なあ、「槍坂くん被害者の会」って、知ってるか?~転校先で出会ったクラスの美少女たちは、全員使用済みでした~

よこづなパンダ

なあ、「槍坂くん被害者の会」って、知ってるか?

 新しい学校に転校して、3ヶ月が経った。

 某県の地方都市に位置する、ごくごく一般的な公立高校。


 年の離れた弟がいる俺は、父親の転勤を理由に、家族についていく形で、東京の高校からの転校を余儀なくされた。

 勿論、友達と別れるのは嫌だったし、初めは反対した。

 東京に残り、一人暮らしで高校に通いたいと、両親に頼んだ。


 だけど今では、こうして転校して良かったと思っている。

 一度都会から離れてみれば、新天地にも案外良いところがあったりすると気づいたからだ。


 窮屈さを感じさせない街並み。

 そして、東京に比べて、きれいな空気。

 少し中心部から離れれば、豊かな自然に囲まれた穏やかな情景があり、人ごみの中で毎朝満員電車に揺られる生活には、もう戻りたくないとすら感じるようになっていた。


 ―――それだけじゃない。


 ここからが本題と言っても過言ではないが、この学校に転校して以来、俺には学校に行きたい最大の理由がある。


 それは、何と言っても……


 同じクラスの女子たちが、とても美人、なのだ。


 もう、これだけで毎日学校に通うのが楽しみで仕方ない。

 ……こんなことは恥ずかしいから、家族の誰にも言えないけど。


 この街に来るまでは、都会の方が垢抜けた子が多くて、綺麗な女子が多いってイメージだった。しかし、濃いめの化粧で誤魔化さず、素材の良さを生かした美人というものが如何に素晴らしいかということを、俺は初めて知った。


 中でも、特に綺麗だなと思うのは、黄条きじょう 恋華れんかさん、無瀬むせ 清良せいらさん、桜咲さくらざき 美紅みくさん。


 黄条さんは、育ちの良さそうな地元のお嬢様といった印象で、一見プライドが高くツンとした印象を受けるが、学級委員としてクラスのためにいつも真面目に頑張っていて、俺が転校したてで何も分かっていなかったとき、丁寧に2人きりで学校を案内してくれた。

 無瀬さんは、艶やかな黒髪ロングが美しい、クールな人だ。休み時間はいつも本を読んでおり、ミステリアスで他の人を寄せ付けないようなオーラがある。芯が強いというか、自分があるところが魅力的だ。

 桜咲さんは、明るい性格でクラスのムードメーカー的な存在だ。スポーツ万能で素直な性格、それでいて本人は自覚していないように見えるが、整った顔立ちと巨乳。


 これだけの逸材が揃っていたら、好みの女の子がクラスに3人くらいいても、仕方ないだろう。

 それに……我がクラスには天然で上品かつピュアな性格の絶対的な美少女、城花しろはな 真白ましろさんまでもがいるのだから。

 このクラスは一体どうなっているんだ、ってくらいに美少女たちが揃っていて、つい浮かれてしまいそうなところを必死に、気を引き締めて過ごしていると言っても良い。


 そんなクラスだが、男子たちはいたって普通で、バカやって笑って、楽しい毎日だ。

 みんな俺がクラスに馴染めるように積極的に話しかけてくれて、口にするのは恥ずかしいけど、内心では本当に感謝している。

 ちょっとエッチな動画の話とか、二次元の美少女の話とか、こんなに綺麗な子が揃っているんだからもっと目の前の現実に目を向けろよ、とは思うけど、年頃の男子って感じの会話が、どこか心地良かった。


 本当にそんな毎日が、楽しかったんだ。

 それだけで、良かった。


 だけど、俺はある日、素朴な疑問を思わず、口に出してしまった……。

 ―――それが、決して触れてはいけないことだったとは知らずに。


「みんな、クラスの子には興味ないの?」






 恋バナ。


 みんなはどの子が興味あるのか、とか、何となく知りたかったというのも少しあったけど、あくまで俺は、場を和ませようと思っただけで。

 本当に、深い意味なんてなかった。


 だが、俺の言葉を聞くと、みんなが一斉に静まり返った。


 何か不味いことでも言ってしまったのだろうか……。




 困惑した俺を見て、だろうか。

 やがて、一番のお調子者である明山あけやまが、気まずい空気になって申し訳ないと言わんばかりに、ガチの低いトーンで呟いた。


「なあ、槍坂やりさかくん被害者の会って、知ってるか?」











 知らない。

 だが、槍坂は分かる。

 クラスの出席番号が後ろから2人目、いわゆるクラスの左後ろに位置する主人公席に座っていて、整った容姿でスポーツ万能、さわやかな空気を醸し出しているのに、男子たちのグループには属さず、大人しそうにしている男子生徒。


