第4話 来客
ゴールデンウィークが差し迫ったある日のこと、その日の
その時の巡の心境とは、絶対に面接に落ちたであろうという言葉だけがただひたすらに、脈を打つ血液のように、巡の精神にわらわらと湧き、ぞろぞろと群れているというものであった。そんな時であった。すぐ近くの――正確には背後の――電信柱の影にふと人の気配を感じた。気のせいだろうと思い十メートル程歩いたところで、また近くから自分を見つめているような、非常に嫌な気配がした。じっとりとした脂汗が巡の頬を伝い、心臓をばくばく言わせながら、普段より急ぎ足になりつつ帰路に着いた。家に帰ってからも心が休まることはなく、その日の巡は形容しがたい不安の中に眠ることとなった。
そんな状況が続いてもうすぐ一週間になるので巡の心はすっかり疲弊し、二日はろくに寝れておらず、昨日からは大学にも行かずに家に引きこもっていた。さらにバイトが落ちたことも重なり、巡には何か物事を起こすといった気が欠片もなくなってしまった。それほどまでに、あの奇妙な追いかけてくるかのような視線は巡の心を追い詰めていたのだった。そうしてすっかり自堕落になってしまったここ数日の生活を反省するかのように回想していると、玄関のインターホンがピンポンなどと気乗りのしない音を出した。巡はどうせ宗教勧誘か某放送協会のどちらかだろうと思い、玄関に行かないことを選んだ。しかし、インターホンはそれから三十秒おきにピンポンピンポンと音を立て続けたので、さすがに煩わしく思い、インターホンを押している存在にひとこと注意するべくドアを開けた。
そこにいたのは女であった。歳は巡とそこまで変わらないように思え、身長は160センチ代前半の、黒いナチュラルボブが良く似合う女であった。
「すみません、どなたです?」巡は言った。
「あなたの彼女になる女です!」巡の問に対し、迷う素振りを一切せずにその女、
「か、彼女ォ?」
「そうです、私はあなたの彼女ですよ、舞獅巡さん。いや――」間を置き、紗里が言う。
「マジシャンライザー、と言った方が良かったですかね?」
巡は戦慄した。なぜ、この女が俺のことをここまで知っているのだろうかと。マジシャンライザーとかいうのは恐らく前に変身したあれのことだろう。あれが第三者に撮影されたかなにかで流出したのだろう。それはまだいい。しかし、俺の本名と住所。これは本来流出されるような情報ではない。ならなぜ、この女は俺の家と名前を?
ここまで思ったところで、巡は気づいた。数日前から続いていたあの附けられているような嫌な気配。あれは本当で、今目の前にいる女こそ、俺を附けていた人間ではないだろうか?
巡はそれを強く気になってしまい、訊かざるを得なくなったが、そんなところで紗里が言った。
「家にあげて貰ってもいいですかね?」
―――――――――――――――――――――
「味気ない部屋ですが、どうぞ…」
巡が自分の家に個人的な繋がりのある女を招いたのはこれが初めてであった。よって巡は同様していた。
「あ、あの、なんか出しましょうか?コーヒーとかお菓子とか…」
「それじゃあ、コーヒーをお願いしようかな?」からかうように紗里は言う。
「さっ、砂糖はいりますかね?」
「いえ、大丈夫です。私、ミルクを入れるのよりブラックの方が好きなんですよね。朝目覚めたばかりの時に飲むブラックコーヒーが格別で」
紗里の言った通りに巡はブラックコーヒーを2杯用意し、ローテーブルに置いた。かすかな間静寂があり、紗里は「ありがとう」と言うと、コーヒーを飲み始めた。マグカップの取っ手に絡みつく指が美しいなと巡は思い、見とれていた。
「美味しいですね、このコーヒー」紗里が言う。
「ただのインスタントなんですけどね…。まぁ、気に入って貰えたなら良かったです」巡はふとここでとある疑問が湧いたので、それをさっそく質問してみることにした。
「そういえば、紗里さんはなんで俺の――俺がマジシャンライザーだってことを――知っていたんですか?」
「ああそうだ、それを最初に話そうとしてたのに忘れちゃった、あはは」紗里は続けた。「実はあなたがあの怪物を倒してくれたとき、私もあそこにいたの。急に人が光ったと思ったら鳥みたいな怪物になって、周りの人を襲って食べ始めて。私、殺されるんじゃないかって、私の人生はここで終わりなんだって思って。すごく怖かった」巡の方をじっと見ながら付け加える。
「でも、あなたがあの怪物を倒してくれた。あなたが私に先の人生を与えてくれた。私それであなたに惚れちゃったんです。だからあなたのことも、あなたがマジシャンライザー?とかネットで呼ばれている存在だということも」
巡は彼女の話す内容を聞くうちに新たな疑問が湧き上がったので、紗里に訊いた。
「てか待って、俺ってネットに存在バレてるの?」
「そりゃあ大活躍だもん、バレるに決まってるよ」
「そうか…」紗里が答えた結果を巡は噛み締める。自分はあの時、ヒーローになれる力を願って変身した。その願いが叶ったことを、そして目の前にいる人の命を救えたことに、巡は感謝した。
「そういえば、まだ名前を言っていませんでしたね。
「じゃあこっちも…舞獅巡です、宜しく」
しばし二人の間に沈黙が走った後、紗里が口を開く。
「それでですね、巡さん」紗里は続けた。「せっかく恋人になったんですし、今度のゴールデンウィークにでも、デートに行きません?」
「行きます」巡は歯切れの良い声で即答した。
デートの約束をゴールデンウィーク中の土曜日に取り付け、紗里が去った後の部屋で、巡は一人、歓喜の叫びを上げた。
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