第9話:意思の静寂と憑依者の脈動(3/10)

 レンは、これまでに聞いた情報を頭の中で丹念に整理していた。そのような中、彼はルナに向けて不安を込めた声で話し始めた。「ルナの言う通りなら、通常、状態は一日でリセットされるはずだったはずだけど……」彼の眉間には、心配のしわが深く刻まれていた。「ところが、スキルを何度も使っているうちに、支配される期間がどんどん延びて、肉体が徐々に憑依され続けるようになっていったわけか……」


 レンはその考えに深く没頭しながら、さらに話を続けた。「本来であれば、誓約による支配の効果は、時間が経てば自然と消え去るはず。だが、連続して使用することで、解放されるまでの時間がどんどん長くなっていくようだな」


 彼は一息ついてから、さらに付け加えた。「魔導書が持つ力は、俺たちの体内でじわじわと蓄積されていく。そして、ある一定の閾値を超えた瞬間、効果が持続するように変わる。それが進めば、スキルを使わなくても、俺たちの体は完全にその存在に憑依され、乗っ取られてしまうと言うことだな」


 ルナはレンの言葉に穏やかに解説を加えた。「疲労というものは、体への負担が徐々に蓄積されていく過程みたいなものね」


 レンはその比喩に驚きつつも興味深げに尋ねた。「ということは、憑依されているだけで、その存在がいること自体が疲労の原因になるのか?」


「うん、そうだよ。そして、疲労が蓄積すると、反応が鈍くなり、自分の意志だけでは制御不能な状態に陥ってしまうの。端的に言うならば、疲労困憊という状態になるわ」とルナは優しく、しかし重い意味を込めて説明した。


 レンは深い理解を示すように頷きながら言った。「なるほど。リセットされるのは、実質的に肉体の休息を取るためで、自然な過程なんだな」ルナはその理解に頷きを返した。「そうね。特に体が弱っている時は、さらに憑依されやすくなるから、注意が必要よ。ただ、無理させすぎると過労死しちゃうから、悪魔もそこまではしないだろうけどね」



 さらに恐るべき実態が明らかになってきた。時間が経つごとに、村人たちに現れる異変はより一層、顕著になっていった。肉体が不自然な灰色に変色し、魔力が体から滲み出る現象は、急激でかつ過度な魔導書の使用による副作用が原因だとルナは語る。「肉体の一部が灰色に変わるのは、魔力が内側から溢れ出ている証拠よ」と、彼女は心配そうに付け加えた。


 夜ごと悪夢に苛まされ、自らの意志に反して行動をする村人たちの話に、レンは深い憂いを感じる。「体が、自分の意志とは無関係に動き始めるって、どういうことなんだ……?」彼の声には恐怖が滲んでいた。


 わずか一週間で、状況は急速に悪化。休むことなく活動し続ける村人たちの姿は、魔導書の影響がいかに深刻であるかを物語っていた。「悪魔たちは俺たちの弱さを突いて、魔力を速やかに体内に浸透させているのがわかる。そこまでして、自らの目的に利用しようとしているのか……」レンの声には、怒りともどかしさが込められていた。


 そして、レンはルナに深刻な質問を投げかける。「ルナ、村人たちがあのダンジョンで、あんなにも早く魔獣に立ち向かえるようになったのも、これが原因なのか? 彼らは異常な速さで力をつけていったのって……」


 ルナは一瞬考え込むようにしてから、真剣に答えた。「そうだよ。憑依された瞬間から、彼らの魔法の扱いは人智を超えているわ。過剰なスキル使用が、体の乗っ取りを早めているよ」


 レンは、ルナの話を聞きながら、憑依者に体を完全に支配される可能性について深く思いを巡らせた。彼女から憑依者の目的について聞いたことが頭をよぎる。「しかし、もし本当に身体の全てが支配されたら、生命維持はどうなるんだ?」


 ルナはレンを落ち着かせるように答えた。「心配しないで。憑依者にとっても、召喚者の生命は重要よ。生きるために必要な機能、例えば呼吸や心臓の動きは保たれるわ」


 レンは少し安堵したが同時に、魔導書のもたらす影響の深刻さを改めて感じ取った。短期間で異常な力を手にし、自己を失いかけている村人たちの現状が、直面する危険を物語っている。

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