第6話チートな彼のハプニング発生

 がらんとした商業区を走り、目についた武器屋に転がりこんで大きめの打撃武器を探します。サイガ様が使う物ですから、ウォーカー種が持ちやすいものが良いでしょう。

 ぐるりと店主の居ない店内を見回して目についたのは、シンプルなハンマーでした。装飾もほとんど無い、無骨なハンマーです。値段は他のものと比べるとそこそこしますが、払えないほどではありません。

 カウンターにお金をじゃらりと置いて、私はハンマーを抱え、トレジャースタチューの元へと飛んで急ぎます。


「サイガ様!」


 私が名前を呼ぶと、サイガ様はこちらを一瞬振り返り、トレジャースタチューに大きな蹴りを入れると、その反動を活かして私の所まで飛んできます。


「よくやった、ありがとう!」


 そして、サイガ様は私が持つハンマーを受けとると、使用感を確かめるためか杖のように軽々と振り回します。


「よし、これなら使えそうだ。」


 そうサイガ様が言うと、体を起こしていたトレジャースタチューがこちらへと取り込んだ道具を飛ばしてきます。サイガ様はそのハンマーで道具を撃ち落としますが、数が多いため、いくつかは建物に突き刺さり壁を壊していってしまいました。


「復活が早いな、ロロテナは下がってろ。」

「はい。」


 ここはサイガ様の邪魔になってしまいます。すぐ中央区に戻ろうとしますが、マフラーが起動しません。慌てていると引っ張られるような感覚がします。確かにこのマフラーは魔道具です。トレジャースタチューに取り込まれてもおかしくないのです。


「ロロテナ!」


 引きずられそうになる私の体をサイガ様が掴み、マフラーを引き剥がします。


「すみません、ありがとうございます、サイガ様……」

「いい、これをプレゼントした俺のせいだ!ここから離れるぞ!」


 サイガ様は私を抱えながら石畳を駆けます。そして、先程まで私がいた場所の近くに、トレジャースタチューの道具が突き刺さりました。


「ああくそ、被害が……!このまま戦うぞ、しっかり捕まっておけ!」


 サイガ様は空中で急旋回し、トレジャースタチューに向かって一直線に向かいます。私はサイガ様の首元にしっかりと掴まり、振り落とされないようにと必死でした。


「らぁ!!」


 片手で大きなハンマーを振り下ろし、多くの道具をトレジャースタチューから引き剥がします。それでもまだ多くの道具が残されています。

 トレジャースタチューも、道具を取り込むよりも、身を削ってでもサイガ様を倒す事を目的としているような動きです。

 一つ、トレジャースタチューの体の中に一際まばゆく輝く宝石を見つけました。なんだかあれから目を離せません。こんな状況なのに、どうしてでしょう。と考えている間にその宝石が目を潰すほどの光を放ちます。

 ぐらり、と視界が大きく揺れ、サイガ様を掴む腕がずり下がります。なんだか力が抜けていくような。


「おい、ロロテナ!」


 サイガ様が私の名を呼んで、もう一度抱え直します。しかしどうも体が重くてたまりません。さっき私が宝石を見ていたせいなのでしょうか。これではいけません。早くサイガ様に私を放って一人で戦うように促さなければ。


「うおっ!?」


 サイガ様がバランスを崩されたのか声を上げられます。私が落下していることに気づいたのは数秒遅れての事でした。

 強い衝撃が身を揺らします。サイガ様がかばってくれたのか、私に怪我はありません。しかし、下敷きにしてしまったサイガ様は大丈夫でしょうか。いくら強いとはいえ、この状況では心配せずにはいられません。


