することを選んで下さった。それは私を犠牲にしたくなかったからではないかと、そう真見神主が仰っていました」
「! それは……そう、だが……」
咄嗟にそう言われ自棄を起こしかけていた心が動揺し、違うと嘘をつく事こそしなかったが、肯定もぼそぼそと小声でしかできなかった。
「神守町は、そのような本質を持つ神主によって護られる。
それは幸いであると私は考えます」
「……そうか」
対してレヴァイセンは淡々と、堂々と自分の意見を言い切った。そしてその言葉は下手な共感よりもずっと風遥の心を励ましており、自然と口角が上がっていた。
「ありがとうな、レヴァイセン」
「いいえ」
すると、何故か目を閉じるレヴァイセン。そこで顔以外の感情を探ってみると、ゆらゆらと尻尾が揺れていた。
もしかすると、真実とは言え主の機嫌を害すると分かっている事に対し彼なりの葛藤があり、それをフォローできたことに安堵しているのかもしれない、と思った。
いよいよ儀式の時間が間近となった。儀礼用の衣装に着替えた風遥は、自室から外の様子をこっそりと伺って小さく目を見開く。
境内には次々と人が集まってきており、まるでライブの開演前のように賑わっていたのだ。てっきり代表者だけだと思っていたのだが、これは予想外だった。
「結構来るんですね……」
「それだけ待ち望まれていたという事ですよ」
ふーっと緊張からの溜息をつくと、隣で智秋が微笑む。
(ミカゲの時よりかは、少ない……か……?)
これから大衆の前で”発表”する訳だが、まさか友と同じようなシチュエーションに立たされるとは思いもよらなかった。彼は本番直前「緊張するね~」と軽いノリで言っていたので本当に緊張しているのか? と疑いたくもなったが、あえて軽く言いたくなる気持ちも、今なら分かる。
「大丈夫です。全ての流れは整えられています。あとは、それに身を委ねるだけです」
「……はい」
それは心強い一言なのか、もうどうにでもなれという開き直りの推奨なのか。
最後に深呼吸してから、歩き出す。
レヴァイセンに先導されながら居所と拝殿を繋ぐ渡り廊下から拝殿に入り、祭壇の前で一礼。すると、眼前に大幣が現れたのでそれを握って一振りしてから、大きく開けた戸へと向かう。
陽使がそっと置いてくれた草履をはいて地に降り立って、石の階段の前で止まり、全体を見渡す。まず先頭には香月を始めとする昨夜の代表者たち……無論、ハルイチもそこに。相変わらず刺すような視線をこちらに向けている。
そこから後ろは老若男女問わず所狭しと人が集まっていたが、よく見ると璞がくっついている住民も多く見受けられた。
(この方々の璞を、今から浄化するんだな)
段差としては大した高さではない。なのに、さながら自分が神の視点でも得たかのように人々を“見下ろしている”という感覚が強い。どこか崇めるような住民たちの期待の目と、手の中の大幣がそうさせているのだろうか。はたまた本当に、風遥に神が降りてきているのか――
「では、宜しくお願い致します」
不思議な高揚感に包まれる中、レヴァイセンがそう言って光球になったかと思えば、そのまま風遥の中に入ってきた。
風遥が無言で大幣を掲げることで儀式の始まりを宣言すると、住民たちが一斉に目を閉じたり、あるいは俯いた。これならメモを見ながらでも出来そうだと思った矢先、頭の中に詞が飛び込んできたので先に言葉が口をついた。
「
それは言霊を音なくそのまま脳裏に流されているように近く、やはり神器から直接与えられているように感じられた。
『こちらは神主自身の心構えに関わる言霊です』
紡ぎながら、レヴァイセンの声が聞こえてくる。何のための言葉なのか、その簡単な解説は先程も聞いたのだが、ご丁寧に再び解説してくれているのか、それともその時の声を思い出しているのか。
