第8話:階位の始まりと力との対話(6/10)

 レンは意識を失っていた間のことを尋ねた際、「数は数えたけど300ぐらい」というルナの返答に、思ったより時間が経っていなかったことに気付く。体感で体の変わりように気づき、自分自身を触って確かめるほどだった。ただし見た目は大きくは変わっていないと思った。


 彼らは魔獣と村人の戦いの場を離れることを考えていた。周囲に漂う血の匂いが、他の敵を引き寄せるかもしれないという危険性を感じていたからだ。その時、ルナが魔獣の魔石を取ることを提案する。魔石は魔獣の心臓付近にあるという。


 レンが前回小型の魔獣から魔石を取らなかった理由について尋ねると、ルナはそれが手間に見合わないからだと答える。ルナの助言に従い、レンは魔獣の体内から魔石を取り出すことに決心するが、その過程に躊躇する。


「この傷口から手を……?」レンが戸惑いながらも躊躇していると、ルナは魔石の価値を強調する。レンは渋々、魔獣の傷口から体内に手を突っ込み、紫色の魔石を見つけ出す。その美しさに思わず感嘆するレンに、ルナは魔石の保管を申し出る。他の者が渡すという行為でルナが受け取ると、ルナが受け取る意思表明をすれば背丈程度の大きさのリュックに入るぐらい荷物なら格納できるという。


 魔石をルナに渡した後、レンは村人の遺体について考える。ルナからは、ダンジョンでの死は自己責任とし、遺体をそのままにしておいても問題ないと言われる。さらに、死んだ者の魂はすでに召喚された存在に食われているため、蘇生は不可能だと説明される。



「そうか……。遺留品は面倒になりそうだな。このままにしておくか」


「ええ、そうね。特に知り合いなら、なおさらね。憑依召喚は人を疑心暗鬼にさせる。余計なトラブルを避けた方がいいわ」


 レンは、憑依召喚が疑念を生むこと、それが争いの火種になりうることを新たに知る。そんな思考を巡らせながら、彼はこの場を後にし、村へと帰る決心を固めた。


 ――帰路に向かおうとした時、倒れていた村人の近くから半透明の姿をした者が現れた。細身で、黒髪、大きな目を持つその存在は、二十代後半の男性に見え、強い意志を持った眼差しをしていた。黒い燕尾服を身にまとい、フランクな挨拶を交わしながら、レンに話しかけてきた。


「やあ、初めましてかな? 僕はザバキエル、悪魔だよ」


 レンはルナから憑依召喚で召喚される存在は悪魔であることを聞いていたため、驚きは少なかった。ルナとの会話に慣れていた彼は、ザバキエルに対しても自然に応答する。


「悪魔か。お前がその村人に憑依していたのか?」


 ザバキエルはやや退屈そうに応じる。「ああ、その通りだよ」


 レンは、ザバキエルの意図を探るように問いかけた。「何か用か?」


 この問いに、ザバキエルは明るく答える。「君は他者に無関心だから、悪のエリートさ」


「無関心がどう関係あるんだ?」


 ザバキエルは、「関心があるものだけに集中するからね」と説明する。

 

 レンがそれを一般的なことだと指摘すると、ザバキエルはさらに話を深める。「他人の死に無関心な者ほど、生き延びる術を知っているよ?」


 レンは、その言葉が誰にでも当てはまるかもしれないと思いつつも、再度質問する。するとザバキエルは、「自分の正義は他人の悪意になる」と哲学的な回答をする。


 立場によって正義が変わることの不毛さを理解しているレンは、ザバキエルの言葉に納得する。「やると決めたら、誰にも止められない。自分で自覚している?」

 

 思わず、レンは肯定する。「ああ」


 ザバキエルはその反応に、白い手袋の手で口元を抑え笑った。

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