「サイガ様、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だ……怪我はない。って、え?ロロテナ?」


 何やらぽかんとした顔でサイガ様は私の顔を見つめます。

 おや、そういえばいつもより視点が高い気がします。なんだか腕も長いです。声もいつもより低いですね。


「本当に、ロロテナなのか?」

「はい、あなたのロロテナですよ?」


 ヒュッ、と息を呑む音が聞こえた後、一瞬にしてサイガ様は顔を真っ赤にされました。私の容姿が変わって驚かれているのでしょうか。

 そういえばまだサイガ様の上に乗ったままです。お邪魔にならないようにどきますが、その間もサイガ様は心此処にあらずといった様子でした。

 落ちた場所が路地裏だったのは、九死に一生を得た、と言ったところでしょうか。


「サイガ様、本当に大丈夫なのですか?」

「どわっ!?あ、ああ!だ、大丈夫だ!その、うん、大丈夫だ!」


 なんだかサイガ様は今までに見たことが無いくらい焦っておられます。今ばかりはサイガ様の大丈夫というお言葉も信じられません。


「しっかりしてください、サイガ様。」

「あの、その……ロロテナ……?」


 私がサイガ様の肩を揺すると、彼はびくりとその体を震わせます。目を大きく見開いて、信じられないようなものを見たような顔で私を見てきます。


「はい、ロロテナですよ。」


 私がそう言うと、サイガ様は目を伏せて、深呼吸をした後に、いつもの落ち着いた様子で口を開きます。


「ロロテナ、その姿の事は後で聞く。その……お、お前はここに身を隠して……おけ!あとこれは危ないから俺が預かっておく!」


 びしっと指を指して言いつけると、先ほど奪い取られそうになったマフラーを取り上げ、サイガ様はハンマー片手に路地裏を飛び出して行きました。トレジャースタチューとの戦闘に戻るのでしょう。

 私は言われた通り、路地裏で息を潜めてサイガ様の討伐報告を待ちました。

 そういえば体が大きくなったせいで、服がきついです。外套でなんとか隠せてはいますが、その、縫製部分が負荷で破れてしまっているような気がします。

 素肌が出ていたら、サイガ様もあんなお顔をされますよね。

 そういえば、どんな体になったのでしょう。なんだかこの路地裏はすごく暗くて自分の体がよくわかりません。

 手足は長くて、毛はわずかにしか生えていません。少なくともスクイーラ種ではありませんね。

 ひげもありませんし、耳は頭の横についていて丸いです。角も尻尾もありません。なんとなく特徴として思い当たるのはウォーカー種ですが、なぜ呪いを受けたらウォーカー種の見た目になるのでしょう?

 考えていても埒が明きません。サイズの合わなくなってしまったゴーグルのレンズを目に当てて、建物越しにトレジャースタチューの姿を見ました。

 どうやら私がもたもたとしている間に大半の魔道具を吹っ飛ばされてしまったようで、小さな姿へと変わり果てています。


 その後、表のほうから聞こえる「バニシングクラッシュ!!」というサイガ様の叫び声、そして轟音と共にその姿が消し飛びました。

 討伐が完了したのでしょうか。今にも出ていきたい気分ですが、完全に表が安全になったとは限りません。そわそわとしながらサイガ様の報告を待っていると、通信ピアスに連絡が届き、私はつい食い気味に応答しました。


「ロロテナ?討伐完了したぞ。」

「お疲れ様です、サイガ様。」

「ぐっ……」

「サイガ様?」


 私が声を掛けるとサイガ様は小さくうめき声を上げられました。怪我をされたのでしょうか?


「いや、大丈夫だ。その……ロロテナはそこで待機していてくれ。俺が迎えに行く。」

「わかりました。」


 サイガ様の指示に従って私はその場で待機しました。しばらく待っていると、サイガ様が布を抱えて迎えに来ました。


「その、ロロテナ。これを着ておけ……」


 布を投げてよこしたサイガ様は、私から目を背けたままそう言ってきました。まあ、私もこの姿ですし、サイガ様も少し気まずいのでしょう。


「ありがとうございます。」

「ん、っ……ああ。礼には及ばない。」


 布は体を覆い隠すフード付きのマントでした。立ち上がってそれを羽織ると、丈もちょうど良く、サイガ様の気遣いを感じます。


「サイガ様、どこか変ではないですか?」

「大丈夫。その……とても似合っている……」


 そういうことでは無かったのですが、似合っているのならいいでしょう。

 大きくなってしまった私は、サイガ様と同じくらいの身長になっていました。服も破れる訳です。


「ロ、ロロテナ。帰るか。今日俺はもう疲れてしまった。」

「はい、サイガ様。」

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