友と語る未来の色は、灰黄緑と灰桜

 それから何事も無く、霜月ハクトは卒業の日を迎えた。

「……今日、この日を晴れやかな気持ちで迎えられています……」

 式用に装飾された体育館のステージでは、友人が堂々とした姿で原稿を読み上げている。

 が、こんな“晴れやかな”日にも寄生先を求めている璞がいるようだ……見える範囲で、バスケットゴール裏に1体、ステージ側の照明と照明の間に1体。どちらもじっとしている。

「……私の高校生活を支えて下さった仲間達、先生方、そして両親に感謝しています……」

 卒業式は、卒業証書を受け取るためにわざわざステージに上がらなければいけないのが面倒だったが、それさえ終わればもうあとはただ座っているだけで良い。

 ハクトには高校3年間の思い出に浸るほどの感傷は無い。その退屈さから、璞がいないか探したり、感慨に耽ってすすり泣いたり俯いている生徒をいささか冷めた目で見たりしながら、式が終わるのをじっと待っている。

 ……レヴァイセンは、今どうしているのだろうか。神守町の璞を、人知れず浄化しているのだろうか……そんなことも思った。

 そう言えば、先月進路が決まらず荒れに荒れていたあの同級生も、気づけば元の精神状態に戻っていた。彼にぴったりとくっついていた璞の姿は無くなっていたので、道崎の神社を拠点とする理が浄化したのかもしれない。

「……私達は、希望を期待を抱きながら、それぞれの未来に進んでいきます……」

 手の中の紙一枚に記された、「学生」という何かと保護されていた身分のはく奪と、「学校」という閉塞的ながらも慣れていた社会からの退去令。つい1カ月ほど前は道なき未知に赴くのがこの上なく嫌で仕方なかったが、進路が決まってしまった今となっては、もう憂いる事も無くなった。 

 ――神守神社へ、神主として就職。全く予想外の就職先に教師たちもひどく驚いていたが、智秋の多大な協力の下、卒業までに神守町に移住する為の諸々の手続きや準備を全て終える事が出来た。

 今のハクトが希望や期待に満ちているかというと正直そんなことは無いのだが、少なからずひなた園の皆に迷惑をかけずに済んだのでそこは心底安堵している。

「……以上を持ちまして卒業生代表の言葉とさせていただきます。3年3組、水無月ミカゲ」

 壇上での一礼の後湧き上がる拍手。

 成績優秀、運動神経もあり、人当たりも良い……という絵に描いたような優等生は、式の終わりを華々しく飾った。

 そんな彼の友人であることを少しだけ誇らしく思いながら、ハクトも心からの労いを込めて手を叩いた。


「お疲れ、ハクト」

「ああ。代表の言葉、様になってたぞ」

「ありがと」

 式が終わった後の教室では、クラスメートたちは卒業アルバムにメッセージを書き合いながら名残惜しそうにしているが、ハクトはそもそも購入していないので蚊帳の外。

 なので早く帰るに限るのだが、ミカゲに呼び止められた。

「……神守町だっけ? そこ、道崎からどのくらいの距離なの?」

「電車で一時間くらいだな」

 去る休日明け、「知人の伝手で神社に就職することになった」と告げた時の反応は「やっぱり君って本当に特別な人間だよね」だった。これは個人的にはあまり嬉しくない“特別な”事情からでもあるのだが、それを正直に話すことは控えた。

 ハクトに対し偏見の目を一切持たない(いや違う意味で持っているが)希少な存在である友人。そんな彼に更なる現実離れした話、しかもまだ自分自身もよく分かっていない事を話し、あらぬ誤解を受けたりして最後の最後に変な拗れは生みたくない。

