第9話:意思の静寂と憑依者の脈動(2/10)

 山口は、なつかしい比喩で話を切り出した。彼の声には慣れ親しんだ温もりが宿っていた。「最初にスキルを使い始めた時は、正直違和感ばかりだったんだ。でもな、それを繰り返すうちに、体の内側からじわ〜っと、じわじわと温かくなる感覚が湧いてきたんだ。まるで、冷え切った体が味噌汁で温まるようにな」


 レンは、彼の言葉に思いを馳せながら、自分なりの例えを口にする。「それって、冷たい水風呂から抜け出して、温かいお湯にゆっくり浸かる時の、あのじんわりと心地よい感覚に似てるんですか?」


「その通り!」彼は目を輝かせて同意した。「まさにそんな感じさ。でもな、その温かみはただの感覚じゃない、あれは魔力というやつだろうな。だからよ、スキルを使うことで召喚された存在の魔力が、俺の体内に少しずつ浸透していくんだ」


 その答えに心を動かされたレンは、さらに深く知りたいと思い、勇気を出して尋ねた。「ほかにも何か、新たな発見はあったんですか?」


 彼はゆっくりと言葉を紡ぎだし、その深刻な状態を隠さずに話し始めた。「このスキルを使い続けるとな、初めは一日程度の影響だったのが、だんだんとその効果が長くなってきてるんだ。そんで、使うたんびに、召喚された存在の魔力が俺の体内に深く浸透し、最終的には俺の行動や思考まで操られるようになるんだ。最初はそれが快感でさ、使いたくなるような高揚感を与えてくれる。けどな、その魔力が完全に浸透したら……」


 レンはその言葉の重さを感じ取り、熱を帯びた声で追及した。「そして、気づけば何度でも使ってみたくなると、そういうわけか……。それが、俺たちを完全に掌握するまでの彼らの策略、なんですね」


 彼はレンの理解に頷き返し、「正解。使う期間も、最初の約束とは変わってきてる。実際にこのスキルの影響は、約三日間続くようになった。だからその間俺は、彼らの影響下というよりは、操り人形にあるという……恐怖を感じざるを得ないな」と続けた。



 山口は自身の体験を通じて、魔導書の使用に伴う恐怖を語った。彼の言葉は生々しく、自分の意志とは無関係に、体を動かされる恐怖がにじんでいた。「スキルを使うたびに、自分ではない何かが俺の体を動かしている。自分の意志でさえ、もはや自分のものではないみたいなんだ」と山口は静かに話し終わると急にニヤつきだし「キタキタ! 我慢できねえ! ちょっと行ってくる」と言い、ダンジョンへ向けて駆けて行った。


 山口を見送るとレンは、切り株に腰をかけ、今し方話した内容をルナと共に整理を始めた。


 ダンジョンでの過酷な戦いが続けば続くほど、その状態はさらに深刻化する。憑依された者たちは、休むこともなく、まるで別人格に操られているかのように、戦い続ける。


 レンがさらなる新しい情報を加えた。「中には、眠っている間も意識がすり替わり、目覚めた時にはまったく別の存在が、体を支配しているような者もいるんだ」ルナはその言葉に静かに頷いた。


 この状況は、魔導書の使用がもたらす深刻な問題を浮き彫りにする。自分の体を自由に、動かせないだけでなく、精神的な苦痛も伴う。さらに悪いことに、憑依された状態が続けば、本来の自己を完全に失ってしまう恐れもある。


 ルナは深刻なトーンで続けた。「魔導書を使うことのリスクは計り知れないわね。一度憑依されたら、自分の意志でさえ失ってしまうなんて……。そして、その影響は自分だけに留まらず、他者にも害を及ぼす可能性が高まるわ。私たちはそのような結末を避けるためにも、魔導書の使用には、極めて慎重になるべきよ」


 レンはその言葉の重さを受け止め、深くうなずいた。「たしかに、これは単なる肉体の支配を超えた問題だな。魔導書がもたらす影響は、俺たちの存在そのものを脅かす。このリスクを深く理解し共有して、対処する方法を見つけなければならないな……」


 二人はこの異常な事態に直面し、魔導書の使用に秘められた危険性と、その影響の深刻さを改めて確認した。この認識は、彼らの今後の行動に、重大な影響を及ぼすことになる。

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