第12話 災厄、突進す
物々しい足音に恐れをなし、この大広間で固唾を飲んでいた貴族諸侯は蜘蛛の子を散らすように逃げ去って、いくつかある出入り口に殺到している。
そこで集まって大広間へ入ろうとする衛士と逃げ出す貴族諸侯の間で、いざこざも起きているようだ。遠くから阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえてくる。
「殿下。お役目ご苦労様。後は私の後ろでお寛ぎを、少しお時間をいただくかもしれませるが悪しからず」
「これだけでいいのかい? 私も剣の鍛錬はしているんだけど」
私は口角を上げ、シニカルに笑い、
「いぃえ、未だ研ぐ前の剣は切れぬもの。お控えくだされます様。もっと、もっと修練ください。殿下」
すると、儀典用軽装鎧の騎士が走り込んでくる。しまった油断した。周りをよく見てなかった。
「殿下を偽るとは痴れ者が」
殿下を捕まえようと手を伸ばしてくる。私はその手を取り右足を下げる。そして左足を下げながら外へ踏み出す。手を取られた衛士は、体が前に泳いだところで利き足で踏み込んだ私のラリアットを首に受けてひっくり返り後頭部から落ちて、気を失う。
今の所、一応、レディとして手心を加えて組み伏せるだけにしてくれているよう。剣なんかの光もん出されたら、血を見るのは必至。そうならない為に今のうちに何とかしないと。
なら、手はあるな。
「コンスベング、コンスベング、コンスベング」
魔力を練上げ、練上げ
「偽物に手助けするかぁ」
新たに、もうひとりの衛士が私に向かってきた。私は後ろにステップして相手の手を取る。利き足をスイングさせてバランスを崩し、クローズしてラリアット、
「インパルス」
体内で溜めて、唸りを上げている魔力を打ち込んでやる。
女の力では大してダメージなんて与えられたいのを魔力を衝撃として相手に流すんだ。電撃とかよりも少ない魔力で済むしね。二人目は見事に吹っ飛んで動かなくなった。
さあ、非力とみられる魔法使いの戦い方、とくとご覧あれ。
「出会え、出会え! 侵入者がいたぞ。こちらから背後に回れぇ」
私たちの背中側にある扉からも、衛士たちの声が聞こえてくる。
このままじゃ、前と後からの挟み打ち。そんなの私の嗜好に合いません。する時は殿方お一人の顔を見ながら、しとう御座います。
頭の中で殿下の顔が浮かぶのを頭を振って消していく。全く、こんな時に何を妄想するやら。
「何処を向いているおるぅ」
また、私を捕まえようとして衛士が手を伸ばしてきた。相手の片手を取り、体を内に潜り込ませつつ、二の腕へ思いっきり手を当てて押し込んでいった。
「インパルス」
相手は自分の腕を軸に翻り、頭から落ちて気を失ったのか、どっちでも良い。立ち上がる気配はない。
効いてる、効いてると思おう。
「婦女子であるならば、大人しくしておれば危害を加えぬものを」
ほくそ笑んでニマニマしているところへ衛士が2人かがりで私を捕まえにきた。
私の利き手の方に飛び込んできた奴の手を取りそのまま跳ね上げて、その下をぐるように体を捻り入れていく。
片方は私を見失ったはず。遅れてついてきたスカートが翻るなか、手を引き下ろし、体制を崩した相手を腰に巻き込むように翻るスカートの上を滑るように乗せてもう片方のやつに投げ飛ばす。
2人はもつれ込むようにして吹き飛び重なったまま、床に倒れ込む。私は足を振り上げ、奴らの空いている背中にシューズの踵落とし。
「インパルス」
踏まれたカエルのような声を上げて奴らはビクつくと力無く四肢を投げ出す。
足を上げた時にスカートの中が見られたかな。まあ、良いよ。夢の世界に行く駄賃だ。それぐらい許してやるよ。
今度は、こちらから行ってやる。近くで呆然と突っ立っていた衛士の手を取り引き寄せる。円を描くように振り回して手首を返すと、見事に相手がひっくり返ってくれる。
「インパルス」
手を離す一瞬に相手に魔力を流し込んであげる。落ちた時の痛みは感じないはず、ありがたく思いな。
更に、もう1人、手首を掴んで引っ張り回す。前のめりに転んでくれたところへ更に腕をひねって動きを止めて、
「インパルス」
意識を刈り取る。そして相手を組み伏せたまま、頭を上げ首を回らすと。
「姉上、後ろから、すぐ近くに迫ってきす。拙いよ」
アデルが後ろを見ていて叫んできた。確かに。ぞろぞろ、同じ場所にいると状況が不利になるばかり。
「殿下! 挟み撃ちにされたら堪りません。場所を変えます。向こうの壁まで走ってください。アデルも殿下を頼む。私が先行して血路を開きます」
さっきまで居た、後のドアの向こうにある広間のお窓は私が粉砕した。だからか屋敷のウチからだけじゃなく外からまで警護にあたっていた衛士がガラスのない大窓を跨いてはいりこんでする。それこそワンサとやって来やがった。
「団体さんのお付きだね。殿下! アデル! 急いで行くよ」
スカートのひだに隠れているスリットに手を入れて、スティック状のものを幾つか取り出す。それの片端を腕の生地に擦り付けた。細糸で編み込まれているから擦るのにちょうど良いんだ。
バシュッ
と、火がついて勢いよく煙が吹き出していく。目眩しの煙幕だね。
向かっていく先に投げていくと、広間に湧き上がり、視界が煙で塞がれる。
「さあ殿下。兎に角、脇目を振らずに真っ直ぐに走ってください。先駆けは私が殿リはアデルが務めます」
私もスカートを摘み裾をあげる。
「行きます」
2人に先行して白煙の中に入っていく。後ろの2人には私の赤いジンジャーヘヤーがちょうど良い目印になるはず。
「これでは彼奴らが見えぬではないか。女の方も痣のひとつやふたつ付いても構わん、殴っても良いわ。私の前に引っ立ててまいれぇ」
白煙が充満していく広間の奥から、公爵らしき叫び声が聞こえてくる。痺れを切らしたかな、容赦が無くなってきたよ。
前が見づらい煙の中を走り込んでいると、いきなり、目の前に衛士が現れた。
脇を締めて拳を顎の近くテーブル構えて、拳越しにこちらを殺す意志を込めた視線を飛ばしてくる。オーソドックススタイルをした拳士だ。左右に軽快にステップをして、是見よがしに拳を振るってウォーミングアップをしている。
こちとて、全力で走ってきているんだ。すぐには止まれることは出来ないよ。踵を踏ん張っても堪えきれず露に、前のめりになったところに腰の入ったストレートを放ってきた。
もう、反射で動いたしか思えないけど、なんとかを顔を横へ逸らすことができた。頬に拳が微かに擦れる感触が残る。でも、相手の懐に入ることができたんです。走り込んでいる勢いを殺さず、
「インパルス」
膝を此奴の腹にぶち込んでやったね。
あんた! 乙女の柔肌に傷が残ったら、どうするんだい。それも顔をだよ。顔!