 だから「神職としての適性があったから採用された」と、嘘をつくこともしないが、今は最低限の説明で留めている。

「ならそんなに遠くは無いね。GWにでも遊びに行こうかな」

「冷やかしはやめろ」

「そんなことしないよ。何なら観光案内もお願いしちゃおうかな?」

 小首を傾げながら悪戯っ気に笑うと、長めのストレートの黒髪がさらりと揺れる。

 ミカゲは身体能力こそ完全に男性のそれなのだが、男性の平均身長よりも低く小柄。かつ女顔な事も相まってか女子に間違えられたこともあるし、なんなら文化祭の悪ノリを受けて女装して一同を沸き立たせたこともある。

 しかも、生徒会の会長まで務めていたのだからそのバイタリティは凄まじく、バレンタインのチョコの多さは歴代の男性会長の中では最多ではないかとの噂。

 ……つくづく多彩で柔軟な様子には舌を巻くばかりで、大学生活も人間関係には困らないだろう。

「無理だな。1カ月で観光地を覚えられるだけの余裕があるとは思えない」

「まあ、そうだよね。仕事も覚える事、多いだろうし」

 その柔軟さはハクトには皆無なのでばっさりと断ると、ミカゲは軽く肩をすくめる。しかし気にしていないようで、すぐに少しハクトの方に身を乗り出してきた。

「でも君の場合、それっぽい格好したら本物の神様に見えそうだよね」

「…………」

 言われたままを想像しようとして、最初に浮かんだのは白装束姿……幽霊。なので頭の中で「そうではない」と打ち消すも、しっくり来てしまったのだから自分の姿が憎い。

「……幽霊に間違えられる方が多そうだな」

「あははっ、そうかも!」

 開き直ってそう言えば友人も軽く手を叩いて笑い、うんうんと頷く。

「夜は出歩かない方が良いかもね?」

「俺としては、夜だけと言わずずっと引きこもっていたいんだが……」

 溜息を一つ。これは半分本音だ。見知った間柄ならまだしも、知らない人と接するような仕事は避けたかった。

 小さな町の神主なら町外からの参拝者こそ少ないだろうが、町民と馴染むまでの道のりが長いだろうか。その上頼みの綱の智秋は元々は隣町の住人、自分自身の仕事もあるので今までのように介してはもらえないだろう。そもそも厳密には“風遥”ではない自分が受け入れられるのかという所にも疑問だが、その辺りは考えたくない。どうにかなってくれなければ困る。

「じゃあ、その神社を利用して神の遣いにでもなったら? 教祖みたいな感じでさ」

「何を言って……」

 半ば茶化されているような突飛な提案を一蹴しようとして……光景自体は直ぐに浮かんだので言葉が止まる。

「普段は引きこもってて、たまにご神託と称してそれっぽい事言えば信仰されそうだけど」

 言われたままにイメージが膨らむ。御簾の向こうに座り、そこからそれっぽい事を言う。やれ世界に危機が迫っているだの、そのためにはお金の力で神を降ろす必要がある、だの。

 この不気味な白の見かけも、理屈では説明できない以上「神の力を受けたから」とでも言えば信じる人もいるだろう。

 そうすると、言葉巧みに誘導さえできれば案外集金は容易そうに思えた。

「確かにそれなら、信者さえ集まれば俺はほぼ引きこもっていても生活できるな……」

「でしょ?」

 ついで、璞が見えるという事も利用できる。璞が憑いている人間に対し“あなたは憑かれている。最近やたらとイライラしないか? それが証拠だ”とでも言えば取っ掛かりとしては十分すぎる。

 更に今後璞を浄化する方法を覚えたら、その浄化とセットにすることで信頼を得て、後はその人間達に己の存在を広めさせて――……

「……いけるな」

 正直、最初の面倒ささえ乗り越えられれば出来そうに思えた。まさか自分の特異体質を、このような形で利用できるとは考えたことも無かったが……。

「まあ、やらんが」

 とは言え想像はそこで止めた。多大な信仰を寄せられて喜ぶ自分ではないし、金銭目的の偽りの神託など詐欺でしかない。自分が神の使いであるという堂々とした振る舞いの演出も、それに応じた嘘を考えるのも、ハクトにとっては莫大な労力でしかない。

