第8話 災厄、引け目を晒す
殿下が私を恐れている目をしている。
そう、私はこういう女。夜毎ガウンドレスを着飾ってパーティで、いい出会いを探して、恋をして、愛を実らせるレディじゃない。
殿下を守るにまかせて、自分の不満を相手にぶつける、浅ましい女。
しかも、女が子供を作り育てる大事な乳房と分かりながらも電撃を加える、乱暴な女。
殿下には、そんな目で見られても当然ですね。やっぱりねと、心が沈んだ。あんな目をする殿下は見たくないと視線を外していく。
だけど、いきなり、
「あっ!」
と、殿下の叫びが上がる。
慌てて殿下に視線を戻す。目や耳とか、露出する皮膚の感覚を総動員して、周りの気配を探る。
そして見えたよ。
殿下の驚き開いた目に映る影が……。
勘で頭を振った横を闇色に染めた刃が通り過ぎたよ。
まさに間一髪、危機一髪ってとこ。
反撃に肘を相手の腹に打ち込む。
しまったよ。
最初に襲ってきたのがいたね。此奴が意識から外れていた。
あのガタイの大きな女郎に首絞められて、頭に血が行かなくて呆けたかもしれないな。
刹那の時、私の頭の横には刃物を持って伸ばされた腕がある。それを抱えて自分の腰を相手の腹に捻り込む。そのまま相手をひっくり返して腰から落としてやる。
殿下、翻ったスカートの中は、閲覧禁止です。見ても忘れてくださいませ。
相手を地面にに倒してみたらわかった。こっちも女だ。腰は横に張ってるし、胸もそれなりにある。
くそっ、暗色の服の下は私よりふくよかだ。背は私より少し高いかなってぐらい。
そして倒れた奴の全身ぴっちりとした服の首元の生地を掴みあげる。無詠唱で腕に魔力を注いで筋力を増しておき、そのまま頭上まで引き上げた。
意識があるようで顔にペイントした暗色のドーランの中、見開いた眼が私を睨む。私も此奴を睨み返したよ。
「なあ、仕事が失敗したんだろ。居場所がなくなるんじゃない? なら、ウチに来ないか! 手取足取り教えてやるよ」
なんとなく筋は良さそうなんでスカウトしてみたのだけれど、奴は唾を吐きかけてきた。
きたねぇなあ、おい。まあ、これぐらいじゃなけりゃ、躾けがいがないってものよ。
でもな、殿下に刃を向けたんだ。始末はつける。
「お仕置きの時間だ」
相手の奥エリをとり、引き倒すに合わせれて相手の足を払る。そのまま自分の足に乗せて上に振り上げた。
ガウンスカートが翻り、ストッキングを履いた足が見えてしまった。
殿下、見ないでくださいまし。口の根も乾かずに ごめん遊ばせ。
そうして、奴は受け身も取れずに投げられて背中を強打した。手足をだらんと力無く広げてぐったりとしているようで意識も無いようだ。
「君君、初めてがダメだったら諦めないと。でないと痛い思いをするよ」
えっ! 私、何言ってるのかな。
とにかく、初撃をしくじったら二の打ちせずにとんずらするんだよ。
そこへ、
「姉上」
と呼ばれる。聞き知った声だね。弟のアドルがおっとり刀でやってきた。
「何してるんです」
丁度、投げで地面に倒れた奴の頭を仁王立ちで跨いでいる格好になっていたんだね。
此奴には誰からの指示で動いたのか聞くつもりだ。
此奴を目を覚まさせるのに私の'いばり'をかけようとしたんだ。
でも、さっきまで動き回ったせいで全身から汗やらが出尽くして、体が乾いて'いばり'もでねえよ。
アドルに見られて、そんな浅ましい所作が恥ずかしく思えてね。殿下まで見てくるんだ。
仕方なく私は此奴の頭の上からどいてやったよ、
此奴は先程から意識がないなら仕方がない。此奴に実行の指示をした奴に直々に聞がないと、いけないだろう。
ちぃーと派手になっても良いかな。
私は、眼下にある此奴の顔と公爵邸の大きなガラス張りの大窓を見比べる。
「ここはひとつ、あんたに働いてもらおうじゃないか」
まずは、私は、此奴が最初に刺突してきた時につかっていたショートソードを拾い上げて、テラスからガラス窓へ力を込めて投擲した。
ガッ、
ガラスにヒビが入る。その鈍い一音で楽団の演奏が終わり、中を優雅に楽しんでいたひとびとが窓際から慌てふためいて離れ、逆に大広間の奥の動きが活発になる景色を望むことができた。
