第3話 ソフィア(改)
こちらの世界に来たばかりの時
驚くべきことがあった。
それは自分が可愛いということだった。
以前の顔にも愛着があり少しばかり悲しく思っていたが
水面に映る顔はニコニコとしていてとても愛らしく
慣れてしまえばポジティブに受け止めることができた。
というか転生前の記憶がある以上、
素質と知識を合わせれば最高に可愛くなれると思った。
突然だがASMR配信者に大切なことが何かわかるかな?
パッと思いつくのは声だろう。
練習によって滑舌や発声を良くすることはもちろんできるが
声質というのはやはりあるし、聞き心地の良い声はそれだけで
値千金とされる。
企画力?
なかなか鋭い指摘だ。
クリエイティブ系の職業の中でも個人事業的形態が多い
ASMR配信者は自力で内容を考える必要がある。
流行ってるもの、シチュエーションボイスの台本
をネットの海で読み漁るのは当然だし、
レッドオーシャンのASMR業界で自分らしいブランドを確立する
アイデアを考えることも重要だ。
だけどもっと重要なことがある。
それは・・・・・
顔だ。
配信サービスにもよるが視聴者を獲得しやすいところは
大体サムネ方式を採用している。
それが何を示すかというとASMRを聴きたいと思っている人
または別に興味のない新規を動画や配信に誘導するためには
見た目が重要だということだ。
実際に声を仕事にしている代表的な職業の声優も
ここ最近は業界のメディアへの露出と比例して
見た目が良い人が男女問わず増えてきていた。
話を戻すと、ASMR配信を見にくる人の中はサムネを見た後に
目を閉じて耳から入ってくる快楽音源に身を委ねるだけでなく
実際に音を出しているところを見るという人も多い。
特に口もと。
別にモデルとかと比べて綺麗である必要はないのだが
やはり清潔感はとても重要だ。
私はもともと前歯が少し歪んで生えていたので
配信で生計が立てられるようになった時に矯正した。
私はそれに加えて化粧もするようになった。
青春真っ盛りの高校時代ですら面倒くさがりどこに行くにも
化粧なんてしたことがなかったのだが
動画映えを気になってからは勉強するようになった。
歯並びしかり化粧しかり
満足するレベルまでにはかなり時間がかかった。
だが生まれ変わった今からなら
少しずつ努力することで将来が約束される!
食事の仕方、顔の洗い方さまざまな努力をしながら
水面に映る自分を眺める日々。
最高の日々を過ごした私に告げられたのは
「ぶりっこブス」という汚名だった。
初めてその発言を聞いた時は異世界特有の褒め言葉かと思った。
わんぱく坊主がニヤニヤしながら続けて馬鹿にしてきたので
つまづくふりして弱点に頭突きを食らわせた。
そこで気づいた。
人生初めての痛みに泡をふき、うずくまるわんぱく坊主。
変な呼吸法で口を尖らせていたとしてもこいつはそんなにブスじゃない。
それにこの世界での短い記憶の中でもいわゆるブサイクを見た覚えがない。
歳をとるにつれて老化は確かにする。
しかし大抵の人たちはみんな顔が良かった。
この世界の真理に気がついてしまい
肩を落として歩く私は世を憂う儚げな少女ではなく、
ただの少女だった。
そんな私を慰めてくれたのはもちろん
お隣に住むイケメンお兄さんのナレンだった。
ナレンはいつものように優しく言葉をかけながら
市場で売っていたポシェットをくれた。
女の子用というよりは実用性があるものだったが、
とてもしっかりとしたものだったし、中にこの街で名産?
