百合飯
抹茶豆腐
お酒の後に食べたくなるらしいですわね
ずるずるずるずる。
厳しい規則を重んじる、ここは私立
風紀委員会風紀委員長である私きたまちは、不純異性交遊はもってのほか、不純同性交遊が行われていないかを見定めるため、眼鏡の奥で眼を光らせ、おさげの髪をゆらゆら揺らし、毎日こうして学院内を見回っております。
ずるずるずるずる。
お昼休み本校舎の5階。
クラスがある他の階は賑やかなのだけれど、5階は生徒もおらずこの時間は特に静か……のはずなのに、先程からなにやら不思議な音が聞こえてくるのよね。
そして、下校中にでも嗅いだら思わず足を止めてしまうようなこの香り。
鰹出汁ベースのお醤油の匂い…………あの端の空き教室が発信源みたいね。
私は教室の後ろの扉をゆっくり通り過ぎ、前の扉を勢いよく開けます。
ずるず。
教室に入るとより濃くなった匂いはそのままに、奇妙な音はピタッと止まった。
「あなた方、こんなところで何をしているのかしら?」
私は教室窓側の後方、後ろから2番目の机を囲み、向かい合わせに座っている女子生徒2人に声をかけながら近づいていきます。
机の上にはラーメンが置かれておりますわね。
「げっ! きたまちじゃねーか! なんだよいきなり入ってきやがって」
驚いた顔を私に向けて、足を組み右手に割り箸を握ったまま私に悪態をついてきたのはなつぼりさん。
後頭部より少し上で髪を括り、いわゆるゴールデンポニーテールと言われる髪型をしていますわね。
身長は平均よりは少し高いけれど、170近い私からすれば、可愛いものでね。
「……ちゅるん。んんっ。わっ! 風紀委員長さん!?」
口から少し出ていた麺を勢いよく啜り、口元を油で光らせて目を白黒させているのはまるひらさんだったかしら。
顔の下辺りまでで切り揃えられたショートボブに、綺麗な前髪ぱっつん……シマエナガのように小さく可愛らしい小柄な身体が、更に縮こまっていて持ち運びやすそうですわね。
私はお2人を見下ろしながら再び口を開く。
「もしかしてあなた達お付き合いをしているわけではないわよね? こんな
一瞬の静寂の後、顔を見合わせているお2人。
先に口を開いたのはなつぼりさん。
「い、いやいや! もっと先に注視すべきところがあるだろ!」
ビッ! と机の上に置かれているラーメンを指差しております。
「昼休みにカップラーメンならまだしも、どんぶりに入ったラーメン食ってんだぞ!」
確かに……これは1つ確認しなくてはなりませんわ。
「このラーメンはウー○ーイーツで頼んだのかしら? それともウォ○ト? はたまたメ○ューかしら?」
「そんなことどうでもいいだろ! 普通に出前だよ! 店のおっちゃんが持ってきてくれたわ」
「ここまで来てくれたよ!」
私は小さな補足をしてくれている、まるひらさんに微笑みながらお答えして差し上げます。
「出前なら問題ありませんわ。学院の規則にも反しておりませんし……それに
もう一つ気になっておりました、大事なことを聞いていきます。
「ラーメン1杯に対して割り箸が1膳なのはどうしてかしら?」
右手に握っている割り箸に少し力を込めて口を開くなつぼりさん。
「そりゃ、ラーメン1杯頼んだんだから1膳なのは当然だろ」
私は予想通りの答えに口角が上がる口元を隠しながら投げかけます。
「では、まるひらさんの口元だけが油で光り、なつぼりさんの口元は綺麗に保たれているのはどうしてなのかしら? それにどんぶりの位置が真ん中ではなく、少しまるひらさんの方に寄っているのも不可解だわ」
下を向き割り箸を見つめるなつぼりさんに畳み掛けます。
「まさか、なつぼりさんがまるひらさんに食べさせてあげていた、なんてお付き合いしたてのような、はしたない行為はしておりませんわよね?」
下を向いて表情が窺い知れないなつぼりさんを見つめておりますと、静かにしていたまるひらさんが、机に両手を勢いよくついて立ち上がり、大きな声で仰りました。
「はしたなくなんてないもん! それに私だってなつぼりちゃんに食べさせてあげられるもん! これは割り箸が1膳しかないから仕方なく行われている健全な行為だもん! ……釧路の醤油ラーメン馬鹿にしないで!」
「は!? な、なにわけわかんねーこと言い出してんだ! 別に醤油ラーメン馬鹿にもされてないし」
ふぅ。と私は小さく溜め息をつき、未だにいい香りを放ちつラーメンを一瞥してから、二人に命令を下します。
「不純ではないというのなら、今ここで私の前で食べさせ合いっこをしてごらんあそばせなさい」
「いいよ! 見せてやろうよなつぼりちゃん!」
「えぇ……なんでそうなるんだ……」
「あーんだよ、なつぼりちゃん。あーんして?」
「ッ! くそっ! なんで他人に見られながらこんなとこ……」
ブツブツ文句を言いながらも、割り箸で持ち上げられた細いちぢれ麺を啜り出すなつぼりさん。
私もそろそろ右手にマイお箸をスタンバイ致しましょう。
「ほらほらメンマもだよ? なつぼりちゃん」
「わかったわかった。あーん」
「美味しい? 美味しいって言って?」
「……美味しいです」
一見嫌がってる素振りを見せつつも、従順ですわね、なつぼりさん。
左手にはごはんが盛られたお気に入りのお茶碗を用意しましてと。
「次はお前だ。割り箸よこせまるひら」
「やーん。なつぼりちゃんごーいん」
「うるせ」
既に私のことは見えていないのかしら?
