第12話チートな彼のストレス思考


「じゃ、じゃあ行くか。」


私達が外へ出るともう日が傾き始める頃合いで、青かった空が黄みを帯びていました。


「もう、こんな時間なんですね。」

「そろそろ帰るか。」

「はい。」


帰ったら何を作りましょうか。以前サイガ様が美味しいと言っておかわりもされていた魚のフライなんてどうでしょうか?


「ロロテナ、今日は楽しかったか?」

「ええ、もちろん。」


中央区外れの並木道を歩いて帰る途中、不意にサイガ様に問われました。

いつもの買い出しとあまり変わらないと言われてしまえばそれまでなのですが、こうやって意識するようになってから、二人で買い物をしたり、お揃いのものを買ったりするのはなんだかいつもとは違うように思えてしまうのです。


「それならよかった。」


サイガ様はほっとしたような表情で微笑まれました。

そのお顔を見た瞬間、なんだかどきっとして、私はもっとこの人と近づきたいと思ってしまいました。

それは歩いて近づくような距離ではなく、心の距離だとどきどきする心臓が教えてくれています。


「サイガ様」


私は足を止めてサイガ様を呼び止めました。


「ん?どうした?」


サイガ様は私の声に反応して、私の前で足を止めました。そして、不思議そうに首を傾げます。


「好きです。」


口をついて出たのは、心の底からの思いでした。

数秒、あるいは数十秒か、時間が止まったように感じられました。風が私の髪を大きく靡かせます。


「ぇ、あ、ロロテナ?」

「好きです、サイガ様。付き合ってください。」


私は自分の気持ちに素直になって、サイガ様にそう伝えます。

サイガ様は目を大きく見開いて、口をパクパクとさせていますが言葉になっていません。


「今まではサイガ様のサポート役として冒険を支えてきましたが、どうしても、あなたの隣に並んで立ちたいと思ってしまったのです。」

「……あの、な?えっと、その……」


サイガ様は狼狽えた表情のまま目を泳がせます。しばらくしてから、苦しそうな顔でこちらを見ました。


「いいのか、ロロテナは……その、俺で……」


どういう事でしょう。未来を嘱望された一流の冒険者で、人に優しく、たまに可愛らしい面を見せるサイガ様のどこにケチが付けられるのでしょうか。私がサイガ様を嫌いになる要素は、今のところ見当たらず、むしろ私は好ましく思っています。これまで旅をしてきた中で様々な面を見た上で、私はサイガ様が好きだと言っているのです。


「前言っただろう?その、ハーレムを作ると。俺とその、付き合うということは、ロロテナもその一員になるということだぞ?」

「はい、もちろんわかっています。」

「ロロテナの気持ちは嬉しい。だがな……」


サイガ様は目を逸らして少し考えた後、言葉を続けました。


「酷い事を言うが、俺がロロテナを好きになったのは、呪いで変わってしまった見た目のせいだ。もし元の姿に戻ってしまったら、俺はロロテナを愛せるか分からない。」


その言葉を聞いて、私はハッとしました。確かに、私の姿が変わってから、サイガ様の対応は大きく変わりました。

今までに見たことのない表情をいっぱい見ました。デートもしました。プレゼントも沢山貰いました。でもそれは、呪いで得たこの体のせいだとサイガ様はおっしゃるのです。


「サイガ様は私が元の姿に戻ってしまったら、私をパーティから追い出しますか?」

「そんな事はしない!元の姿に戻ってもロロテナはロロテナだ。……いままでさんざん助けられてきたんだ、ロロテナがいないと、その、俺が困る。」

「なら、大丈夫です。私は、いままでみたいに従者として付き従うのも好きでしたから。」

「そ、そうか……」


私がそう伝えると、サイガ様は複雑そうな顔をしました。

私もサイガ様を困らせるような事はしたくありません。ですが、それより、この人の特別になりたいという気持ちが勝ってしまったのです。

ここまで欲張りになったのは、生きてきて初めてのような気がします。


「だから、私が元の姿に戻るまでは、サイガ様を好きでいる事を許してくださいますか?」

「もちろんだ、ロロテナ自身の心の動きは俺でさえ止める権利はない。お前が俺に対して何を思おうと、俺がその気持ちに口出しすることは無い。」

「ふふ……よかったです。私、ずっとサイガ様を好きでいたいですから。」


私がそう笑いかけると、サイガ様は「ありがとう。ロロテナ。こんな俺を好きでいてくれて。」と返してくださいました。

いつも凛としたサイガ様の瞳に、今にも零れそうな涙が浮かんでいるのに気がついて、私はついそれをセーターの袖で拭います。


「初めてですね。サイガ様の涙を見るの。」

「っ……俺は泣いてなどいない、いつも通りの顔だ。」

「はい、いつも通り格好いいお顔ですよ。」

「そうだろう?俺が、俺がカッコ悪いわけないからな。」

「ふふ、そうです。サイガ様はいつでも素敵で、格好良くて、私の憧れで、大好きな人ですから。」


私が心から出てくるままにサイガ様を褒めると、サイガ様は口を噤んで、真っ赤な顔で顔を背けました。


「今日はもう帰るぞ!」

「ええ、そうですね。帰りましょう。手も繋がないといけないですから。」

「っ……そ、そうだな。」


もう少し歩けば屋敷の門が見えてきます。私は、早く手をつなぎたくて、ほんの少しだけいつもより早歩きになります。

その早歩きにサイガ様が付いてくるのが面白くて、私はもう少し歩くペースを速めます。

早歩きする私たちの間を、涼しい風が通り抜けます。

これから段々と日が長くなって、暑くなっていくのでしょう。サイガ様との何度目かの夏は、きっと以前よりも心躍らせるものになるのだと、私は確信していました。

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