第11話 爆ぜる 

 物々しい足音に恐れをなし、この大広間で固唾を飲んでいた貴族諸侯は蜘蛛の子を散らすように立ち去って、いくつかある出入り口に殺到している。そこで集まって大広間へ入ろうとする衛士と逃げ出す貴族諸侯の間で、いざこざも起きているようだ。遠くから阿鼻叫喚の悲鳴も聞こえてくる。


「殿下。お役目ご苦労様。後は私の後ろでお寛ぎを、少しお時間いただくかもしれませるが悪しからず」

「これだけでいいのかい? 私も剣の鍛錬はしているんだけど」 


 私は口角を上げ、シニカルに笑い、


「いぃえ、未だ研ぐ前の剣は切れぬもの。お控えくだされます様。もっと、もっと修練ください。殿下」


 すると、儀典用軽装鎧の騎士が走り込んでくる。


「殿下を偽るとは痴れ者が」


 殿下を捕まえようと手を伸ばしてくる。私をその手を取り右足をを下げる。そして左足を下げながら外へ踏み出す。手を取られた衛士は、体が前に泳いだところで両足で踏み込んだ私のラリアットを首に受けてひっくり返り後頭部から落ちて、気を失った。


「何奴」


 新たに、もうひとりの衛士が私に向かってきた。私は後ろにステップして相手の手を取る。利き足をスイングさせてバランスを崩し、クローズしてラリアット。二人目を沈めた。


「此奴、体術を! 剣で応戦しろ、抜刀!」

「素手の、か弱き乙女に長剣を晒すは、あなたがた、賊の類でありましょうか?」


 私は微笑みながら答える。


「大人しく縛につけば良いものを」


 衛士は踏み込み、剣を振り上げて打ちおろしてきた。

 私は腰のポケットに手を入れて獲物を取り出すと展開させた。真っ白いパーティファンだ。しかし並のものより巨大な物だったりする。

 私はそれで口元を隠すと、


「縛られて喜ぶ嗜好などございませんのに」


 ファンを閉じると剣の裾に当て、刃の下を滑らせて外に剣筋を変えていく。


「ちょこざいな」


 衛士は流された剣筋を治して、再び切り掛かってくる。

 私は、振り切られる前にファンで剣を絡め取り、薙いで剣をくるりと回す。捻られては堪らんと彼は剣を手放してしまった。勢いのあまりにあっちの方向へ剣は飛び、離れたところに突き刺さる。諸手になった瞬間に大上段から振り下ろしたファンの親骨を叩きつけて昏倒させた。


