第4話 9玉1石

「ところであなたのお名前はなんと言いますの?」

ローズはこちらの視線に気付いたのか話しかけてきた。

先ほどの強い言い方ではなく穏やかな口調だった。こちらが本来の姿なのだろうか。「スー・トンゴッドって言います。スーって呼んでください」

「スー。先ほどは失礼いたしました。私はイエ・ローズと言います。以後お見知り置きを」

そう言ってローズは指で手帳の上、少し間をあけて文字を書く。

魔術でも使っているのかと思ったがどうやらそうではないらしい。

魔術を使うと光を放つがローズの指自体は光を放っていない。

手帳自体がにぶく光っている。

空中に書かれた私の名前は光を持って手帳へと適切な大きさで仕舞い込まれる。

「すごいでしょ?マジックアイテムなの」

そう言ってローズは誇らしそうに胸をそらす。

少し言葉が崩れてしまっている。

よっぽど自慢をしたいのか。

ブランド物を見せびらかされているのと変わりはなかったが

嫌な気持ちはなぜかしなかった。

みるからに使い込まれている。本当に大切で誇らしいことが伝わるからだ。


「ねぇスー。あなたはどんな恩恵なの?秘密にするから教えて?」

距離を詰めて小声でローズが聞いてくる。

ローズの髪から匂いは異世界とは思えないほどかぐわしいもので、

尚且つ澄んだ瞳が近づくので同じ女なのにも関わらず動悸がする。


ローズは私の秘密を求めている。

言ってしまうのは簡単。だけど言っていいのだろうか?

「ASMRができます」と。

秘密?秘密かこれ?言って何かなるのだろうか。

というかASMRは間違いなく通じない。

通じたとしても恥ずかしくていいたくない。


「恩恵って何?私は何も持ってないよ」

ローズはニヤリと笑う。

「嘘。本当はどうなんですの?」

「本当に何もないよ」

ローズはこちらをジーと見つめたままだ。

冷や汗を流しながら目をそらせずにいると、

ふっ、と笑いながらローズは姿勢を戻した。


「本当に何もないのですね。もしくはこれ自体が恩恵なのかしら」

「ホントだよ。というか恩恵って何?」

「まぁ恩恵についてもご存じないの?流石に『神の恩恵を受けた子供が生まれた』という話があることはスーもご存じでしょう。」

「うん」

「その『恩恵を受けた子供』というのが私たちの年代であるということが

実はささやかれているの」

「へーそうなんだ」

私がささやいんたんだけどね。そうなるように。

というかめちゃくちゃ大変だったけどね。

ちょっと可愛がられればいいなと思ってやったけどASMR受けた人が

基地外扱いを受けたりしたし、カルト宗教に担ぎ上げられそうにもなったし、

結局私のことを指していることがバレないように近所だけでなく町全体に

ASMRすることになったし。

というかASMRを受けている人を実際見るとビクビクしててキモい。


「それでわたくしが調べたところによるとこの年代に生まれ、そして生き残ったのはわたくしとスーを含めて10人。みなさん何からしらすごい力を持っているというとこまでは分かりましたが残念ながら実際に見ることはできませんでしたの」

「あれ?私の名前知ってたの?」

今さっき名前を教えてくれと言ったのは?

「それはお会いしたこともないのに一方的に名前を知っているのは意識しているようで腹が立ちますの。なので知らないふりをさせていただきましたわ。それに名前を知っていてもどのようなお顔されているかまでは存じませんでしたし。イエもちろん皆様がどのようなお顔をされていても、そして恩恵を持たれていたとしても私が1番であるということに変わりはないと思いますの」

そう言って彼女は綺麗な髪をかきあげた。


うーんうざい。

先ほどの手帳とは違い完全な自慢。

もちろんグウの音が出ないほどの美人さんなので相槌は打っておく。


というか

「他の人たちも何かすごい力・・恩恵を持っているの?」

「うわさの域を出ていませんので確証はありませんの。実際スーは何も恩恵をもらっていないのでしょう?」

持ってしまっているので何も言えない。

「けど1人は確実に恩恵を持っている人がいますの。」

「え?どんな人?」

「アシュラという名前の男でものすごい力、そして悪魔のような見た目をしているの。とても危険な方で牢屋に入れられてしまっているそうだけど今日の成人の儀は特別でこの後来るそうよ」


なんというか前途多難の年に生まれてしまったらしい。

奇跡の世代とでもいうのだろうか。

私が神の恩恵をもらったということを広めるにあたってどことなく自分を匂わせるような発言を付け加えた時期もあった。

それにもかかわらず親の態度は変わらなかったように思う。

その理由が今わかった。


神から賜った恩恵としか思えないような美貌もつ少女。加えて何かしらすごい力を持つ男、他多数。

少なくとも私は見た目、能力ともに特別ではない。

だから『神の恩恵と受けた子供』と親からは認識されなかったのだ。

逆に他の人は恩恵を受けた人たちばかり。哀れみの感情すらあったのかもしれない。


転生にあたってASMRの能力だけしか与えなかった神を少し呪う。

そして思う。



私が無双するんじゃないんかい!!

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