の飴玉が詰まっていたのでうれしかった。
ちなみに現在もしっかりとポシェットを持ってきている。
やっぱり人は顔じゃない。
美男美女が当たり前なこの世界の中心で私はこう思った。
心だ。
心が必要なんだ。
そんな背景や単純に美男美女をたくさん見ることで目の肥えた今としては
容姿に関してプラス方面で驚くことはないと思っていた。
しかしその考えを、彼女満面の笑みは簡単に吹き飛ばすほどに
圧倒的なものだった。
私も一応女子の端くれなので
カワイイという言葉を
知らないわけではないのだが、
どうしてもその言葉は出てこなかった。
どちらかというと美しい。
いや神々しいか。
金髪碧眼最高のスタイル
美女の定義を辞書を引くと彼女の絵が出てくる。
絵で彼女を表現することができるのかは、わからないが
そうあってもおかしくない目を覚ますような
美しさを彼女は周りに解き放っていた。
「何をしている!!こちらに戻しなさい」
教会の男が鬼気迫る様子でこちらに詰め寄ってくる。
その声にハッとしたが、
今は異教徒を探して審判が行われるまでの
残り短い余生だった。
もし彼女が審判を受ける前に不遜な態度を取ったと
教会の男たちに受け取られたら、
私の犠牲関係なく彼女は殺されてしまうかもしれない。
自分が誰よりも美しく自信に満ち溢れているのは構わないが
その美しさを枯らすことがないように
できれば大人しくしていてほしい。
目の前で彼女が殺されようものなら
先ほどなんとか搾り上げたなけなしの覚悟が
なくなってしまうかもしれない。
自業自得で胃を痛める私をよそに
「あらごめんなさい」
彼女はそう言って宝石を元の場所へと戻す。
「き、貴様は・・・」
そういって彼女の目の前に詰め寄る教会の男は
悪びれない彼女に怒声を浴びせようとしていたのか、
かなり赤くなっていた。
これは本当に血を見ることになるかもしれない。
恐怖で顔を手で隠してしまう。
だが何も起きなかった。
怒声も暴力を振るう音も聞こえない。
恐る恐る指の合間から現状を確認する。
先ほどまで赤くなっていた男は
驚いた表情で目を
そして
「つ、次からは気をつけなさい」
と言って仕事である準備に戻った。
それだけ?
明らかに触ってはいけない類のものだと思うのだが
彼女が振り向き、向き合った途端男は引っ込んだ。
不思議な状況だが原因は明確だ。
彼女の美貌に私と同様圧倒されたのだ。
こんなこと許されてええんですか。
皆皆々様。
え?
美人だから悪いことしてもお咎めなし?
じゃあ私が今回の騒動の主犯だとしても
彼女ぐらい美人だったら許されてたんですか?
これだと二回目死んだ原因
私がブスすぎるからみたいに感じられて嫌なんですけど。
なんなら今からブスの世界チャンピオン連れてくるんで
許してもらえれませんかね。
醜いのは罪なんだろ?
はあ。
本当に神様ってやつは不平等だ。
そう思うと、ASMRとかいらんくね。
マジで。
可愛い女の子の入会してくれませんか?
が布教最強だろ。
よく思い出せば前の世界でもそういった類の
勧誘があった気がする。
最初の勧誘の時だけ美人でぴちぴちの若い子が来て
契約したらパートのおばさんが来てくれるようになるやつ。
ああああああああああああ
美人になりたい。
モテたい。
チヤホヤされたかった。
人生(二回目)でした。
なんかさっきまで悩んでいたことがどうでも良くなるぐらい
この世の不条理を叩きつけられていると、
壇上に宝石を戻した彼女が誰かに
「ソフィア、はしたないわよ」
「ごめんなさい。おばあさま」
ソフィアと呼ばれる美人な彼女の保護者だろう。
「横失礼いたします」
そう言ってソフィアたちは隣に座った。
席順的には
お母さん、私、ソフィア、おばあちゃん。
といった感じなのだが・・・
言いたいことわかるかな?
