第10話
白く透き通った絹のカーテンの隙間から眩しい朝日が無遠慮に降り注ぎエドウィンは目を恐る恐る開けた。時差ぼけなのか見知らぬ土地にいる興奮なのか、それとも寝る前にカズマと飲んだせいなのか、何度も不思議な夢をみて途中で目を覚ました。何の夢だったかまでは覚えていないが不快なものではなかったと思う。
エドウィンがリビングのソファベッドから身を起こすと、姿見の前でシャーロットが着替えている様子が目を捉える。上下薄ピンクの下着を纏った純白の小さな胴体―昨日談笑しているときには想像もしていなかったふくよかな胸と少したるんだ下腹が生々しく映る。
シャーロットがふとこちらを向く。エドウィンは慌てて体を再び横たえ慌てて目を閉じた。
「グッド・モーニング。ごめんね、起こしちゃった?」
優しくゆっくり目の英語で話しかけるシャーロットに寝たふりを続けることもできず、エドウィンは視線を床に落としたまま答えた。
「いや、大丈夫」
シャーロットは笑いを堪えつつ、柔らかそうなセーターに体を通した。
「別に目をそらさなくていいのよ。今日はどこに行くの?」
エドウィンはおそるおそる顔を上げ、日本語訛りのシンプルな単語で答える。
「タイムズ・スクエア。ビッグアップル」
エドウィンはクッション脇においたアメリカのガイドブックを手に取りタイムズスクエアのページを見せて微笑む。
「そっか、いいわね。まだマンハッタンに行ってないんだもんね。タイムズスクエアは普段は行かない場所だけど、観光だったら絶対一度は行くべきね」
カズマはこの予定に難色を示していただけに、アメリカ人のお墨付きをもらったのは嬉しい。
「自由の女神とかは行かないの?」
「カズマが、もう行き飽きたから行きたくないって。写真で見るのと変わらないし、銅像以外に何もないからって」
シャーロットはカズマらしいと言ってクスッと笑った。
「それにしても昨日はごめんね、なんか気まずい思いさせちゃって」
昨晩家に到着してから、結局三人で飲むことになり、最後の方はどういう訳かカズマとシャーロットの口論で終わった。スラングだらけの英会話でよく分からなかったけど、些細な事のようだった。でもなぜかシャーロットは最後に泣き出して先に寝てしまった。カズマも特に悪びれることもなく、結局大した話もせず睡魔が襲うまで二人で呑んだのだった。
そんなわけで、シャーロットに謝られるとエドウィンは何だか自分の方が申し訳ない気持ちになった。そして自分でも意外で無遠慮な質問が口をつく。
「なんでカズマを好きになったの?」
本当はカズマ「なんか」と言いたい所だったが、それに当てはま
る英語を知らないのは幸いだったのかもしれない。
「Good Question!」
エドウィンは首を傾げシャーロットの顔を覗き込んだ。
「よくわからないわ。子供っぽいとこ?それは悪い所か。真っ直ぐなところかなあ。でもその分自分勝手だけど。才能あると思うし。才能なんて何なのか正直よくわからないんだけど」
首を傾げながら聞くエドウィンと目が合い、自分でも意味のわからない言い草だと気付いたのか、シャーロットは誤魔化すように笑いながら続ける。
「とにかくほっとけないの。あの顔見ると」
シャーロットはいかにもアメリカ人らしく舌を出した。あの男がこんな愛らしい女性に愛されている事にエドウィンは世の中の不条理さと軽い嫉妬心を感じずにはいられなかった。
「あの人、クレイジーな時もあるけど、本当はすごい優しいの。一緒にいる間にわかると思うけど。強がっているだけなのよ。彼をよろしくね」
どう答えたらいいのか困っていると、話題の男がだるそうにリビングに登場する。煙草で燃えたと思われる小さな穴のいくつも開いた白いVネックのTシャツ(少し黒ずんでいた)と、青いストライプ柄のトランクス一丁(紐が緩んでいた)の格好だ。カズマは二人と目を合わせるとだるそうにあくびをし、灰皿に吸い残した紙巻煙草に火をつけ、心地良さそうに煙を吐いた。
シャーロットはカズマを一瞥すると、さっと上着を着てキッチンテーブルに置いたコーヒーを一気に飲み干す。
「じゃあ、私は仕事に行くわ。カズマも“お仕事”がんばってね」
両手の人差し指と中指でかぎ括弧の形を作りながらシャーロットが皮肉っぽく言うとカズマは不愉快そうに頷き、灰皿に乱暴に押し付けた。
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