「やらないの?」

「後々面倒なことになるのは避けられないだろ」

 何よりもそうして多くの人を騙し続けていれば、きっといつかはその反動が来る。良心を痛めず犯罪に手を染められる程、歪んではいない。

「ハクト、なんだかんだ言ってもそう言う所は良心的だよね」

「施設の皆に迷惑はかけたくないだけだ。あと、紹介者の人にもな」

 どうしようもない孤独を感じた日も多くあるが、霜月ハクトは決して自分一人で生きてきたわけでは無い。それは幼心の内からも分かっていた。

 だからその恩を仇で返すような方向には行かず、大きなグレも無くここまで育ったのはひとえに“家族”の存在の大きさ故だ。

「その人たちの事が大切なんだね」

「まあ、そうだな……」

 微笑む友人に真っすぐに見つめられて、こちらは気恥ずかしさに少し視線を逸らす。これ以上そこを探られると決まりが悪いので、話題をミカゲの方に持っていくことにした。

「……ミカゲは、一人暮らしだよな? 場所はどこなんだ?」

「大学の最寄り駅直ぐだよ。親が見つけてきたんだけど、2Kなんだよ」

 彼の進学先は、都心で名高い国立大学の文学部。かねてより親からの干渉が強すぎる印象だが、引っ越しによってそれから多少は解放されるのだろうか。 

「2Kなら広くていいな、友達も呼びやすい」

「まあね。ただ、親に合鍵を渡せって言われてるから、いつ来られるか分からないんだ。だから友達を呼ぶのも暫くは難しいかもね」

 何食わぬ顔でそう言うミカゲに、ハクトの表情は曇る。部屋数が一つ多いのは、親が快適に寝泊まりできるように、という事か。

「………大丈夫か……?」

 友人の親を悪くは言いたくないが、流石に異常ではないだろうか。こちらは本気で心配してしまうのだが、それでもミカゲは小さく微笑む。

「もう慣れてるし、大丈夫だよ」

「なら、良いが……」

 傍目に見れば高校卒業をきっかけに親に従わず逃げれば良いのではと思うのだが、本人なりの考えがあっての事なのだろうから、そこに口出しはしない。

 ミカゲの両親からの思想の押し付けは「特別であること」らしいが、彼は兼ねてよりもう十分に優秀で特別すぎる人間のはず。卒業生代表に選ばれたのはその最たるではないだろうか。なのに未だ「特別」であることに執着する辺り、両親もさぞ優秀なのだろう。

 なにせ彼はハクトを忌避することも無く臆することも無く真正面から接触してきては「どうやってそんな白くしたの?」「何か特殊能力でもあったりする?」「僕にもそれ出来るかな?」などと面と向かって矢継ぎ早に聞いてきたのだ。

「それに、成績に影響なければサークルとかバイトしてもいいみたいだから、そこまで不自由でもないんだ」

 ともあれハクトと方向性こそ違えども複雑な環境であることは間違いなく、だから友人と呼べる関係になれたのだ。ただそれはどちらがより大変かとか不幸だとかを自慢しあうわけでも無いし、傷をなめ合う関係でもない、いたって普通の友情。お互いの環境が環境なのでプライベートで遊ぶことは殆どなかったが、学校の行事では大抵一緒だった。

「……まあ、来た時は話は聞いてやる」

 ハクトはミカゲが抱えるモノをどうにかすることは出来ないが、もし望むなら帰省時に話に付き合うくらいの事はしてあげようとは思っている。

「ありがと。そうだ、学業にまつわる祈祷をしてくれると嬉しいかな」

「……新人に効力は期待しない方が良い」

 ただ祈祷については智秋の話からして専門外な気がしているので、そこはやんわりとそう伝えておく。

 

 ハクトにとって、9年間の学校生活で友人と呼べる存在はミカゲただ一人。彼のおかげで、高校は今までで一番楽しかった事は確かだ。

 卒業後その関係がどうなるか分からないが、彼の今後が少しでも本人にとって良いものになればと、そう願うのだ。

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