第5話 ゴールデンデート
ゴールデンウィーク。それは五月初めに突如として現れる、四月に疲弊した者たちを救済する天使のごとき振る舞いを見せる休日群のことである。この休日を楽しむ人間は非常に多く、舞獅巡もそのうちのひとりであった。
しかもこの日は土曜日で、巡にとっては人生で初めてできた恋人との記念すべき初デートの日であった。デートの場所は特にこれといって決めてはいなかったのだが、とりあえずぶらぶらと喫茶店を数軒巡ろうということになり、今の巡は最寄り駅の改札口で彼の恋人、微田紗里を待っていたのである。
巡はスマホで現在時刻を確認し、待ち合わせの時間である11時よりも、まだ15分余裕があることを確かめた。その時だった。
「あっ、巡くんじゃん。おまたせ!」と言う紗里の声が聞こえた。巡はその声に心を踊らせた。
「なんだか、けっきょく2人とも早く着いちゃったなあ」そう巡が言うと、
「まあいいじゃない、15分多く一緒にいれるってことだし」と紗里が言った。
「それもそうだ」と巡は言った。
そうして2人は街を回った。昼ごろにふたりは適当な喫茶店に立ち寄り、巡はナポリタンを食べ、紗里はやけに凝った、たっぷりとクリームのかかった名前の長いパスタを食べていた。その次にふたりは噴水のある広場に向かった。低い階段を3段降りると噴水があり、一面に白いタイルが広がり雪原のようになっている広場であった。その景色に、巡は故郷の雪景色を回想した。
「ここ、わたしの好きな場所なんだ」と紗里が言った。続けて、「小さいころにお父さんがね、わたしをよくここに連れてきてくれたんだ。わたしはこの場所が好きだけど、噴水が好きというよりは、ここで過ごしたお父さんとの時間が好きなんだ。ああ、楽しかったなあ、あの時は」と過去の情景を懐かしむように言ったので、巡は思わず、今はお父さんと仲でも悪いのかと訊いてしまった。
「死んだよ」そう冷たい音が巡の鼓膜を震わせ、神経を伝って巡の脳に音声として、その次に言語として、その次に言葉の意味が受容された。
「そうか。なんか…悪かったな」
「別にいいのよ」と紗里は言った。続けて、
「殺されたのよ、わたしのお父さんは。少し長くなるかもだけど、聞いてちょうだい」
紗里はそう言うと、自らの過去について話し始めた。
「わたしが中学生二年のときのことね。その頃のわたしは、まあなんというか、典型的な反抗期で。小学生のときはきちんと会話していたのだけど、そのころにはお父さんともほとんど会話なんてしていなかったのよ。今思うと後悔でしかないわ。話せる時間は刻一刻と減っていたのに、変に拗らせて、それで死んでから都合よく、もっと話せば良かったと泣いて。本当に馬鹿みたい。
……話を戻すね。その日のわたしはいつもより気分が良かったの。なんていったって、その日は誕生日だったんだから。そうだ、ついでだし、誕生日を教えておくね。わたしの誕生日は10月31日、ハロウィンの日だから覚えやすいかな?
まぁともかく、その日はウキウキだったのよ。お母さんもお父さんも、一人娘のわたしを祝うためにはりきってるんだろうなって思って。いつもは話さないけど、今日くらいはきちんとお父さんと話してあげようかなって。そう思って家に帰ったの。そうしたら、お父さんが殺されてた。殺した犯人の姿を今でも覚えているわ。おそらく180センチか、それよりももっと高い身長の男だった。夕日の影に隠れて顔はよく見えなかったけど、わたしの方をちらっとみるなり、そのまま何事もなかったかのように歩き出したの。やがてその姿は、沈んでいく夕日とともに消えていって……」
そこまで話したあと、紗里はひと呼吸おいてから言った。「あっ、ごめんね、暗い話しちゃって。せっかくのデートなんだから、わたしもあなたが楽しめるように努力をしなくちゃならないのに」
「いいや、話してくれてよかったよ。おかげで紗里さんのことを、もっと信頼できるようになりました」と巡は言った。
「褒められてるのやら、なんなのやら……」紗里がそう言った時だった。
「イ ワトナ ングンス クルス!ソ イ ドフ エ!」
わけのわからぬ言語を話す、バッタと人間を融合させたような怪物――ホムンクルス――が人々を襲っている光景を巡は視界の隅に捉えた。
「変身!」駆け出した巡はマジシャンライザーへと姿を変え、ホムンクルスの元へ向かった。
「ウ フンスンド クス、イ クルスフ ウ!」
「なに言ってるのかはさっぱりだが、殺意を感じるな!」巡はそう言い、バッタのホムンクルスの脇腹に蹴りを入れようとした。だがそれよりも早く、ホムンクルスに一撃を浴びせた者がいた。それは重く、それが当たった者だけではなく巡をも吹き飛ばす一撃だった。
その正体はひとつの弾であった。
かつかつとタイルを踏む足音が鳴った。その足音の主は見るからに重苦しい、鈍い銀色の装甲を見に纏った、巡と同じベルトをつけた騎士であった。
「ははぁん、まさか先客がいたとはねぇ。だがしかし、このバッタ野郎はこのおれ、マーシャル・チャーリー・オットー様のものよ!」
そう言う銀色の戦士は、バッタのホムンクルスにとどめを刺すべく歩みを進めた。
「プルゼ ウ ノン クルス イ!ウイ ユ クルス イ?プルゼ ウ ノン クルス イ!プルゼ!プルゼ!」
「命乞いしたって無駄だバケモン!」ホムンクルスの話す言葉の意味を解しているかのようにマーシャルは冷たく言った後、ホムンクルスの胸に腕を突っ込み、その内容物たる四角形のパスのようなものを取り出した。
「イ ノン ノンスド ワトナパ…」バッタのホムンクルスはそう言い残し、パスを抜いた身体は塵と化した。
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