【30】エコーの成人と結婚

 赤ちゃんというものは本当に成長の早いものだ。

 めちゃんこ可愛いフィリックスも、今では2歳になり俺もアイツとブーブーに……じゃねーわ、風呂に入るのが何よりもの楽しみになっている。

 一般的な子供と成長度合いは変わらないと思うが、やはり勇者と壊れスキル持ちの俺の子と言うものでもあり、なぜだかおぞましい言葉だけを1つ完璧に喋れる。


 “罰”

 なぜだか、この言葉は一言の間違いなく話せるのだ。

 うむ……将来暴君にならないように教育せねばな。


 我が子が2歳になったということは、もう一つのイベントも発生することになる。

 弟エコーのエニリカスである。


「エコー様、凄くお似合いですよ」


「ありがとうナスビ。

 やっとこの時が来たね。長かったような短かったような……」


 エコーは父と母の墓前でナスビと話していた。


「父上、母上。不肖エコーはこの度エニリカスを迎えることになりました。

 出来れば父上と母上にもこの姿をお見せしたかったですが、そらで私の姿を見守っていてください。これより正式にシガレット家の当主として邁進してまいります」


「エコー様、そろそろ王都に参りましょう」


 エコーとナスビは馬車に乗り一路王都に向かった。



 その頃ザハルはというと……


「いだだだだ!やめなさいって!口が裂ける口が裂ける!」


 俺は2歳の息子フィリックスに口を全力で引っ張られ、口角が裂ける寸前まで追い込まれていた。


「きゃっきゃっきゃ」


「お前この歳にしてドS発動ですか?

 先が思いやられるんですけど!全く誰に似たのかね?」


「あんたでしょ」


「いやいや、絶対お前だろ!ディセルくんを見てるときのお前はデビルが召喚されてるぜ」


「何言ってんのよ。私は女王の威厳を出しているに過ぎないだけよ。あんたは軽蔑の対象を見つけると害虫を見る目をするじゃない。それに行動もさぁ」


「わかった!ジャー俺似でいいから、取り敢えず口角を握りしめた手を引き離してくれ!」


「ふん。私のせいにした罰よ」


「罰罰♪罰罰♪」


「覚えんでええ!そんな言葉!」


「あっはっはっは」


「きゃっきゃ」


 なんとか引き離してもらい俺は高速治癒で引き裂かれた口角を治癒した。

 めっちゃ痛かった。

 これ、戦闘で傷ついた時より地味で遥かに痛い。

 このフラストレーションはダンジョンで暴れたる。



 ――――翌日――――


「いだだだだ!!!もうええて!この流れ!」


「きゃっきゃっきゃ」


「ザ、ザハル!あ、あの弟君のエコー・シガレット様がご到着されました」


「わ、わかった。す、すぐに行くから手を引き離してくれない?」


「は、はい……しかしザハル様……最近見る度に口角が血だらけですね」


「フィリックスは切り裂き魔かもしれんな。

 我が子ながら恐ろしい。

 俺のほっぺたいつかツギハギになるんじゃないのか?」


「わ、笑えませんよ閣下」


「その閣下って言うのやめてくれる?