この言葉は、神主自身の浄化と意図の明確化の宣言。すーっと、清らかで爽やかな空気が“六根”、すなわち眼、耳、鼻、舌、体内、そして心を巡っていくのを感じる。それが、浄化と言う行為の軸は神主である自分にあるとしかと定めさせる。
「
『こちらは、これから行う儀式についての言霊です』
人に悪影響をもたらす璞を浄化する空間の定義。先ほど風遥の中を巡っていた風がこの空間全体へ広がっていき、場の空間が整っていく。
「
『こちらは、その空間内における約束を表した言霊です』
双方その意図に逆らわず、自然とそのままを受け入れる事への合意。風遥の声が響く中、灯篭の火は静かに揺らめいている。人々の心だけでなく、璞でさえも落ち着けさせるかのように。
「
『こちらは、神主の存在意義を示す言霊です』
この世の生命と異種族が共存するこの地が安定し、ずっと続いていく事への祈り。
そしていよいよ浄化の時となり、風遥の輪郭を暖かな色の光が縁どっていく。それこそ日の光のような、あるいは炎のような、赤と橙を混ぜた色。
視界にくっきりと入る璞の数々を吹き飛ばすとばかりに、大幣で大きくゆっくりと左右に祓っていく。そうだ、この感覚は――神社を目覚めさせた時と、同じだ。
爽やかな風が吹き渡れば、璞は次々に光の粒子となって消えて行く。ハルイチの体内からも、逃げるように璞が出てきた。サッカーボールほどの大きさのそれは苦しみ悶えるようにぐにゃぐにゃとしていたが、やがて光となって消えて行った。
心なしか、嫌々ながらと目を閉じていた彼の表情も幾分穏やかになったように見受けられる。
『全ての璞が浄化されました。後はこの場を閉じる言霊を唱えれば完了となります』
レヴァイセンもそう言ってきたので、浄化の作業はこれで終わり。一つ息をついてから頷き、目を閉じる。
「
『こちらは、この世界における真理を伝える言霊です』
絶えず生まれる命達、それらの想いがこの世を創り上げている。世界、ないしは宇宙から見ればちっぽけなこの空間にも、今この瞬間を形作る沢山の思いで溢れている。
先までの淀みが一掃され清浄さに包まれた空間で、今彼らはどんなことを思っているのだろうか。何となくだが、言葉にならない喜びの声を肌で感じ、風遥自身も嬉しく思っている。
するとどうだろうか、この空間全体が、喜びに満ちているかのように心地の良い風が吹いたのだ。
「
その風に乗せるように、最後に祈りの言葉をもう一度。この「祈り」の成就のために――神主が、異種族の懸け橋となるのだ。
(……俺自身が異種族な気もするが、良いだろう)
先からずっと、風遥の意識を邪魔しない程の自然な流れで何者かの思考が混じっている。きっと神器を通して、この言霊を考えた人物の意図が伝えられているのだろう。
(“あんた”の祈り、確かに受け取ったぞ)
だから、そう答えた。
地に足をつけているはずなのに、重力から解き放たれたかのような感覚。璞を浄化しきった事への達成感からか、身を包む疲労感ですらどこか心地よい。
暫くその余韻に浸ったところで、するっ、と、身体の中から何かが出て行ったような感覚を捉える。
レヴァイセンが一体化を解いてまた風遥を先導していくので、その後ろについていき拝殿の中へと戻っていく。
祭壇に大幣を立てて、それが風に揺れ光となっていけていくのを見届けてから、神主とその陽使は人々の前から完全に去った。
自分の中に感じられた神が降りているような感覚は消えた。通路を歩いて居所に戻り、徐々にひとりの人間に戻っていきながら一呼吸。
「お疲れ様でした、風遥神主」
「……ああ」
これで儀式は終了。住民たちが満足げに帰っていく様子が見え、無事に終わった事に胸をなでおろした。
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