第10話 災厄、欲豚の謀を暴露する

 全く、何を言い出すやら。


所詮、小娘の浅知恵よ。


 呆れて、ものいうのも億劫ではありますが、


「殿下! 戯れもいい加減になさいませ。私如きの下賤な女を弄ぶなど早すぎます」


 私は、眉を顰めて人差し指をピンと伸ばしてフリフリと震わせ殿下に言い聞かせていく。


「ゾフィー殿。貴女を下賤などとは追贈、考えたことはありませんが。このように麗しいレディに、そのようなことを…」


 全く、何処ぞの毛も生え揃ろわないジャリに言われたってなぁ。ちょい前にアデルの剥いたら可愛かったよ。殿下も同じぐらいの歳でしょ。


「そんな事は言われたって絆されませんよ。兎に角、睦事などは是非ともコルティジャーノ・オネスタとの袵で、しっかりと手解きを受けてくださいませ」


 そうだ、コルティジャーノ・オネスタは、高級娼婦。娼婦とは言うものの、経験に裏打ちされた膨大な知恵を持つ人たち。世情から経済、芸能、文化に通じて殿方を寝台の上以外でも満足させる、神々しい貴人たち。親父殿なら、そういうのに詳しそうだ。


「父、いえ、私めの大旦那様に相談を持ちかけたらいかがでしょう。なんなら、私めがお伝えしておきますが」

「ゾフィー殿………」

「良き方を、ご紹介頂けると存じます」


 なんて、適当に殿下をはぐらかしていると、腹も満たされたようだ。


「ふぅ」


 折角、五臓六腑に染み入った酒精も薄れていき、意識も、しゃっきりしてくる。

 私の体、直ぐに酔った感じがなくなるんだ。ぽおっ〜とできる時間が短いんだ。そこら辺がなんとも残念だね。

 そのうちに頭の中が、しゃっきりしたんで周りを見渡す。広間には私たち以外誰もいない。ハロルド公爵も見当たらない。どうやら間違えちゃったみたいだよ。


「姉上、誰もいませんよ。違う広間に来たようですね」


 アデルがキョロキョロと中を見回している。ご申告いたみいります。

 私だって、今、気づいたんだ。一悶着あって喉がカラッカラっで腹も空いて、意識が朦朧としてたんだろうよ。どうかう勘弁してね。


「わかってるよ。いきなり、チャンチャンバラバラが始まらなかったんだ。良かったじゃないの。しっかりと喉を潤し腹も満たせたんだ。結果オーライだよ」

「姉上といっしょだと退屈しませんね」


 アデルの奴、人をびっくり箱みたく言いやがって、後で見てなさい。


「酷いこと言うねえ。いいよ。後でものすごーく良いことしてあげるから」

「へいへい」


 アデルめ、いつも、いつもお座なりな返事してきて、後で吠え面かかせてあげるよ。

 だけど、いつまでもこいつに構っている訳にはいかないよ。


「殿下、すいません。ちょっと間違えてしまいました。直ぐ、次の広間に移っていきます。よろしいか?」


 アデルの側にいる殿下へ、暗に反撃を続けるかを含ませて聞いねてみる。


「私の身は其方に預けたつもりです。お気にせず、貴方のしたいようにされませ」


 殿下は、真剣に目線を私に向けてくる。


  くうぅ


 年若いとて、男に、こうまで言わせたんだ。尻尾巻いて退散なんて、できる訳ない。やりましょう。

  うん。

 気合いを入れる。意識が集中して感覚が研ぎ澄まされ、闘志が全身を駆け巡って満ちてくる。

 私は体を預けていたテーブルから立ち上がり、広間の壁へ向かい、隣へ繋がる観音扉へ向かう。豪華に贅を施された扉のノブハンドルを捻り、そのまま開けていく。



 左右に扉が開いた先には、大勢の貴族諸侯囲まれ、衛士にも周りを固められ金銀の刺繍が施された金持ちをひけらかす悪趣味極まりないコートを着た恰幅のよい壮年の男がいた。先ほど祝いの席への参加の挨拶をしに出向いた先にいた男だ。側には、豪奢なガウンドレスを着て、これまた派手な化粧した公爵夫人が立ち、もうひとり、存在感の薄い女性が女性衛士に支えられてえ佇んでいる。

 私が開けた扉のラッチが外れる音に驚いたのか、一応に目を見開いて慄いた表情を見せた。


「貴女は? 隣の広間の大窓が崩壊したと聞いたが、無事であったのかな」


 公爵は、私が逃げてきたと勘違いしたのか、気遣った声をかけてくる。


 よく見ると普段、どんだけ贅沢な食事をしているのか、贅肉のだぶついた頬の肉は垂れ下がり瞼も塞がれるんじゃないかって覆い被さっている。

 お陰で口の周りも余分は肉がついて塞がりがち、声がくぐもって聞こえにくいんだ。そこには欲を溜め込んだ醜悪な顔が見え隠れする。


「いきなり扉が開いて。どなたがいるのかと見ましたが もしや'白き花の香りの乙女'ではありませぬか? なぜ、このような場所にいらっしゃるのかな。怪我などされる前に、ほれ、私の元へ参られよ」