端っこの席に座っとけばよかった。
隣に知らない人が座ると少し緊張する。
世間的には電車とかでおじさんに隣に座られるのが嫌だという人が
多かった気がするが私レベルになるとほぼ全ての人に対して
緊張してしまう。
なんと言いますか。
嫌とかそういう訳ではなく
そこが気になってしまう。
ソフィアは飛び抜けて美人なので特にそう感じる。
というか本当に綺麗だな。
少し私より背が高いから見上げる形になっているにも関わらず
顔のラインが綺麗。
まつ毛も綺麗。
鼻筋も。
姿勢も。
匂いもいい。
同い年とは思えない。
どうやったらここまで綺麗になることができるのか。
この世界で美容いいものはそんなに売ってないはずだし。
ジロジロと舐め回すように見ていると
流石に気づいたのかソフィアがこちらに顔を向けた。
失礼だったか。
急いで正面へと向き直る。
何事もなかったかのように正面へと向いていたが
ソフィアは肩を寄せてきた。
ドギマギとしていると見なくても感じることのできるいい女の顔が
少しずつ私の耳元に近づいてくるのがわかった。
『落ち着きましたか?』
ぽしょぽしょとした声が耳元に囁かれた。
やばい。
と思った時には遅かった。
耳から伝う快感がしびれとなって脊髄へと伝わり、そのまま
脳や手足の末端までと流れた。
私はASMR配信と行うにあたって様々な動画を見た。
元々そうした感覚が好きだということもあったが、仕事にしてからは
よりそういった機会が増えた。
その結果、私は耳元が弱くなってしまった。
かっこよく言うならフルダイブができるようになった。
没入感覚というものが鍛えられたのか弱ってしまったのかはわからないが
誰よりもASMRが楽しめる体だ。
好きを仕事にというより仕事を好きにといった形だなとかは
どうでもいい。
前世の体ではないゆえに刹那の到達点に達することはなかったが
それでも業は消えなかったようだ。
全身に快楽信号が伝わり声にならない声が出る。
それは音声を邪魔しないように声が出ない体になったという
偶然による救いだった。
はたから見ると体が硬直し、ビクビクと小刻みに震えていると思う。
ふうと息を吹き出し、ソフィアの方を見ると
美しい顔のまま目を点にしていた。
「大丈夫?」
「あーだいじょうぶ、です。耳がちょっと弱いだけで」
「耳が・・・」
そういったソフィアは私の耳を少しの間見つめると
クスクスと笑いだした。
くそーーー。
かわいいな此奴。
耳を撫でながら顔をソフィアから離す。
面白いからといってイタズラされては敵わない。
それはもう楽しそうに笑ってらっしゃいますけどね。
ASMRの
私にかかればあなたなんてチョチョイのチョイですよ。
受けた屈辱を晴すため
目の前でコロコロと笑うソフィアを脳内で手玉にとる
妄想をしていると彼女の言葉に気がついた。
ソフィアは
『落ち着きましたか?』
と聞いてきた。
これはどういう意味だろうか。
「あの・・」
「はいなんでしょう?」
「落ち着いたか?とはどういう・・・」
「なんだか思い詰めた顔をしてらしたので元気付けようと」
「はあ。」
質問に対してソフィアは微笑んだまま教えてくれた。
思い詰めていた・・・か。
ちらっと目をあげて様子を伺うと
ソフィアはこちらを伺うように見ていた。
確かにさっきまで宝石に対して念を送っていた。
それがそう見えたのだろうか。
心配してくれる人は前世、今世どちらにもたくさんいた。
けどどう考えても触ってはいけないものを
わざわざ手に持ってこちらに見せることで元気づけてくれる人は
いなかった。
怒られたりして自分が嫌な思いをするかもしれないのに。
もしかしなくても性格いいのかこの人は。
手段は褒められるものではないかもしれないけど、
少なくとも私のネガディブな考えがどっかに行ってしまった。
「ありがとう」
それしか言う言葉が見つからない。
「どういたしまして」
にこりとソフィアは笑った。
うーん勝てない。
美人はわがままで性格悪いとかって聞いてたけど
ソフィアはそんなことはなかった。
ASMRも上手いし。
どこで戦えばいんだ。
料理・・・はできないな。
洗濯も・・・あんまりできない。
うーーーーーーーーーーん。
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