 聖◯魔IIですか?」


「聖◯魔II……ですか??」


「いや、よい。で、エコーはどこにいんの?」


「玉座の間においでです。なんでもエニリカスの前にザハル様に一目お会いしたいと仰せになっておられまして。

 エニリカス開始まで時間もあまりありませんので、終わってからお会いになりますか?」


「いや行く。知らせてくれて感謝する。

 職務に戻っていいよ」


 さてさて、あれから2年か。

 エコーも少しは大人になったんだろう。

 って軽い気持ちで思ってた俺は彼の変貌ぶりに、一瞬だけ声を失った。


 大人になった。というレベルを超えていた。

 しっかりと当主としての風貌や威厳も備えていたのだ。

 俺の中でエコーはいつも可愛い弟であり、戦闘には不向きだけど頭脳ではいずれ力を発揮するだろうから、そうなってくれればいいなぁ。っていう感覚だった。


 しかし今のエコーは俺が思っていたような甘さは一切削げ落ち、そこにはシガレット家当主、エコー・シガレットがその場には居た。


 俺は痛むほっぺを擦りながらも平静を装いエコーに話しかけた。


「久しいなエコー。シガレット家当主として見事な立ち振舞になったな」


「いえ、私などまだまだ若輩者でございます。

 ナスビに助けられ、領民に支えられて今の私がございます」


「うん。そうだね。父上も母上もお前の成長を喜んでいるだろう。

 ナスビ!ここまでエコーを支えてくれたこと、エコーの兄として心より礼を言う」


「いえ!滅相もございません!」


「では兄上、エニリカスがありますゆえ一先ず終わらせてまいります。エニリカス終了後にまた少し寄らせていただいてもよろしいでしょうか?」


「いいよ」


「感謝します。では行ってまいります」


「エコー!ここまでよく成長したな。

 エニリカスを迎えられて良かったな。おめでとう」


「はい!」


 エニリカスの間は側近なども中には入れない。

 ナスビは俺と残りエコーの苦悩や成長過程などを話した。

 アイツも非常に苦しんだようだ。

 現代で言うPTSDに苦しめられたようだ。

 まぁそりゃそうだよね。

 13歳の少年の心には大きな傷を負って当然だよ。


 それでもアイツは克服して今は立派な当主として俺の前に姿を見せてくれた。

 本当によくやったと思う。

 さて問題がないとも言えないことがある。


 ナスビとの関係性である。


 やはり2人はどうしても結婚を望んでいるらしい。

 お兄ちゃんとしては別にいいよ。って言ってあげたいんだけどね。

 これには色々と弊害としがらみがあるんだよね。

 まず理解してもらいたいのは、ナスビは魔物って事実。

 大体魔物と人間の間に子が授かれるのかも疑問でしかない。

 次にナスビは俺と主従関係にあるという事実だ。

 これを解除すると、魔物として生きるだけになってしまわないのか?なんて疑問も生じる。


 これは色々と面倒くさそうだぞー。


「ナスビ。先に言っておくが俺は別にアイツとの結婚は止めん。だが何度も言うがお前は魔物だ。人間と魔物の間に子が生まれるのか?

 それにお前は魔物だから寿命も長い。

 エコー亡き後はどうするつもりだ。なにより俺との主従関係を破棄したとき、お前は今のお前のままで居れるのか?

 俺自身は流石によくわからんからよ、お前に直接聞きたいんだ」


「主、恐らくですが魔物と人間のハーフは可能です。実際この世界で長い年月の中で過去に数体、といいますか、数人は存在してたみたいです」


「うん。それは私も聞いたことあるし、魔物が人型になれるってことは、臓器の配置も人間に近づける事ができるんだよ」


「なるほどな。それでもう一つの問題はどう解決するつもりなんだ?」


「それは……」


「主、これも主のスキルでナスビの立ち位置を変更することが可能です。

 簡単に言いますと、シガレット家の守護獣化してしまうということです。

 ただしこれはあくまでも、ナスビが受け入れるかになりますが……」


「受け入れるか?何か問題があるのか?」


「守護獣化してしまえば、シガレット家の守り神のような存在になりますし、シガレット領から動くことができなくなります。

 つまり、もう一緒にダンジョンへは行くことが不可能になります」


「……」


「ナスビ、お前この解決策を知っていたな?」


「うん」


「なぜ言わなかった?」


「勿論エコー様のことは心からお慕いしてるよ。ダンジョンに行けなくなるのは確かに寂しいなぁって思いはあるんだけど、それ以上にザハル様に絶大なる恩があるし何も返しきれてないし……こんな私が自分勝手に答えを出していいのかな?って思ったんだよ」


「お前は俺の命令通りに、この瞬間までエコーだけを守り続けてきた。お前自身の責務は果たしている。

 そして今後は、お前が望むならエコーの妻となり母となり祖母となり、シガレット家の矛であり盾であり続けてほしいと願っている」


 大粒の涙をナスビが流している。

 正直こんな姿を見るのは初めてである。

 仲間というかビッチ枠として軽視していたナスビッチのこんな姿を見て、俺は心から安心することができた。


 戦友としてエコーを託そう。

 兄としてこいつを向かい入れようと。


 しかし、名前ってこれでいいんだろうか……

 まぁエコーはナスビの語源なんて知らないから別にいいけど、ナスビ・シガレット?

 クソダサくね?

