【覚醒編】

【31】敗北

 最近はめでたいことづくしでほんわか気分を味わっていた俺なんだが、すっかりとダンジョン探索に行けてない事を不意に思い出したのであった。

 何かの使命感にかられたように、”行かねば!”と、突然なんとなく思ったのが始まりだったんだけど、まさかそれが原因であんなのに出くわしてしまうとは思いもしなかった。


 一言で言えば、バカ強くて充実しすぎた戦いではあったが、俺の中で1つの答えみたいなものを導き出すのにも容易な相手でもあった。


 まぁ簡単に言うとね。

 人間の体では限界があるってことだね。

 そろそろ次の段階に俺も移行しないといけないってことが、身に染みて分かったっていうのが今回の事でこれ以上ないほどの大きな収穫と言えるかな。


 そう単純に俺は勝てなかったのさ。

 負けたのだ。

 初のフルボッコ。いやーいい線いけると思ったんだけどね。

 実のところソイツと戦うに至るまでに俺は俺でレベルアップしてたのよ。

 600は超えていたはずだ。

 そんな俺がフルボッコだよ。引くでしょ。


 あのとき相手のステータス見ようとしてもエラー表示だったから、エグい数値なんだろうね。

 あんなエラー画面、俺が糖尿病MAXになったときの血糖値エラー表示しか見たことないっての。

 あれは確か600超えたらエラーになるんだけどさ、アイツはどんだけ強いんだろうね。

 全く想像もつかないし、計りようのない強さだった。


 結果としてフルボッコ後に、その場に放置された事で生きながらえる事が出来たんだけど、多分生かされただけだろうね。

 俺の中で最大の目標とする敵が出来たのが最も大きな収穫と言えるだろう。


 いつかぶっ殺したいと思いますが、今は逆立ちしても敵いません。

 そこで今回は、俺がフルボッコされたお話を語ろうと思う。


 キアと力を合わせてもフルボッコだからなぁ……強すぎワロスやわ。



 俺はその日いつものようにフィリックスからお口をフルボッコされていた。

 とってもとっても痛いんですが、簡単に回復もしますし!可愛いお子ちゃまなので全部許します!

 親バカだって?そうですが何か?

 だって安いガムみたいな名前のくせに、ゲロ可愛いんですもん!しょうがないですやん!


「あんた誰と喋ってんの?」


「独り言ですやん!」


「何、そのエセ関西弁」


「しょうがないですやん!フィリックスが可愛いんですもん!」


「ま、まぁそれはそうなんだけど、あんた変なテンションなってるから、何か隠してるでしょ?」


「よくわかったな」


「分かるわよ!何年あんたと一緒に居ると思ってんのよ!

 っで、今回は何を隠してんの?」


「えーと、まぁ単純にダンジョン探索に行こうかと思いまして」


「そんな事だろうと思ったけど、マイムも連れて行くの?」


「そのつもりではあるけど。問題あり?」


「マイムを連れて行くなら、クラーヌをフィリックスの護衛に置いてちょうだい。それだったらいいわよ」


「オッケー。おーいマイム!行くぞー」


「あ、ザハル久しぶりにダンジョンだね!

 楽しみだよ!」


「マイム、今回の序盤はノンビリ進んでいこう」


「ほんと軽いノリの男……ある意味クラーヌが可哀想だわ」


「ザハル!何だか俺は嫌な予感がする。

 あのときグレースを失ったときと同じような感覚だ……お前に限ってあり得ないとは思うが、くれぐれも無事に帰ってくるんだぞ!」


「ああ。分かってる。

 実はその感覚は俺にも伝わってる。十分に気を付けるよ」



 俺はそう言い残して前回踏破した71階層まで転移した。

 変な気配はこの階層ではないようだ。

 全く気配を感じられない。いや俺たちが到着したと同時に消したようにも思える。

 今度の奴は相当に賢そうだ。


 俺とマイムは着実に階層を踏破して行き、問題なく80階層ボスも撃破。

 でっかいヒトデに大きな目玉が付いてる訳の分からん生物で色々な毒を持っていて、通常は食すことが出来ないようになっていたが、マイムには関係がないらしく美味しく食したようだ。


