第17話 焦りまくる王子と悪役令嬢

「おい。シド。本当に大丈夫か……?」


 学院の昼休み。

 シドの親友——アルノルトが俺の席へ来た。

 アルノルト・フォン・クライス準男爵令息。

 同じ底辺貴族の準男爵令息として、シドと友達、らしい。


 (仲良くしていた記憶ないけどな……)


 今やクラス、それどころか学院全体から嫌われているシドにとって、貴重な味方なわけで。

 グリーンの瞳とさらさらの茶髪。

 乙女ゲーに登場する男キャラであって、顔はめっちゃくちゃイケメンだ。

 もちろん、原作にまったく登場しないモブ。つまり俺と同じ立場のキャラ。


「ああ。なんとか大丈夫だよ」

「もしかして……これ、見てないのか?」


 アルノルトは一枚の紙を俺の机に置く。

 学院新聞のようだ。


「えーと……【クロード王子殿下、グランディ準男爵令息に勝利フラグしかない!】って、おいおい」


 (勝利フラグってなんだよ……?)


 クロード王子の美形の顔が、でかでかと新聞に載っていた。


「なるほど。あっちは勝つ気満々ってことか」

「シド。今からでも遅くない。クロード王子に謝れ。ボコられる前に」

「……そうなると、俺はファルネーゼの足を舐めることになるだぞ?」


 俺が戦う前にクロード王子に負ければ、自動的にファルネーゼとの賭けも負けとなる。

 賭けに負ければもちろん——


「いいじゃないか。美少女令嬢の足を舐められるなんて……。シドが羨ましい紳士もいるし」

「お前なあ……」

 

 割と本気で言うアルノルト。

 どうやらこいつは、悪役令嬢の足を舐めたいらしく。

 俺にはそういう趣味がないし、しかもファルネーゼのことだから、足を舐めたあともいろいろ変なことさせそうだし……


「オッズは、シドとクロード殿下で1:99になってるぞ」


 学院全体で、俺とクロード王子のどっちが勝つか、賭けをしているらしい。

 1:99……俺に賭けたヤツが1人対して、あとの99人は、クロード王子に賭けたというわけだ。


「当然、俺はクロード殿下に賭けた」

「まあそうだよな……」


 俺がアルノルトでも、きっとクロード王子に賭けるだろう。


「でも……俺に賭けている人がいるんだな」


 学院生全員がクロード王子に賭けているのなら、オッズは、俺:クロード王子=0:100になるはずだ。


「そうだな。いったい誰がシドに賭けているんだろう……?」


 アルノルトが首を傾げる。


「たしかに気になるな……」


 誰がどう見ても「負け確定」である俺に、お金を賭ける物好きなヤツ。

 あるいは、俺とアリシアが【聖なる杖】を手に入れたことを知っているヤツ――

 俺は王族と決闘する。

だから俺やアリシアに、監視がついていてもおかしくない。


「おい。グランディ。いい加減、降伏したらどうだ?」

「殿下。またですか……」


 毎日、昼休みになると、クロード王子が俺のところにやって来る。

 王族として、俺に「慈悲」を与えるためだそう……


「お前が俺に勝てるわけがない。な、な、そうだろ? わたしの勝利は確実だ。お前はわたしにボコられて、野良犬のように地べたを這いつくばる」

「そーすね」

「だから、今、降伏しろ……っ!」


 バンっと、俺の机を叩くクロード王子。

 ここまでの流れが、いつもの日常だ。

 まるでループ物の主人公のように、何度もこのやりとりが繰り返されているわけだが。


【グランディ! さっさと降伏しろ!】

【殿下が優しいわ……!】

【死ね! グランディ!】


 クロード王子の後ろから、俺に「死ね」だの「ゴミ」だの、クラスメイトたちが俺を罵倒しまくっている。

 いつもの俺の日常。

だが、今日は少し違って――


「グランディ。お前にどんな策があるか知らんが、わたしには魔術師長と騎士団長がついている。お前には、絶対に負けない……そうだよな? そうだよな?」

「いや、俺に聞かれましても……」


 (今までにない流れだな)


 もしかしてクロード王子、俺とアリシアがダンジョンに潜ったことを知ったのか?


「わたしは負けない……そうだよな? そうだって言え! グランディ!」


 クロード王子が俺の胸倉をつかむ。


 (うわ……めんどくせえ……)


「はいはい。殿下は俺に負けないです……これでいいですか?」

「はあ、はあ、はあ……そうだ。それでいい」


 息切れするクロード王子。

 たぶんだけど、クロード王子は「何か」をつかんだ。

 ただ、俺たちが聖なる杖を手に入れたことまでは、つかんでいないみたいだ。


「ふふふ。わたしは負けない。お前は準男爵令息、わたしは王子なのだ。負けるわけがないのだ……」


 クロード王子は明らかに焦っている。

 まるで見えない敵(?)と一人で戦うように……


 (ま。俺には関係ないけどねー)


 そして。

 クロード王子の次にやって来るのが――


「グランディ! さっさと降伏しなさいよ……っ!」


 ファルネーゼである。


 (こいつら、よく毎日やって来るよな……)


「はいはい」

「今、はいって言ったわね? あたしの足、舐めるのよね?」

「いやだ」

「何よ! はいって言ったくせに……っ!」


 (めんどくせえヤツだ……)


【ファルネーゼ様に話しかけられるなんて羨ましい】

【グランディ! もっと有難く思えよ!】

【ファルネーゼ様の足、舐めたいわ!】


 ファルネーゼの取り巻きたちが、後ろで騒ぐ。


「はあ……」


 俺は思わずため息をついてしまう。


「ため息なんて何様よ! グランディ!」

「いや、ファルネーゼさんが勝手に話してるだけじゃん」


 俺の貴重な昼休みを邪魔しないでほしい。ガチで。

 これもいつもの日常。

 そう思っていたが――


「ねえ。グランディ。アンタ、クロード王子に勝つなんてことないわよね?」


 急に不安げな表情で、俺に訪ねるファルネーゼ。


 (うん? いつも違うな……?)


 なんだか様子がおかしいような。


「勝つわけないわよね? アンタは惨めにクロード殿下に負けて、あたしの犬になる。……それが未来よね? それでいいのよね?」

「さあな」

「何よその答えは……っ! はっきり言いなさい!」


 (いったいどうしたんだ?)


 クロード王子もそうだが、ファルネーゼも焦っているように見える。


「はいはい。俺は負けるよ。これでいいか?」


 めんどくさいから、適当に答える俺。


「それでいいのよ! アンタはあたしの犬になるんだからね! 絶対ぜったい、犬にしてやるんだから……っ!」

「はいはい」


 決闘の日までこれが続くと思うと、俺は憂うつになるのだった。



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