さて、やりますか。
私は意識を失い、ぐったりとしている襲撃者の両手を持って引っ張りあげた。そして立ち上がらせて、私は此奴と向かい合う形となる。
コンスベンク コンスベンク コンスベンク コンスベンク
魔力を練り上げ、練り上げ、練り上げ
「カルチターレ<カエデレ・カルキブス>」
蹴 る!蹴り上げる
一気に私は腰を落とし後ろに捨て身と倒れ込んだ。此奴の手を引っ張って体制を崩し前のめりにして、片足のシューズで相手の腹を蹴り上げた。足の筋肉に魔力を流し込んで全力で蹴飛ばしたんだ。ガウンスカートが捲れ上がり、花のようにチュチュがに開いていく。
殿下、3度目の所業ですが、何卒、ご容赦くださいませ
哀れにも飛ばされた彼奴はぐるぐると回転しながら、ガラス窓に激突した。
バッキーン
先の投擲でガラスには皹が入っていた。そこに丁度、此奴は激突した。
皹が一気に広がって全面に広がり、ガラスが崩壊していく。バラバラと崩れていってしまった。投げ込んで激突させた奴は、゜自分が落としたガラスの破片に埋もれている。まあしぶとそうなやつに見えるから大丈夫だろう。まあ、念のため、運気の上がる魔法ぐらいは掛けといてやるよ。
パチン
フィンガースナップだけどね。
さて、ここからが分水嶺、思案のうち。王子が生きているという疑念を相手に持たせた。
後は、私1人で立ち回れる事もできるはず。
「殿下。アドルが来ました。この子と一緒に、公爵邸から脱出してくれて構いません。あとは、1人でやります」
私の大立ち回りに巻き込まれまいがため、柵に身を寄せている殿下に提案をする。会ったばかりの殿下なら、成り行きに任せてアドルと行くことを選択するね。
「何を言われます。ここまでの貴女を見ていて、考え方が変わりました。これまでの自分は捨てます。貴女と共に私の、いえ、我らの行く末を見ましょう。共に行きますよ」
んっ?
『我ら』
気になる文言だね。
でも何となく、こういう答えが返ってくるような気がした。
こんな状況になって殿下は、凄まじい勢いで成長してる。変化したと言っても良いかもね。
ガキから大人にいきなり変わってるよ。
でもね、技能的には未熟者。お荷物になること請け合いだね。
少し、頭が痛い。少しどころではないんだけどね。
「では、ご随意に。御自分をどうするかは殿下にお任せします」
「では、共に。いざ参りましょうぞ、死地へ。ですが、私は貴女と2人なら怖くない」
言ってくれますねぇ。殿下!
「僕も、いるんだけど」
アドル。こんな時は黙って話の流れに乗るもんだ。チャチャを入れるもんじゃない。雰囲気を読めないバカちんがぁ。
「わかりました。殿下。その意気です。なあに、いざとなれば、そこのアドルを盾にすれば良いですから」
殿下の意思が固いのは分かったよ。アドルもいるしね。転ばぬ先の杖だってある。
「ひでぇ」
アドルがボソッというけど、殿下という担ぎ上げるべき、止ん事無き方のために命を賭してお守りするのは、貴族たるものの本懐だろ。折角、殿下が、その気になっているんだ聞かなかったことにしてやるよ。
私の意思も固まったよ。
「殿下、では参りまする」
私は、崩れて全開となった大窓を潜るべく歩み始め。すると、アドルが、
「この、どでかい、姉さんどうするんですか?」
さっきテラスの床で私の電撃をぶち込んだ、もう1人の襲撃者が転がっていた。
よく見ると、痙攣が小さくなりながらも続いている。
「見て見ぬ振りをしてほっといても良いんだけどね」
まあ、襲われた証拠は多いに越したことはない。私はそいつに近づいて、
コンスペング、コンスペング、コン……
魔力を体に溜めて、
ガタイの大きな姉ちゃんを抱き起こして背負った。
背の丈の違いがありすぎるんだ。足を引き摺るぐらい許してもらおう。
だって風の吹きっ晒しに置いたままにしないんだからね。
それだけで良しとしてくれよね。サービスだ! 大バーゲンだよ。
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