土手っ腹に膝蹴りを喰らったやつは、グファって泡を拭きながら崩れ落ちた。
そうかい、拳で語ろうっていうなら、こちらも付き合ってやる。
スカートに手を伸ばして、さっきとは別のスリットに手を入れる。硬い感触を感じると、そこに指先を通していく。丁度、4本の指が入るぐらいの穴が空いているんだ。
引き出すと、指全部がひとつひとつのリングに通っている。それが繋がっている。相手をぶん殴って指を痛めないように、そして打撃の勢いを増すように作られたナックルダスターっていうんだ。
曲がりなりにも私、乙女なんでか弱い細指を壊さないようにしないといけないのですわ。ほほほって。
そして、次の獲物! 違う! 生贄! ちがーう。
別の衛士が白煙の中で私の前に飛び出してくる。付き合いが良いというか何というか、拳を顔の前に構えてファイティングポーズを取ってくる。私も黙って拳を構えた。
とっ、同時にお互いジャブを応酬で牽制し初めていく、ステップで回り込み、スウェーで躱し、手で払っていく。目線は相手から外さない。
そのうちに相手が痺れを切らしたのか、私の足先を踏んできたんだ。下がろうとしたところなんで、足の運びを邪魔されて、バランスを崩して蹈鞴を踏んでしまう。
汚ねえ、反則! まあ、今はそんなことは言ってられない。
そこへ相手は足先から腰へ、そして胸へと捻りを効かけせたストレートを私の顎に放ってきた。
慌てて、膝を曲げ腰をとしてのダッキングで躱し相手の懐へ入っていく。体制を落としたことで拳が下に来るのに任せて、
「歯ぁ、食いしばれ!」
私も歯を食いしばって足の親指に力を込めて拳を振り上げていく。下から斜め上に丁度良い角度で、更に当たる瞬間、手首に捻りを加えて、
「インパルス」
顎へと突き上げた。
相手は、アッパーカットをくらって体が浮き、足まで地から浮いたりした。そのまま、落ちてピクリとも動かなくなったよ。
まあ、しばらくは柔らかいものしか食べられないだろうて。
そいつの影からもう1人現れて腕を伸ばしてきているのだけれど、アッパーで沈んだ奴を見て、及び腰になっていたりする。
おいおい、そんな化け物を見るように怯えた目で私を見ないでおくれ。侘しくなるだろうが、そういう奴には喝を入れてやる。
ズンッと足の親指を踏ん張り、足首の捻りから脚、腰、腹、胸と捻りの力を伝播させていき、力を腕に通していく。
唸れ、私の拳!
「インパルス」
会心のストレートを相手の鼻にねじ込んでやった。ナックルダスターが確実に打点に威力を伝えていく。
捻りも加えた拳に相手は哀れ、横にクルクルと周りながら、白煙の中へと消えていってしまった。煙の向こうから、悲鳴も複数聞こえたところを見ると、2、3人巻き込んで吹っ飛んだかもね。
煙幕の効果もいつまでも続くものではなく次第に晴れていく。
私は何とか広間の奥まで走り切ることができた。
そこで振り返り、相手への威嚇のつもりで仮想相手を思い描いて足をステップさせて拳を振っていく。
軽く腕だけで真っ直ぐ打つ引くを2,3回ほど繰り返しジャブ! 軸足を踏み込み、体の捻りの力を込めて相手を撃ち抜くストーレート! 腰を回して相手を横っ面を撃ち飛ばすフック!
つま先を振り出し、サイドにステップアウトして体をターン。スルッとスルッと周りながらシユッ、シュッと腕を繰り出す剣呑なシューティングダンス。見えずとも相手がいるように振る舞ってシュミレートをしていく。
うん、乗ってきたかも!
そのうちに煙が消え去って視界がクリアになる頃にアデルと殿下が私の後ろに駆け込んでくる。
ここまで来るのに、幾人もの衛士が意識を失って床に転がっている惨状を見たのだろう 2人は、
「姉上! 容赦ないですね」
「ゾフィー、あなたという方は…………」
ちよっとぉ! 2人して、衛士と同じ目で私を見てくんの、止めて頂戴。
死に物狂いで頑張って血路を開いんだから労いの言葉もひとつ欲しいよ。
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