 ドンマイ目玉君。



 ――――そして81階層――――


 俺でも先に進むのを躊躇するほどのメストを放つ化け物がここにいることを知らせている。

 階層ボス?と思ったが、どうやらコイツはボス部屋に待機せず、この81階層に降りてきているようだ。


 危険すぎる。俺は直感でそう判断した。

 マイムもまた動きが鈍くなっている。


「マイム、最小化し俺のボックスに入れ。

 あそこは外部をシャットダウンしている。

 お前には危険すぎる。早くしろ!」


「うん!ごめんね……力になれなくて」


「お前を失うほうがキツい。いいな?絶対に何があっても出てくるなよ!」


「分かった」


「キア、最高レベルの臨戦態勢を維持する。

 スキル調整を頼む」


「承知。さらにスピード・パワー・精神防御耐性・硬度・痛覚耐性・覇気メスト耐性・テクニックを最高レベルへ上昇。

 これも維持させます」


「キア、マイムと精神体で俺とキアを繋げろ」


「承知。マイムと繋げたことにより一時的にマイムの能力の全てを使用可能です」


「よし行く……」


 先へ進もうとしたとき、俺の右頬に激痛が走り俺は壁へ激突し大きな柱が3本薙ぎ倒された。

 痛覚耐性と硬度をMAXにしているのに、この激痛とダメージ。

 MAXにしてなかったら、頭は粉砕されていたであろう。

 マイムのスキルにより治癒のスピードが格段に上がってるお陰で何とか意識も保てている。


「何が起きたんだ?キア、わかるか!?」


「間違いなく今、主の目の前に居るバイソンタイプの魔物の一撃です。

 主、早く正気に戻って下さい!

 ここは一度引くべきです!」


「だろうな。だけどな、得体も知れない奴が目の前にいるんだ。せめて何者かだけでも知っておかないと、何の対策もできん」


「承知しました。それでは私キアは全力でサポートに徹します」


「レベルボードは!?」


「え?まさか、そんな……」


「なんだ!」


「エラーです」


「はぁ!?」


「だからエラーなんです!見ることが出来ないんです!」


「って事は……」


「はい。圧倒的に格上ということです。

 主、悪いことは言いません!逃げましょう!」


「コイツが逃がしてくれればそうするが、背を見せたら殺される自信しかない」


「仕方ありません。では私の力と融合をし一時的に限界突破をして対峙しましょう!」


 俺はキアと融合し体の反応は俺が担当し、脳の反応をキアに委ねた。

 普通ならまず負けない、人間として今出来得る形の最高傑作。

 レベルは余裕で700は超えているだろう。

 しかし次の腹パンで俺は地に足をつき、吐血する。

 次の顔面への蹴りでさらに弾き飛ばされるのだった。


 何も出来ない。

 いや、出来るはずがない。

 なぜなら何も動きが見えないのだから。


 化け物は語りだした。


「そなたが噂の人間か。話に聞いていた以上に弱すぎる。

 貴様をここで葬るのは容易いが、今暫く猶予をやろう。

 強くなれ人間。いや、人の形に拘るな人間よ。

 我が名はロスト。人間よ高みへ上り詰めて来い」


 俺は朦朧とする意識の中、一言だけ問うことができた。


「ロスト……は……何者……だ」


「オスクリダド当主のロストだ。

 いつかお前は我らと深い関係になるだろう。

 しかし今のお前では話にならぬ。

 また会おう。人間の守護者よ。その地位に満足するな。お前は超越者になれる者だ」


 俺はそのまま意識を失った。

 俺が意識を失った直後にマイムが飛び出してくれてキアと共に俺をダンジョンのセーフティーゾーンまで脱出させてくれたようだ。

 その際も回復を常時行ってくれた事もあり、40階層付近で俺は目を覚ますことになる。


 俺が生き延びることができたのは俺の力ではない。あくまでもロストの気まぐれ。

 アイツに生かされただけである。

 胸くそ悪い話だ。


「ザハル!目が覚めてよかった!」


「ここは?」


「主、ここは40階層付近になります。

 先程の化け物であるロストに主は……」


「負けたんだな……」


「はい。それも完膚無きまでに」


「そうか……強かったな。まじで」


「ですね」


「いやー上には上が居るもんだな!

 負けてよかったよ。色々知れた。人間としては限界があって、それを超越するには何か別の方法があるってことも。

 アイツのレベルってどのくらいなんだろうなぁ。

 本当に負けてよかったよ。強すぎだろアレ。

 ハッハッハッハッ」


 序盤で話した通り、俺はこんな感じで謎の第三の組織であるオスクリダドの当主ロストに出くわし、気持ちの良いほどにフルボッコされたのである。


 初の敗戦ではあったが中途半端な負けじゃなかっただけに、結構スッキリした敗北だった。

 それになんかきっかけも掴めたし、まぁ良い敗北と言えたんじゃなかろうかと思う。が、アイツに報告したら怒られるだろうなぁ……そっちの方が怖いんだけどなぁ……

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