第20話
高速道路に再合流し、相も変わらない平坦な景色が続いた。エドウィンは地平線にむかって垂直にぶつかる点状の車線を眺め、インベーダーゲームの光線みたいだなどと思いながらまどろんだ。遠くのサイレンの音が子守唄のように聞こえる。ふと蘇る幼い頃の記憶。
あの圧倒的な孤独感はきっと「自分がそこに属さない」事からだったのだろうー。その孤独を抑えるために拵えた諦観。その線上にできた慢性的な倦怠感。
カズマの耳障りな大声で現在に引き戻される。辺りはすっかり真っ暗になっていた。「MOTEL」と書かれたネオンの看板が唯一の光源として地面を薄く照らしている。不気味な静寂が徐行する車を覆っていた。
「ここから先はしばらく田舎道になるっぽいし、ホテルも辺りに無さそうだから、今日はここに泊まるんでいい?」
起き抜けで虚をつかれた状態のエドウィンが答えに窮しているとカズマは返事も待たず目の前にある専用駐車場に車を停めた。
小さなモーテルのフロントデスクはもぬけの殻だった。カズマがカウンターにある真鍮のベルを気狂いのように何度も叩くと奥の部屋から巨漢の黒人男が不機嫌さを露わにし、大きなため息を吐きながら出てきた。何をどれだけ食べたらそうなるのだろうーエドウィンは自分の倍ほど横幅のある男を目の前に尻込みした。
「部屋はいっぱいだ。帰ってくれ」
エドウィンが肩をすくめて隣を向くと、カズマはドレッドの房を噛みながら目を大きく見開いて食い下がった。
「何がいっぱいだよ。入り口に空き部屋ありって書いてあるじゃねえか。駐車場も二台しか車停まってないし。嘘言うなよ」
男は「嘘」という単語に反応して声を荒げる。
「俺が無いと言ったら無いんだよ!」
「じゃあ賭けよう。今から適当な部屋をノックして、空いてたらそこにただで泊まらせてもらう。人がいたら料金倍乗せしていいよ」
カズマは財布を取り出し挑戦的に免許証をカウンターに置いた。
男は太くくっきりとした眉毛をひそめ何かブツブツ言いながら免許証をひったくり奥の部屋に戻る。コピー機が起動する音がし、男はまた出て来てチェックイン用の書類と錆びた鍵を置いた。
「一晩五十五ドル。チェックアウトは十一時。カード?」
「キャッシュ」
カズマは乱暴に二十ドル札三枚をカウンターに置いた。大男はそれを無表情にレジに収め、何かを取りに行くかのように奥の部屋に戻る。そして音沙汰のないまま時間が経過していく。
「おい、つりを渡せよ!あとレシートも」
カズマが大声で叫ぶと男はまるで悪役レスラーのように目をひんむいて再びフロントに入り、これ見よがしの大きな舌打ちをし、釣りとレシートをカウンターに叩きつけた。カズマは男の目を睨み返している。カズマはこんな事慣れっこのようだけどこんな接客ばかりだと疲れるだろうなーエドウィンは他人事のように思った。
カビ臭い部屋に入るとツインサイズのベッドが二つ並んでいる。配色のおかしな唐草模様のベッドカバーをめくると謎の大きなシミがついていて、心なしか饐えたような匂いがする。
(早く日本に帰りたい)
エドウィンは切にそう思い今日一番大きなため息をついた。
カズマは上着を奥のベッドの上に投げ捨て、靴のままその上に寝転がる。エドウィンの冷たい視線を感じ、きょとんとして尋ねる。
「あれ、こっちのベッドの方がよかった?」
「どっちでも変わらないですよ。車で寝ちゃだめですか?」
「別にいいよ。オレは命が大事だからそんな事しないけど」
そういえばアメリカのモーテルは殺人やドラッグ売買の温床だと聞いた事がある。エドウィンは諦め、何とか気分を紛らわせようとテレビをつけた。中年男がカメラ目線で奇怪なダンスを踊るシュールな安っぽいコマーシャルはエドウィンの心細さを増幅させた。
「まあビビんなよ。部屋にいりゃ何も起こんないよ」
カズマはエドウィンの不安さを察知したように呟いた。そして突然思い出したように胸ポケットから小袋を出して、エドウィンの目の前で自慢げにそれを振った。
「そういや、いい物をロニーからもらったけど、どうする?」
エドウィンの目の前で揺れるくすんだ緑の塊。
「もしかしてそれってマリファナですか?」
エドウィンが恐る恐る尋ねるとカズマは悪びれもせず頷いた。エドウィンが顔を顰めて首を大きく横に振ると、カズマは残念そうに肩をすくめた。
「酒より全然ましなのに。まあ君は日本人だから、大切なのは科学や事実よりも常識や同調だよな」
カズマは捨てセリフを吐いてモーテルの外に出た。五分もすると網戸の隙間から甘草の焼ける匂いがし、続けざまにカズマの激しく咳き込む音が聞こえた。
エドウィンは窓を勢いよく閉め、ダウンジャケットを着たまま汚れたベッドに横たわった。薄い壁の向こうから隣の宿泊客の無遠慮な笑い声が聞こえる。エドウィンは惨めな気持ちを誤魔化すようにテレビのチャンネルを変え、音量を上げた。
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