第10話チートな彼のワガママ言葉


「じゃあ、行くか。」


 いつものようにサイガ様の隣に付いて、歩き始めます。

 背が高くなったおかげで、空も、サイガ様のお顔も、今までよりずっと近い所にあります。

 前も話をする時に顔を近づける事はありましたが、だいたいどれも一時的なもので、こんなに長い間顔が近い場所にある事はありませんでした。

 サイガ様の美しさを再度確認してしまいます。こんなお顔で颯爽と助けられては惚れない理由が無いというものです。



「まず家具を見に行くぞ、いつまでも簡易ベッドじゃ嫌だろう。」

「私は今のベッドも好きですが……」


 今私の部屋は、空き部屋にサイガ様の作られたベッドと、倉庫にあった机が置いてあるだけの簡素なものになっています。以前使っていた部屋には、小型の種族に合わせて作られた小さなベッドや机がありますが、流石にこの大きさでは使えません。

 私はサイガ様にせっかく作っていただいたベッドを手放すようなことはしたくないのですが、サイガ様は納得してくれません。


「あんな数分で作ったベッドを長い間使われるのは俺が耐えられん。」


 私はむしろ全部の家具をサイガ様に作ってほしいとも思いますが、それは流石にわがまますぎますね。

 以前屋敷を建てた時に家具を買いに来た家具屋へと、私達は入って行きました。

 流石は商業区一の家具屋と言われているだけはあります、お客さんも沢山入っていて、賑いを見せています。


「ようこそ、サイガ様。本日は何をお探しでしょうか?」


 店主さんはサイガ様の姿を見るなり、さっと店先に出て来て挨拶をしてくれました。


「今日は案内はいい。自分で探す。」


 しかしサイガ様はそれを断り、店員に下がるよう言いました。以前は店員の話をよく聞いていたのですが、何故でしょうか?


「かしこまりました、何かありましたらお呼びください。」


 店の奥からは店長さんや従業員の方々が心配そうに見ていますが、サイガ様は気づいていないようでした。


「……すまんロロテナ、その、二人で見たくて断ってしまった。」

「大丈夫ですよ、サイガ様。一緒に家具、見ましょう?」


 小声で伝えてくるサイガ様に、私は笑顔で返します。

 二人で見たいだなんて、サイガ様のわがままを聞けているのがちょっとうれしく感じます。

 それから私達は二人で家具を見て回りました。私用の机や、きれいな装飾とガラス戸の付いた棚、二人で寝転べるくらい大きなベッド……滅多に来ることがないので、商品を見るだけでもわくわくしました。

 サイガ様も、家具制作の腕を上げようと家具のデザインや素材などをよく観察されていました。

 頂いたお給料が貯まっているので、せっかくだからぱっと使おうと、必要な机とベッドだけでなく、あたたかそうなラグマットや大きな全身鏡なども買いました。

 鏡なんて買う予定は無かったのですが、せっかくサイガ様がこの見た目を気に入ってくださっているので、容姿に気を使うのも必要だと思ったのです。

 家具は大きいので、後日お店の方に届けてもらう事になりました。

 店を出ると、日は真上、大通りの時計もお昼時を指していました。


「もう昼か。そろそろ何か食べたほうがいいな。」

「そうですね。私もお腹が空きました。」


 体が大きくなったせいで、食べる量は以前より増えています。よくサイガ様が『その量で足りるのか?』と心配されていたので、サイガ様と同じものを同じ量食べられるようになって嬉しく感じています。


「サイガ様は何が食べたいですか?」

「せっかくだから、ロロテナが食べたいものでいいぞ。」

「そうですか?なら私が行きたい店があるのですが……」


 二人で並んで通りを歩きます。贔屓の本屋さんで仲良くなった方が教えてくれたお店なので、美味しいことは間違いありません。


「ここです。」


 しばらく歩いてたどり着いたのは、『ムムの休憩所』という小さなお店。絵本に出てくるかのようなファンシーな外装が特徴的で異国のような雰囲気が味わえると人気だそうです。


「かわいい店だな……中に入ったら座れる大きさの椅子が無いとかないよな?」

「大丈夫ですよ、ここを紹介してくれたのはガオウ種の方ですから。」


 サイガ様も最初は不安そうでしたが、私の言葉を信じてくれたようで、二人で一緒にお店に入りました。


「いらっしゃいませ、二名様ですか?」


 中にはいると、萌黄色の制服を着た店員さんが話しかけてくれました。

 店員さんに案内されるがままに私達は席に座ります。おしゃれな手描きのメニューから、私は日替わりのランチセットを、サイガ様はエスティアのひだまりというメニューを選びました。


「なあ、エスティアのひだまりって何か分かるか?」

「いえ、なんなんでしょうね?」


 メニューはおしゃれでしたが、内容はよくわかりませんでした。なんだか詩的なメニューの数々でしたので、ついランチセットを頼んでしまいましたが……

 サイガ様の注文した料理は、メニューには人気No.1と書かれています。人気料理なら美味しさについて心配する必要はなさそうですが、結局どんな料理なのでしょう?

 それから暫く談笑していると、店員さんが料理を持ってきてくれました。


「こちらが日替わりランチで、こちらがエスティアのひだまりになります。」


 私の前には湯気が出ているおいしそうな鶏肉のステーキとパンが置かれました。野菜を刻んだ具沢山のソースがかけられています。

 香ばしい香りが食欲をそそります。

 肝心のエスティアのひだまりは……卵の包み焼きでしょうか?均一な焼色の卵の上に、赤いソースが掛けられています。


「ああ、オムライスか。」

「オムライス?」

「ん?いや、俺が知ってる料理はそういう名前なんだが……ここじゃ何て言うんだろうな?」


 サイガ様はこの料理を知っているようです。しかし、エスティアのひだまりという名前は知らないようでした。


「まあ、とにかく食べよう。」


 サイガ様がスプーンを手に取り、料理を掬って口に運びます。私もそれに倣って食べ始めました。

 口に入れるとさっぱりとしたソースの香りが鼻を抜けていきます。香ばしい鶏肉の風味と相まってとても美味しいです。

 美味しさを伝えようを顔を上げると、サイガ様が難しい顔をされているのに気が付きました。


「サイガ様?」

「あ、ああ、なんでもない。ロロテナ、美味しいか?」

「はい、とても美味しいです。」

「そうか。よかったな、ロロテナ。」


 サイガ様が笑顔を向けてくれますが、どこか無理をされているような気がしました。

 何か心配事がおありなのでしょうか?


「サイガ様、せっかくのお料理なので、まずは食べませんか?」

「……そうだな、せっかく来たのにもったいないよな。」


 サイガ様は柔らかい笑みを浮かべ、食事を再開しました。


「ん、うまい。」

「ほんとですか?よかったです。」

「よかったって、ロロテナが作ったんじゃないだろ?」

「私はサイガ様が美味しい料理を食べているだけで嬉しいんですよ。」


 サイガ様がエスティアのひだまりを気に入るようなら、私も作れるように練習しましょうかね?

 もちろん料理の腕はサイガ様に及びませんが、よく他人に作ってもらう方が美味しい、と言ってしまいますから、自分でも作れるようになっておきたいものです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る