 イケメンの無駄使いと思っていた。

 ただの普通の好青年だと、そう思っていた。


 なのに……




「ウチのクラスの可愛い子、ほとんどみんな槍坂に食われてるんだぜ」











 おい、嘘だろ……


 頭の中が真っ白になっていくというのは、こういうことを言うのだろうか。


 みんな……

 それはつまり、あの凛とした黄条さんも、クールな無瀬さんも、無邪気な桜咲さんも……


 戸惑いを隠せない俺に、みんなは静かに頷いた。




まこと、ずっとお前には……お前にはいつか明かそうとは思ってたんだ。―――クラスの秘密、ってやつを」




 そう言うと、明山は俺にスマホの画面を見せてきた。

 そこに映っていたのは、我が高校のホームページ。

 転校する前に予め調べていた俺は、何度か開いたことのあるサイトだ。

 しかし、明山はそのURLの後ろに、「/YRSK」と入力する。


 ……すると、そこには見たことのない、黒い背景の怪しげなウェブサイトが映し出された。

 そのホームページのタイトルは。




「槍坂くん被害者の会!」




 もし本人が作ったサイトだとしたら、自分の名前を「くん」付けだなんて、相当痛いセンスだと思うが……そんなことはもう、どうでも良かった。

 俺は、激しい動悸を堪えつつ、必死で画面をスクロールしていく。


 そこには―――




 いくつかの動画が並んでいた。




『黄条の騎〇位!』

『無瀬の咽び泣き!』

『桜咲の乱れ咲き!』




 タイトルを見ただけで、思わず吐き気が襲ってきた。




 訳も分からぬまま帰宅した俺は、放課後になって以降、ずっと自室で例のサイトの動画を見ていた。


 何れもタイトルからお察しの通り、とても言葉で書けるような内容じゃなかった……。


 ちょっと良いな、と思っていた女の子たち。

 彼女たちがみんな、槍坂の虜になって、あんなことやこんなことを経験済みだという事実に、俺の脳はすっかり破壊されてしまった。




 クソっ、クソっ……









 あの日、美少女たちと同じクラスだって舞い上がっていた俺は消えた。

 残ったのは、クラスの女子への興味を無くした、冷めた心の自分だけ。


 押してダメなら引いてみろ、とは、あながち間違いでもないのかもしれない。

 その後色々あって、更に数ヶ月を経た俺は、黄条さんとも無瀬さんとも、そして桜咲さんとも、普通に話せる仲になっていた。

 彼女たちは各々の内面に長所があり、改めて魅力的であることを知った。

 だけど、俺はどうしても、彼女たちのことを心の底から信じることはできない。


 優等生の黄条さんが、俺のことを初めて好きになった人だと言ってくれても。

 無表情でクールな無瀬さんが、あんな笑顔を見せると知っても。

 クラスで人気者の桜咲さんが、実は寂しがり屋だって分かっても。


 俺は彼女たちを愛せないし、信じられない。




 結局世の中、顔が全てなのだろうか。

 だってそうだろ?

 好きでなくても、顔が良ければ簡単に身体を許してしまうのだから。




 槍坂はその後、あの動画の件やら他にも諸々問題を犯していたことが明らかになり、退学になった。

 ―――勝手に消えてんじゃねえよ。


 動画が消えたところで、もしかすると誰かしらは、それらを保存しているかもしれない。

 悪役が退場したところで、過去は消えねえんだよ。




 時々、考えることがある。

 もし俺が、あのまま過去を知らなかったら、彼女たちのことを好きになれたのだろうか?

 将来、誰かと結婚するとしても、その相手はきっと別れた恋人の何人かと、既に経験済みだろう。

 だったら槍坂の1人くらい、どうでも良いんじゃないか?




 だけど、どうしても心の深いところで、俺は受け入れることができない。

 あんな動画を何度も目に焼き付けてしまったら、俺にはもう、彼女たちのことを恋愛対象という枠では捉えることができないんだよ。


 槍坂というクズに全てをさらけ出した彼女たちが、例えどんなに魅力的で可愛らしい一面を持っていたとしても、俺にはそれが、彼女たちの本質であるとは思えない。


 女はみんな役者で、どうしようもなく醜い生き物なんだ。

 だから俺は、今日も呟く。


「女なんて大嫌いだ」


と。






♢♢♢






 私は地元で少しばかり有名な地主の一人娘として産まれた。

 両親はいつも優しく、とても教育熱心で、小さい頃から何不自由なく育った。

 欲しいものはお願いすれば何でも買ってもらえた。

 ……でも、私は小さいながらにそれが普通ではないことを知っていた。


 私には大切な友達がいた。

 その子とは幼稚園の頃に知り合ったのだけど、真面目で明るくて、一緒に遊んでいてとても楽しい子だった。


 だけど、彼女はある日を境にいじめられるようになってしまった。

 理由は、彼女の来ていた服が少し傷んでいたとか。

 彼女の服は、確かに新品ではなかったけど、ちゃんと洗濯はされていたし、物を大切にする子なんだなって、私はむしろ好感を抱いていた。

 だから、親友であった私は、彼女のことをかばった。


「友達なんだから、困ったときはお互い様だよ」


 いじめっ子たちと言い合う私を見て、困ったような表情をするから、そんな優しい彼女を不安にさせないように、大丈夫だよって、そう伝えたつもりだったけど、後になって思えば、少し格好つけ過ぎだったかな。