   パァーン


 乾いた叩音がホールに響く。


「このクワセモノがぁ」

「お褒め言葉と受け取っておきます」


 更に、もう一人、剣で切り込んできた。しかし。哀れ、同じように剣をいなされて絡み取られて飛ばされたところを叩かれて彼は倒れた。


「どけぇ、どけぇ。情けない奴らだよ。小娘1人に翻弄されやがって」


 新たにプレートアーマーを着込んだ重装鎧が廊下側から雪崩れ込んできた。外の侵入者の備えをしていたんだろうね。

一騎が、私の前に立つと大剣グレーターソードを立てて、


「小娘であろうと手は抜かぬ。謀事に組したことを後悔せぇ」


 相手の挑発に、


「私くし、強引な殿方のお誘いは、お断りさせていただいてますの」


 右手でパーティファンをもち、肩より少し高めに掲げる。左手は目の前に人がいれば右肩に当たるところに置いていく。


「その生意気な口を塞いでくれる。そんな柔な扇など叩き折ってやるわ」


 重装騎士は、グレーターソードを掲げて背中へ引き回した。そして力を貯めると横薙ぎに振ってきた。私は軸足を大きく引きのけぞって初撃を交わす。


「ぬん」


 私の直上を刄が通過する。厚い風圧で結った髪も解けてしまった。

重装騎士も振った勢いを弱めずにグレーターソードをもう一度私に向けて打ち込んでくる。

 そこで利き足も弾きつつ、左へステップして接敵。赤髪を振り乱して、大ぶりで開いた懐に入り込み、畳んだ扇の天を鎧の首甲と顎の僅かに隙間に捩じ込み、喉仏を強打する。  

 強烈な痛みと呼吸不全に落ちた衛士は大剣を手放し、もんどり打って倒れ、のたうち回る。

 小娘相手に油断しているのは誰。ヘルムしていれば弱点を晒すことも無かろうて。

 すかさず、2人目がグレソードを刺突してきた。先の相手の影からの一撃。躱していくこともできず、腹にぶち込まれた。


「とったぁ」


 そのまま、私も飛ばされる、だが、転ぶことなく、後ろにシューズを滑らせて止まった。


「女の腹を攻めるなんて酷いな。母ちゃんに言ってみろ。ぶん殴られるよ」


 相手の顔が惚けた。大剣の鋒が止まっている。そこへファンを振り上げて親骨で相手を叩き伏せた。

 クリスタルの細糸で組まれてきるストマッカーは大剣如きでは突き通せないぐらいの防御があるんだ。痛みはそれなりに突き通るからたまらんけどね。


 そこへ、大広間の奥から


「弓兵をだせ。あの女の動きを止めろ」


 と言う叫びにもにた指示か飛ぶ。


  相手にも聞こえるような指示を出すなんて、素人丸出し、大方、公爵あたりが喚いているんだろう。


 私は、素早く戦場と化した大広間を呆然と見ていたルイ殿下のところへ移動する。そして彼の手を取る。


「殿下、少しピリッとくるかも知れませんが、大丈夫ですから」


と告げた。


実は彼に近ずく最中から


コンスペング コンスペング コンスペング


魔力を練り上げ,練り上げ,練り上げ


「インベント! コンシナンチス<イアシム>」


   コンスペング コンスペング コンスペング


   我は作り出す。そして魔力を練り上げ,練り上げ,練り上げ


 練り上げた魔力を彼と私の着用しているものに流し込んでいく。握った手の袖辺りから、白かった色が変わっていく。燃え上がるような緋色になっていくんだね。

 クリスタルの細糸が魔力を帯びて、ドレスやコートのほとんどに施されている刺繍線に沿って、発光をはじめる。私の中から魔力がごっそりと持っていかれる。


「かまえぇ。射てぇ」


 剣を持った衛士の後ろから、弓兵が射掛けてきた。

 目の前に矢尻が槍衾となって、降ってきた。殿下は、恐怖で頭を腕で隠し、しゃがみ込む。数えきれないほどの大量の矢で、針山になる自分が想像できたんだろう。

 すると、ドレスとコートの赤色の光が辺りに弾ける。飛んできた矢も在らぬ方向へ向きを変えて私達から飛び退ってしまう。

 銘、[バーミリオン]バイエルン家謹製のバトルドレスそしてコートなんだ。もっともっと仕掛けは隠してあるけど。


「矢が効かん。もう一度、斬りかかれぇ。単独で行くな。3人で組んでいけえ」


 前線の指揮する者の指示がとぶ。衛士は素早く隊列を整えると3人1組で私たちにかかって来る。


「殿下、正念場です。私も殿下を守り切るつもりですが、至らぬ場合もあります。兎に角、生きてください。さすれば私たちの勝ちです」


 私は殿下の目をじっと見つめる。


「殿下は生きてください」


もう一度、殿下に伝える。私の眼力に畏れをなして、殿下から声は出ない。


  まあ、戦を知らないんじゃね。


 私は空いている手でガウンのもう一つのポケットからパーティファンを引っ張り出す。両手にファンを構え、


コンスペング コンスペング コンスペング


   我は作り出す。そして魔力を練り上げ,練り上げ,練り上げ


「インベント・ コンシナンチス<オムニス>」


 全身に魔力を流し込む。あまりの魔力にジンジャーの髪は棚びき、ガウンスカートまで翻めいていく。


「では、殿下、私は行きますね」


 手に握る二つの赤く輝くファンを強く握り、


「ゾフィー,シャルロッテ、デュ、バイエルン。突貫!」


 三位一体で攻めてくる衛士達へ突っ込んでいった。

 扇を翻し、裁き、いなし、弾き、叩いた。切りてつけられたり、魔法で攻撃もされた。

 殴る蹴るなんて女の身なんて関係ない。手加減なんてしない。お互い理由は違えど、守るものがあるんだ。己の命を捧げて全力を尽くすんだ。


 相手の鼻の下、唇の上に扇子の天をねじ込んで相手を昏倒させた。

 もう、何組バラしたか記憶にない。 10まで数えて後はやめた。

 こっちだって、激戦にファンの片方の地紙は破れ、骨が折れて使えなくなって捨てた。防御の要のドレスも切られ破かれボロボロになり、ついには緋色も抜けて白くなり魔法炎に焼かれて焦げているところまである始末。ついでにドレスに流し込む魔力が半端ないとくる。使いすぎて目の中には星がいくつも流れ背中を怖気が這い回っている。

 笑いかけの膝を心の中で叱咤して立ち上がると、目の前に、厚い唇をひん曲げて下卑た目で私を見下ろす男が立っていた。

 折り目正しかったであろう衛士服を着崩して。凶悪なハンマーを持つ戦棍を肩に背負っている。そいつは徐に自分の得物を下ろす。石突が床を破り、大きく床が震えた。

 なんてもん使うんだよ。あたりでもしたら5体満足でいるなんて期待できないね。


「真打は最後に登場するってな。お嬢ちゃんは頑張った。俺が楽にしてやるよ」


 喋る度に虫に喰われて欠けたて黄色くなった歯が見える。臭い匂いまで漂ってくる。


ハァ磨け、このヴァカが。


「タイチョー、俺が倒したら、こいつ、このまま持ち帰っていいかなぁ。えっ」


 私は、そんな卑しい女じゃない。


「お前なんか、私の趣味じゃ無い。そこらへん犬の尻でも掘ってろ」


血混じりの唾を吐き捨てる。男の顔から表情が消えた。


「まずは足だ。こいつで砕いてやる」


 ハンマーを振り上げて男が宣う。


「その後、腕の骨を砕いてやる」


 男は歯を剥いて笑う。


「お前の穴という穴に俺のをねじ込んでやる。泣こうが叫ぼうが知ったこっちゃない。首絞めて、ごめんなさいさえ言わせねえ。知ってるか? 死にかけが一番閉まって気持ちいいんだってよお」