「ほら口開けろ」
「あーんしてって言ってくれないとあきません」
「……いいから口開けろって」
「んっ!」
「……あーんしろ」
「あーん♡」
もう我慢できませんわ!!!!!!!!
「美味しいねぇ! なつぼりちゃん! そうだ! 風紀委員長さんも食べ……」
「いいって別にきたまちにわざわざくれてやるこ……」
もぐもぐもぐもぐ。
ん? どうしてお2人は、私を見るや否や目を見開いて固まってしまったのかしら。
もぐもぐもぐもぐ。
「ごくん。どうかされましたか?」
私はしっかり口に入れて咀嚼していた白米を飲み込んでから首を傾げました。
食べながらお話するのは規則に反していますし、淑女の嗜み以前にはしたない行為ですわ。
「「な、なんでご飯(飯)食べてるの?(てんの?)」」
「おかずがありましたので」
先程とは逆側に首を傾げながら反射的にお答え致しました。
「全然答えになってないんだが!?」
「てゆか、どこから出したの風紀委員長さん……」
「そんなことよりあなた達、食べさせ合いっこの練度を見るに、日常的に行なっているのではなくて?」
私は先程のおかずを思い出しながら問いかけます。
「べ、別に女同士、た、食べさすあうぐらい普通だろ、うん、普通普通」
「だよね! な、なんなら風紀委員長さんにも食べさせてあげよっか?」
「は?」
まるひらさんは、あわあわちょこちょことエゾリスのように動いたかと思えば、ラーメンの上で可愛らしく主張していた、なるとを割り箸で摘んで、私の口元まで持ってきてくれてました。
「はいどうぞ!」
「……それではお言葉に甘えて」
前髪を手でかきあげつつ私はなるとを迎えにいきます。
「あむ」
なるとを咥えたのはなつぼりさんでした。
「もー! そんなになると好きだったっけ? 食いしん坊だねなつぼりちゃんは全くぅ」
「んん。あー、悪い。実はラーメンに入ってるなるとには目がなくてな」
「2個入ってるけどもう1個食べる?」
「じゃあ、せっかくだから貰うわ」
もぐもぐもぐもぐ。
ごはんが捗りますわ。箸が止まりません。
なつぼりさんの、他人には食べさせてたまるかという感情が、ふりかけのように白米に降り注いでおりますわ。
「あれ!? またご飯食べてる!?」
「なにをおかずにさっきから飯食ってんだこいつは。ラーメンの匂いなのか?」
もぐもぐもぐもぐ。
「んむんむ。っはぁー。スープもあっさりしてていくらでも飲めちゃうね」
「だなー……そして結局こいつはもう昼休みも終わるってのに、只々私ら眺めながら飯かきこんでたな」
もぐもぐもぐもぐ。ごくん。
さて、お2人もラーメン食べ終わりそうですしそろそろお暇しようかしらね。
良い
「それでは私はそろそろ……」
私がその場を離れようとしたその時でしたわ。
「最後のチャーシュー食わないのか? まるひら、お前食っていいんだぞ?」
残りはほとんどスープしか残っていないどんぶりの中央で、スープを吸ってくたくたになって柔らかくなった丸いチャーシューを見ながら、なつぼりさんが言いました。
「え! ぃや! なつぼりちゃんもチャーシュー好きでしょ? ほら! チャーシューさんも食べて欲しそうだよ! タベテ……タベテ……」
「こえーよ。つか、お前の方が好きだろーが。それに私はさ、なるとも貰っちまったし」
「私はいいの! ……そいえば朝の占いでも言ってたよーな? おとめ座のラッキーラーメンアイテムはチャーシューって!」
「そんなピンポイントの占いはねーよ。いいからお前食えって。ほら、口開けろ」
「や! 食べません! 太るもん!」
「そんなちっこい身体でなに言ってんだよ! ったく」
もぐもぐもぐもぐ。
2人のやりとりをおかずに再びごはんを食べていた私は、お茶碗を机にゆっくりと置き、スープの上で気まずそうに縮こまっていたチャーシューを自分のお箸で摘み上げました。
「お2人でお食べになれば済むことでしてよ」
私は摘み上げたチャーシューを、至近距離で言い合っていたお2人の顔の前に持っていきます。
はむ。
まるひらさんが小鳥のように可愛らしい小さなお口でお加えになりましたわ。
そしてそのままなつぼりさんに縋るような上目遣いで見つめ。
「ん」
「……なんだよ」
「ん」
「いや、それは」
「ん!」
もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。
ごくんっ。
……ご馳走様でしたわ。
はくまい。
百合飯 抹茶豆腐 @chafu1111
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