 公爵は私を心配するような声色で話しかけてくるけど、その表情には女をどうにかしようとするスケベ心が見え隠れしてるよ。


「これは、これは、ハロルド公爵様」


 私の足元には折角の料理が皿ごと落ちて散乱する中で立ち上がり、カーテシーを決めて挨拶をする。


「ご機嫌麗しゅう。この度の祝い事の催しがあると聞き、私どものできる精一杯の装いできてみれば、全くもって、お見事な接待を受けました次第、執着至極にございますれば」


 丁度、足元に転がっていた、ガタイがでかい方に片足を乗せて、


「ピエロが2匹、私くしの前にて大道芸を演じていただいたのです」


 そんな口上を挙げている私の側に、殿下とアデルが扉を抜けて近づいて来た。


「あまりにも、つまらない物をしょーもなく見せつける物ですから、全くもって呆れてしまい、引っ捕まえて黙らせましたよ。だめですよ。公爵様ぁ。お駄賃ケチっちゃあ。三下奴が来るってもんです。こんな事しては陛下の沽券にに関わりますよ」


 と、乏しいながら語彙力を総動員して陛下を煽ってやった。殿下、ごめんね。段平振り回すだけの、学のない脳筋女で。

 しかし、それを聞いた公爵の贅肉に埋もれた顔が蒼白になり、すぐさま赤く染まっていく。さらには紫へ、それを通り越してどす黒く変色していく。

 どっかトラウマにでも引っかかったかな。


「問おう? 向こうの広間の惨状を引き起こしたのは、もしかするとお前だったのか」

 

 顔を忿怒に染めた公爵は肩を怒らせ顔の肉を震わせて呻いている。そんなに力を入れすぎるとどっかの血管切れますよ。


閣下を、ほくそ笑んだ顔で私は見返す。バレましたか。いかにも関わり合いがありましたってな具合にね。案の定、ハロルド公爵は私の誘いに乗ってくる。


「やはりか。狼藉者め。だが、わしはそんな道化など知らぬ。誰が頼むか」


 まっ,普通なら話すわけないよね。じゃあ、他に知っているのにも聞いてみるしかない。


「コンスベング、コンスベング、コンスベング」


 と、唱えて、足元で床に意識をなくしていたデカブツへ魔力を流し込んだ。

 それが気付になったどうかわからないが、ビクッと肩が震えて頭を振っている。意識を取り戻したかな。試しに聞いてみるよ。


「あなたは何者なの?」

「………」


 無言で私を見返してきたよ。まっ、こういう輩は答えることはないのはわかっている。まあ挨拶みたいなものだね。そんなことは承知だから、


「インベント! コンフェシオ<オール>」


 使った魔術は'告戒'。体内に流し込んだ魔力が全てを吐き出させ、許しを乞わせるってもの。かなり、強制力が高いんだ。訓練で強化された精神的な枷なんかは、ほぼ外れると思って良いよ。


「もう一度、聞くわ? 貴姉たちは何者?」

「我々ら闇に蠢きもの。梟と呼ばれている」

「梟って何をするんだか?」

「我らの邪魔になるのを葬り去る」

「物騒な輩だねぇ。誰に頼まれるんだい?」


  キラッ


 視界にチラッと光が入る。私は、素早くデカブツを隠すように動いた。微かに何かが飛んでくる気配を感じたんだ。


  カシュン


 ガウンドレスの肩口に何かが当たって跳ね返る。

 弾けたものを素早く掴み取ってみると、吹き矢だ。

 見ると先っぽの鋭利な針が濡れて見えるということは毒が塗られてきいるのだろう。

 全くもって口封じに躊躇なく手下を殺そうとするなんてな。なんて輩だい。


   ふう、ドレスに刺さらなくて良かったな。


 このドレスの防御力は高い。生半可なものじゃ貫けないよ。私は次の攻撃に備えてガウンドレスのポケットからパーティファンを引っ張り出した。


シュッ


 案の定、二の矢がが飛んできた。素早くパーティファンで捌いて、床に落とした。

そして、改めてデカブツに聞く。


「都合が悪くなれは、すぐ切り捨てる。そんな相手に義理立てすることもないだろう。誰に頼まれたんだい?」


「我らのお館様だ。彼の方の邪魔になるものを、闇に葬り去るのがに我らの務め」



 唇が開き、そんな言葉が吐き出される。デカブツは周りに吐露していいものではないことをボロボロと口に出してしまう。

 顔を見ると目が泳いでいるね。白状したことに驚き困惑しているのが見て取れるよ。


「どうですか閣下。お聞きになりましたぁ。この者はこうして言っておりますが、ここではお館様といえば。閣下、貴方お一人じゃありませんか」


 私は、シャキンとハロルド公爵をパーティファンの天で指し示し問い詰める。


「何をいうか。小娘風情が! 白き香りの乙女とチヤホヤされて、図に乗るでないわ。そんな不埒者の戯言を誰が聞く。どうせ、怪しい術などを使ったのであろう」


  バレたか。


 けどられないようにパーティーファンで自分の口元を隠して、表情を隠したよ。


「所詮、小娘の浅知恵よ。そんな事でワシを貶めようとは片腹痛いわ」


 陛下は数度の深呼吸をすると体の痙攣も治り、顔についた贅肉の震えもなくなった。さすがは海千山千の古狸。自分を諌める方法をご存知だ。


「もう、茶番に付き合うつもりはない。去ね。小娘」

ハロルド公爵はそう言って傍に控える侍従長に目配せをしたのが見えた。



   トスッ


 突然、私の胸元から、そんな音が聞こえた。

 音のした方に目を向けると、ガウンドレスを押し上げる二つの膨らみの間から何やらグリップらしきものが見える。


  これって、もしかしてナイフじゃ? ナイフが私に刺さっているの? えええっ



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