 男は聞くに耐えない言葉を垂れ流しにする。


 公爵さん、こんなの飼ってるの。やめとけよ。人は選ばないと。品性が疑われる。


 私は、既に先程から悲鳴をあげる体に鞭を打つ。腰に両手をつけて腰をくれらせて挑発した。


「見なくても解る。そんな貧相なので喜ぶ女なんていない。ママに泣きつきな。なんで普通に女が相手してもらえるくらいの一物を付けてくれなかったのかって」


「殺 ろ す」


 男の怒気が膨れ上がった。戦棍を大きく振り上げて私へ叩き込んできた。

 両手で構えたファンがそれを受けた。魔法を流し込んで強化していてもバキバキって異音を出してきた。何ツゥ馬鹿力、なんていう破壊力だっていうんだ。今まで華麗に動いていた足が威力に負けた。

 力が抜けてひざまづく。男が舌なめずりして再び戦棍を振り上げて撃ち下ろす。

 受け止めたファンの骨が砕けて使い物にならなくなった。なんとかハンマーをいなして地面を打たせたけど今度は片腕も持っていかれた。脱臼したのか、ピクリとも動かない。

 男が三度、ハンマーを振り上げる。


 ごめん、殿下。守りきれなかったよ。あっちにいったら謝るから許してね。色々と気張っていたけど、死ぬ時はこんなものか。

 でも落ちてくる乾いた血で赤黒くなったハンマーの先から目は離さなかったよ。



 しかし、打ち倒されて意識が砕かれることはなかった。目の前をピンクの生地に金糸の豪奢な刺繍が施されたコートを羽織る大きな背中が遮った。


  ガン、


 鈍い金属音を発してハンマーが、どこかへ飛んでいくのが見えた。


「ウチの娘が公爵のとこの舞踏会でデビューするって聞いてきたんだが、大の男が屍になって転がってる。ここは屠殺場か?」


 アデルと同じ色の髪を撫で付けた壮年の男が振り返り、私を見てきた。


「ゾフィー。こいつら、酷い顔してるよ。お前の嗜好を疑うぞ。我妻が娘の教育を間違えたってさめざめと泣くぞ。今からでも遅くはない。いい男っていうのを俺が教えてやる」


 体力も使い果たし、魔力も枯渇し、視界もままならないけど、よく見かけた顔がそこにあった。聞き慣れた声が私を嗜める。


「おせえーよ。父上」


 家を出る時にマーサが手配したことづけが届いたんだね。父のバイエルン伯爵がき来たんだ。

 周りから戦神と呼ばれた、全身兵器の体躯を持つ男。それがおっとり刀で来やがって。


  くるなら、もっと早くき や   が   れ


 私の意識が途切れた。闇に包まれていく。




. ‥ … ・・ 。o ○


なんか胸の上が重い。何か乗っている。

それが気になって、なんか軋むように目が空いた。

辺りは薄暗い。見慣れた天井が見えた、夜目が効くから薄暗いなかでもわかるんだ。嗅ぎ慣れた匂いも感じる。なんだ自分の部屋じゃないか。

すると額に柔らかいものが押し当てられた。しばらくして右頬にさらに左頬に…、そして唇にも。


「好きで………、愛して……」


そんな言葉が耳に入ってくる。けど眠くて眠くて、ぼうっとして意識がふわふわする。暖かい水の中にただ持っている感じなんだ。だめだ眠気に負ける。私はもう一度、目を瞑って寝てしまう。ただ目が閉じる寸前に青い瞳が見えたよ………



‥ … ・・ 。o ○


ouch


 全身が痛みに悲鳴をあげている。それで再び目が覚めた。

目を開けるとマーサが見えた。殿下もいる。みんな涙を溜めて私を見てくる。


  なんで?


次第に記憶が蘇ってきた。


「生きてる」


  ouch


 喋るだけで痛みが全身を走るけど、言葉が出てしまう。


「ゾフィー。おかげで私も生きてるぞ」


 殿下が横たわる私の手を握っていた。泣きながら笑っている。


「私たちは勝ったんだぞ」


 ああ、なんとかなったんだ。やり切ることができたんだ。殿下の笑顔が見える。よく見ると瞳も青い。あれ?


 まあ、いいね。


 うん、頑張ったな。



私は満足する。

でも、全身の痛みは悩みどころだけれどね。

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姫様、メイドは、あんなことや、そんなことは致しません。こんなことだって致しません。~カラミティなんて言わないで~ @tumarun

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