第8話:階位の始まりと力との対話(5/10)

 レンは、目の前で繰り広げられる圧倒的な戦闘に心を奪われ、気づけば拳を固く握りしめていた。憑依召喚の魔導書を駆使する村人が魔獣と対峙し、激しい戦いを続ける様子に、レンは感嘆の声を漏らす。


「これが村人の力なのか……」

 

 その隣で、ルナがため息交じりに呟いた。「憑依召喚って、本当に怖いわ。こんなふうに人を変えてしまうから」


 村人の見せる速さと力に、レンは心を動かされていた。先ほどの自分は、緑色の魔獣との戦いで内心怯えてばかりいたが、この村人のように強くなりたいと願うようになった。すでに亡くなった村人の戦闘は、まるで魔獣と互角に渡り合っているかのようだった。


 村人の戦い方は圧巻で、凄まじい剣技にレンは興味津々だった。村人がいつ、どのようにこれらの動きを身につけたのか、レンには想像もつかなかった。


 大剣を振るう速度は、まるで十本同時に現れたかのような錯覚を覚えさせ、その一撃一撃が精密で広範囲に及んだ。どれだけの力があれば、村人のように動けるのだろうか。その動きは、異常なほどの反射神経と膂力から成るものだろうか。


 大剣を軽々と操るその姿は、門外漢であるレンから見ても円滑で乱れることがなかった。


 憑依召喚の力によって、戦闘特化のスキルが使えるかもしれない期待感に溢れると、途端にレンは戦闘熱に震えた。村人にはこれまで特に接点がなかったが、この戦いを通して何かを感じ取ることができた。


 レンは、自身の残酷さや無関心さを自覚していた。人を親しいかどうかで自然と区別してしまう傾向があったが、それは追い詰められた状況と生存を優先する現実からくるものだった。


 親しくない村人の死に、特に感情を抱かないレンだった。翔子を守ることができればそれでよく、翔子以外の人は、レンにとってあまり重要ではない。


 魔獣を狩ることは、自身の命を賭ける行為そのものだ。ただしその危険が高い反面、命を賭けることで得られる階位の昇格やダンジョンからの資源確保は、生存に不可欠でもあり格別な報酬でもあった。どのような環境の人であれど、死は誰にでも起こりうるものであると、レンは思いを巡らせていた。



 生き延びるためには、誰よりも強くなる必要がある。レンは、経験を積み重ねることでしか、その強さを手に入れられないと信じていた。生存という過酷な現実に立ち向かい、何よりも大切な翔子を守る力を求めて、レンは魔獣狩りの道を歩んでいた。魔獣を倒し続けることでしか、彼女を守るための強さは得られないと。


 戦いにおいて、レンは自分自身の存在を証明する力を求めていた。そんな彼にとって、巨漢の魔獣に立ち向かえる力を手に入れる可能性が示唆されたことは、新たな興奮をもたらした。


「すごい……」レンが感嘆する中、ルナが突然目の前に現れ、彼を促した。


「レン? 何をしてるの? 今がチャンスよ。牛の頭に小太刀を突き刺して、終わらせなさい」


「本当にいいのか?」


「もちろんよ。今なら階位を上げる絶好の機会。急いで!」


 ルナの軽やかな言葉に背中を押され、レンは魔獣のもとへと駆け寄った。魔獣はもはや動かず、息も絶え絶えだった。レンは小太刀を腹部に向けて突き刺し、深く抉った。その時、魔獣は僅かに痙攣したが、やがて呼吸も止まり静かになった。


 彼はこの勝利が村人の果敢な戦いによるものだと理解していたが、彼に対する個人的な感情は薄かった。

 血ぬれの小太刀はいつの間にか、血を吸い取り真新しい輝きを放っていた。

 そして、レンの体内に銀色の粒子が吸い込まれる。階位の上昇により、彼の体は再び変化し始めた。激痛に襲われるレンを前に、ルナは階位の上昇が成功したことに喜びを隠せずにいた。


「レン、耐えてぇ!」


 激痛の中でレンは、自分の体が強靭なものへと作り変えられていくのを感じた。ただし、痛みに耐えきれず意識を失った彼は、ルナの声で目を覚ました。

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