第6話 眠れる獅子にASMR

後ろの方にいた動物達が一斉に教会の隙間に隠れた。

本能だろうか。

私もそうしたい気持ちでいっぱいだった。

その原因である影が近づくほど思いは強くなり

彼の異質さを知った。


まず腕が4本ある。どれも筋骨隆々で少なくとも1本でも私に拳が向けられるとするなら無事では済まないと思う。

そして肌。灰色がかっており血色が良いとか悪いとかそういう問題ではない色をしている。

そして目。六つあるこちらに近づく際にぎょろぎょろと動いているのがわかる。

できれば見つめられたくはない恐ろしさだった。


そんな彼、アシュラを前にして私、私たちが平静をぎりぎり保てたのは

つけられた鈍い色をした手錠や周りにいた護送兵の姿が見えたからだった。

まるで罪人のように彼は教会の中を歩かされ、壇上の前に座らされていた。

まるで罪人というか実際に罪人なのだ。


シーンとなってしまった中壇上に牧師さんが上がる。

そして全員揃ったことを確認すると

ありがたいお話が始まった。

「皆さんが成人という今日を迎えることができたのはひとえに神のおかげで

〜」


前世で何度も受けたいわゆるお偉い人のお話が始まった。

今思い返しても内容自体は思い返せないので結局大した内容は喋っていない

のだなと思う。もしくは私自身が話の内容を活かせなかったのか。

就職とか、社会活動しなかったしね。活かす場所なかったから当たり前か。


暇なのでチラチラ他の人の様子でも見ようかと思ったが

あまりの忙しなさに母に足を軽く叩かれる。

仕方がないので牧師のくせでも探すとしますか。


と思っていたがイタズラをしてみたくなった。

私の恩恵とやらはこういう時に使うものだ。

目標をセンターに入れてスイッチ。


(ふー)

吐息音を送る。

実際に音は鳴らない。

しかし対象の牧師様のお耳には届いているはずだ。


「あん!」

牧師がビクビクと痙攣をしながら声を漏らす。

一瞬の出来ことだが壇上の注目を集めている人物がそんなことを

したのだ。この行事に慣れて上の空を見ていた他の教会の連中も何事かと

牧師に目線を向けた。


痙攣が終わると牧師はまるで何事もなかったように話を進め始めた。

その姿がとてもおかしく私だけ笑ってはいけない状態だった。

口を開けべろを出し声を出さないように。

奇行をしているが牧師に注目が入っているようで誰も私を見ていない。


(ふーー)

もう一度目標をセンターに入れてスイッチ。

今度は強めに。


「ああ”ん!!」

「どうかなされましたか牧師!!」

何事かと他の教会の人たちが近寄る。

牧師は自分でも何が起きているかわからないようで困惑しながらも

体裁を繕っていた。


こうなると笑いが収まらない。

目をがんびらきにしながら笑いを堪える。


自分が誰か生殺与奪の権を握っていると思うと最高の気分だ。

この遊びは家族を含めいろんな人にやったが飽きはこない。


そんな笑いを堪え変顔をしながら体をグネグネしている私を

隣のローズが不審そうに見ていた。


やばいバレる。

真面目な顔を作って素知らぬふりをする。

これ以上するとローズに突っ込まれてしまいそうだ。


そう思いながら渦中の牧師から目を逸らすとふとアシュラが目に入ってくる。

アシュラは先ほどと変わらぬ体制でいた。


そんな時私の快楽物質の溢れた脳に神がささやいた。

『アシュラにASMRをしなさい。』

実際には何もささやいてはいない。

だが快楽を求める脳みそと純粋にどうなるか気になるという好奇心が

私を突き動かした。


(ふーーー!!)

鋼も通しそうにない見た目のせいか

レンガを吹き飛ばしてしまうのではないかというほどの

息をアシュラの耳、ひいては脳に送り込んだ。


一瞬震え上がったアシュラから漏れた音は声ではなく

手錠の引きちぎれる音だった。


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