 エコーにエニリカスのお祝いで結婚を認める話をする時に、名前のことも触れてみるか……




 ――――エニリカス終了後――――


「おっ?ベルが鳴ったな。エコーが戻ってくるぞ」


 ナスビはいつもより少し緊張しているように見える。


「エコー・シガレットだ。兄上、ザハル・ジェンノ様にお目通りを願いたい」


「お入りなさい」


 玉座の間から声がしたのは、エコーにとっては予想外の声であった。

 中に入るように促したのは、兄ではなく義姉でもある女王レーニア・ジェンノであった。


「はっ!失礼いたします!」


「本当に立派になられましたわね。此度は無事にエニリカスを迎えられたことに、お慶び申し上げます」


「もったいなきお言葉」


 レーニアは周囲の者に目を見やると従者たちは下がっていった。


「それではエコー殿、私や兄上のザハルに話したいこと、いえ、話さなければならないことがあるでしょう。

 ここからは親族として、兄弟としてお話しましょう」


「承知仕りました」


「かったい話し方だな、お前は。

 堅物くん丸出しじゃねーか」


「し、仕方ないではありませんか!

 義姉とは言え女王陛下なんですから」


「まぁいい。エコー、ここに座れ」


「はい」


「端的に言うぞ。お前はナスビと結婚をしたいと考えていて、その許可を成人と同時に貰いに来た。

 これで間違いないな?」


「おっしゃる通りです。大変厚かましくもあり、無茶な要望だということもわかっております。

 しかしながら、私は心よりナスビを信頼し、愛しております!この気持は嘘偽りなく真実でございます!」


「お前は自分がシガレット家当主だという事を分かった上で、こんな無茶な話をしているのか?」


「理解しております。ナスビが魔物で、もし私との間に子を授かることになれば、その子は魔物と人間のハーフになります。

 シガレット家の歴史においても前例はなく、見方を変えれば汚点ともなるでしょう。

 それでも私は!……」


「もうよい。シガレット家の当主はお前だ。お前の好きにすればいい。

 いいか?エコー。

 前例がなければ作ればいい。

 汚点と思うなら美点びてんに変えれば良い。人間が辿り着けなかったレベルやスキルの領域を突破して王国に貢献できれば、それは大きな美点として評価される。

 エコーよ、いついかなる時でも物事をネガティブに捉えるな」


「はい。肝に銘じます」


「エコー、俺は兄としてお前の結婚を認める」


「え?」


「ナスビと幸せになるがいい」


「ありがとうございます!」


 エコーとナスビは何か、映画の超大作でも観ましたか?ってレベルで号泣したのだが、弟とはいえ、成人した男とビッチの泣き顔には正直キモさを覚えたほどである。

 それは俺の胸のうちにしまっておこう。

 まぁ胸のうちにしまっても全感情を共有してるキアさんからは、しっかりと舌打ちされたけども。

 コイツはあれかね?人の幸せが本当に許せないのかね?


「そんなことはありません」


「あ、そう。じゃーいいけど」


 と、まぁこんな感じでエコーは結婚までしたんだけども、問題はナスビの名前問題なんだよね。

 いや、俺が名付けたとは言えよ、マジで適当に付けた名前だし。

 そもそもこんなことになるとか思いもしなかったし。

 ナスビ・シガレット……ないないないない!

 ないわー!絶対ないわー!


「エ、エコー!」


「はい、兄上」


「お前に1つ俺からギフトで権限を与えようと思うんだが、欲しいか?」


「はい!ありがとうございます!」


「スキル名は名付け変更というものでな。

 特に使い道もないんだけど、今回お前はナスビと結婚する。あくまでもナスビの名前をつけたのは俺じゃん?

 でも今後ナスビはお前の妻となるのだから、お前が新しい名を付けてあげたらどうだ?

 ナスビも嬉しいんじゃないのか?」


「はい!嬉しいです!」


「ほらね!」


「しかし主、今回はうまーく逃げ切りましたね」


「だまらっしゃい!」


「初めて見たときから思ってた名前がありまして、プラムって言葉が浮かんだんです。

 これが何を意味するのかわからないんですが、ナスビには今後プラムって名前で生きて欲しいです。

 ナスビはそれでもいいかい?」


「はい。今後はエコー様に付けて頂いたプラムという名で生きていきたいです」


「主、一件落着のように見えて、プラムってすももですよね。大して捻りもない名前ですね」


「全力でお前と同じ気持ちだけどね。

 最低限ナスビよりはいいだろう」


「野菜から果物に昇格おめ」


「弄るなキア!めでたい日に!」


 と、まぁこんな感じでナスビの名前も変わりプラム・シガレットとして生きていくこととなった。

 野菜から果物へ昇格した元ナスビは今後はシガレット家の守護獣兼エコーの妻として生きていくのであった。

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