 そんなことを思いつつ、あれから数日経ったある日、彼女の両親は我が家まで感謝の言葉を伝えに来た。

 突然の来訪に私の両親は困惑してたけど、事情を聞いて謙遜する両親の姿を見て、私はちょっぴり誇らしい気分だった。


 だけど……




 彼女と彼女の両親が帰った後で、私にこう言ったんだ。


「恋華は将来のこともあるんだし、友達を選ぶときはもっと気をつけなさい」


って。




 初めは、両親の言っていることがさっぱり分からなくて、でも次第に視界がぼやけていったあの時のことを、今でもはっきりと覚えてる。


 結局、彼女に対するいじめは暫くおさまったものの、それは時間の問題であって、いつしかまた再開した。

 でも、私は彼女の前にはもう立たなかった。

 困った表情をする彼女のことを、ただ遠くから見て、気づかないフリをしているだけだった。


 次第に彼女から表情が失われ、明るかった頃の面影が無くなっていくのを、私はただ見ているだけだった。




 ……今でもずっと後悔してる。

 私は両親の言いつけを優先して、大切なものを捨ててしまったんだ。


 私もいじめていた子たちと同類。

 いや、むしろもっとタチが悪いかもしれない。

 一度助けておいて、その後見殺しにしたのだから。


 だから、こんな私にはもう、彼女に話しかける資格なんてない。

 今では彼女とすっかり疎遠になってしまった私だったけど、そんな彼女が最近、あの槍坂に目を付けられていることを知った。


 私は、今度こそ彼女のことを守らないといけないと思った。

 だから私は、この身を槍坂に差し出した。

 ……槍坂が、彼女には手を出さないという条件で。






 当然、両親には怒られた。

 私には運もなかった。

 検査キットの結果を見て、泣き崩れる父と母。


 だけど、そんな両親を見ても、私は何も感じなかった。

 両親の、人を見下すような目。

 あれが他人に向けられるくらいなら、私に向けられた方が、幾らか気が楽だって、そう思った。


 世間体を気にする両親はあのことを大事にはせず、手術も上手くいったけど、当然のことながらあの日を境に、私は家で居場所を無くした。


 あれから辛い日々がずっと続いてる。

 でも、私の心と身体は傷ついても、彼女を救えたのならそれで良い。

 そう思っていた。


 なのに……




「ごめん、黄条さんのこと、俺はどうしても信じられないんだ」


 こんな私にも、好きな人ができた。

 初恋だった。

 初めて、私の内面をちゃんと見てくれた人。

 彼に、私の全てを捧げたくて、彼の心に居場所が欲しいと思った。




 だけどその人は、私が槍坂と一度、関係を持ってしまったことを知っていた。


 槍坂はクラスでは爽やかイケメンを装っていたけど、友達がいた様子はなかったし、一体どこから情報が漏れたのだろう。

 転校してきた彼がそのことを知っているのだとしたら、もしかするとクラスの男子全員……




「もうお嫁にあげられないわ」


 あの日の母の言葉を思い出す。

 そんなこと、どうでも良いって思ってた。

 だけど、私は大好きになった人に愛されたいと願う気持ちを、知らないだけだったんだ。




「……いやっ、嫌あああああっ!!!」


 放課後、私の告白を振った彼が去っていった校庭に、一人取り残された私は、気づけば泣き叫んでいた。


 急に降り出した雨。

 私はなりふり構わずに帰路を走った。


 周囲を歩く人たちはみんな、私のことを奇異の目で見てくる。

 だけど、そんな視線なんて、もうどうでも良かった。

 何もかもが、もうどうでも良かった。


 ずぶ濡れになり、何度も転んで、いつの間にか両膝には血が滲んでいた。

 橋の上で息を切らし、思わず足を止める。


 きっと私は、あの川の濁流のように、心も身体もすっかり汚れてしまったのだろう。

 そう思うと……




「……ああっ、あああ……」




 ―――激しく頬を流れる雫は、雨のせいにすればいい。


 そう考えると、抑えきれなくなった感情が、次々と溢れ出してきた。


 一度そうなると、決して止めることはできなかった。

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