第4話 悪友とラーメン屋

「なあ、そういえばさ」


 帰りのホームルームが終わった後、陽一がめちゃくちゃ小声で話しかけてきたので私――怜奈はしゃがんで耳を近づけた。

 陽一と話すようになっておよそ一週間。

 私は男子棟しか行けないのだけれど、男子棟は大体どこに行っても人はいる。

 そんな校舎内で人目を気にしていつもコソコソしているのは不審。

 けれど人前で幽霊に堂々と話しかけるのはもっと不審。

 よって、私が陽一と話すときは陽一側の筆談か、私がこんな体勢になることがほとんどだ。


「次の『月刊シンデレラ』、更新いつだ?」


 私が月に一度の実体化できる時間を使ってマンガを描いていることはすぐにバレた。

 私が少し前に目撃したように、斗真という読者が熱心な布教をしてくれているからだ。

 知り合いが描いているなら、と陽一もこっそりと30年分に目を通したようで、まあまあお気に召してくれている様子だ。

 ちなみに現在二人しかいない読者のうち、陽一は王道アクション系、斗真は少女漫画タッチの恋愛系と好みが分かれている。

 次回作をどのような方向にしようか迷いどころだ。


「再来週くらいかな。満月の日を調べればわかるわよ」


 実体化は満月の夜の23時から24時の一時間だけ、必ず男子棟の屋上に続く扉の前に降り立つ形で起こる。

 今まではせっかく実体化できるならと趣味でマンガを描いていたが、更新を待ってくれている人がいるのならかなりスピードを上げなければ。

 嬉しい悲鳴だ。


 陽一が「なるほどね」と私に向けてなのかつぶやきなのか分からない声量で放ち、教科書をリュックに押し込んだとき、後ろから男子が話しかけてきた。


「な、陽一。今日火曜だから部活ないよな?」


 長身に眼鏡、落ち着いた声。

 頭良さそうだなーという第一印象を受ける彼は、島村しまむら 悠介ゆうすけ

 陽一の中学の頃からの親友だ。


「暇だったらラーメン食いに行かないか?ラーメン」


 悠介くんがそう言いながら陽一の前の席の椅子を引き出して座ると、隣からも


「いいねー、ラーメン。うちのバンドも今日は練習ないんだー」


 と篠田くん――本名、篠田しのだ 幸太郎こうたろうくんののんびりとした声が加わった。


「よし、いくか。斗真も誘って」


 陽一が少し弾んだ声で返す。

 そう。この3人に『月刊シンデレラ』のファン1号、菊池きくち 斗真とうまを加えた4人組が「いつめん」というやつなのだ。

 陽一がテニス部、悠介くんが帰宅部、斗真がサッカー部、篠田くんが軽音部。

 陽一いわく、全員の部活のオフが重なっている火曜日の放課後はみんなでだらけた時間を過ごすらしい。

 ちょうど一週間前、『月刊シンデレラ』について4人で話しているのを私が見た後もみんなでコンビニで買い食いをして帰ったとのことだ。

「いつめん」である証拠に、特に声をかけてもいないのに斗真がひょこひょこと輪に入ってきた。

 それにしても、全員が集まったというのに陽一たちはスマホを向きあわせゲームを始めたり、意味のない雑談を繰り広げており、ラーメン屋を決める素振りは一切無い。

 気の合う友人が4人も揃うと、時間など一瞬にして溶けるのだ。


 ――約2時間後


「このままではいけない」


 和やかなムードの中、唐突に悠介くんがそう切り出した。


「どうした?悠介」


「陽一。お前は考えたことはあるか。今この瞬間の重さを」


「いや、まあ……」


「だとしたら一度立ち止まれ」


 悠介くんの真剣な口調に他3人が気圧され、続く言葉を待つ。


「いいか、俺たちは

 ――女子高生と付き合うチャンスをこの瞬間も失い続けている」


 眼鏡の奥にはまっすぐな彼の瞳が厳かに輝いていた。

 あ、あれ、悠介くんってこんな人だっけ……。


「な、急に何言ってんだよ悠介」


「斗真」


 斗真を篠田くんが手で制すると、


「続きを聞かせてくれ。悠介」


 陽一もゆっくりと促すと、悠介くんはゆっくりと間をとった後、ゆっくりと話し始めた。


「大体の場合、中学生は中学生と、高校生は高校生と付き合うもんだ。

 俺たちは既に中学生と付き合う権利は失っている。そしてこのまま高校を卒業してみろ。年取っておっさんになるだけだ。彼女と高校で青春を謳歌するチャンスなんて、どれだけ願っても二度と戻ってこない。今なんじゃねえのか。動かなきゃいけないのは。何十年後の自分が笑って生きられるように」


 悠介くんがそう言い放つと、辺りを沈黙が支配した。

 な、なに?これは響いてるの?引いてるの?

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