第3話 幽霊と年齢

「ねえ、陽一。さっきのあれ、凄かったね」


 授業が終わると、隣から篠田がにこにこと話しかけてきた。


「次から俺がタダクニにあてられたらサポートをしてくれ……」


「でもちゃんと答えられてたじゃん。俺はてっきり、陽一は授業なんて全然聞いてないかと思ってた。うとうとしてたし」


「気づいてたんならなおさら助けてくれ」


 結局、あの回答は完璧であったらしく、俺のピンチは無事過ぎ去った。

 クラスのやつらも回答直後はざわざわとしていたが、すぐに興味は薄れたらしく、授業中はどちらかというとタダクニの方がペースを崩されていたようだった。

 それよりも……。

 篠田の態度からもわかるように、やはりあの声が聞こえていたのは俺だけのようだ。

 いったい、なんで?

 そもそも、なんで日本史を教えてくれたんだ。

 あまりのピンチに俺があの一瞬で悟りを開いたとでもいうのか。


「あ、そういえばね、女子の方のバスケ部のマネージャーがかわいいらしいよ」


 篠田はまた知ったところでどうしようもない話を持ちかけてきたので、俺はトイレで頭を冷やそうと決め、「ちょっとごめんな」と言って席を立った。


 トイレへ向かおうと速足で廊下を歩きながらもやはり考えを巡らせてしまう。

 やはりあの声は怪奇現象の類か?

 そういえば少し前に斗真が幽霊がどうとか騒いでたっけ。

 だとしたら関わったら危険なやつなんじゃ……。

 誰かに相談したいけど、あいつらは絶対馬鹿にするだろうからな……。

 とりあえず、これ以上関わるのは――


「うわ、ゴキブリッ!!!!」


 突如聞こえた悲鳴にとっさに体が反応し、声のした方を振り返る。

 しまった。

 これも女子の声だった。

 俺がそう思った瞬間


「ねえやっぱり聞こえてるよね?私の声」


 左耳元で発せられた、ハッキリと俺に向けられたその声に俺は本当の悲鳴を上げてしまったのだった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あー、ごめんごめん。そんなに驚くとは思ってなかったよ」


 ケラケラと俺にしか聞こえない笑い声をさんざんあげた後、まだ笑い足りないといった口調で声の主は一応謝ってきた。

 悲鳴を上げてしまった俺は恥ずかしさのあまり人の少ない昇降口に避難した。

 本当に恥ずかしかった……。

 周りからは廊下で急に本気マジ悲鳴を上げたやつとして認識されていると考えると教室に帰るのが嫌になる。


「なんであんなことしたんだよ」


「だって、普通に話しかけたら怖がって無視されてたかもしれないでしょ?」


 正直、もう関わるのはよそうと思っていたから何も言い返せない。


「ね、初めてでしょこんなこと。何か聞きたいことあるんじゃない?」


 声の主はなぜかウキウキだ。

 さっきから会話をしているが、姿が見えないからタイミングが掴めず、話しかけられるたびにぞわっとする。


「うーん……。まずお前は誰なんだ」


「私、望月もちづき 怜奈れいな


 あっちからしたら当たり前なのかもしれないが、突然の怪奇現象から日本人ネームが飛び出してきたので驚いた。

 その間に声の主、というか望月が「よろしくね」と付け足す。


「何者だ」


「私もよく分かんない。1回死んじゃってるから、やっぱり幽霊かな?あ、昔はここの生徒だったよ」


 やはり霊的なやつか。

 となると、気になるのは…。


「なんで俺にしか声が聞こえないんだ」


「それは本当に分かんない。長いこと幽霊やってるけどこんなこと初めてだよ」


「へー、幽霊歴はどれくらいなんだ?」


 急に回答が途切れた。


「あれ、消えた?」


「いや、別に別に。えっとー、まあ……30年くらい?」


「え、今何歳なの?」


「……17歳」


「じゃあ、47ってこと?」


「17って言ってるでしょ!!勝手に足すんじゃないわよ!」


 姿は見えないが望月(さん?)は恐らく顔を真っ赤にしながら長文で愚痴をたれ始めた。


「あー、もう私も思ってたわよ。微妙に長いなーって。100年とか超え始めると生きている人にもし会ってもちゃんと幽霊として扱ってくれるんだろうけどさ、生きてる換算で47ってキツいわよほんと。おばさんじゃん。しかもあんたからは見えてないと思うけど、私30年間ずっと制服なの。しかも今のデザインに変わる前のちょっと可愛いやつ。見た目は老けないのが霊のいい所だけど、冷静に考えて47の制服とか見てらんない。あんた見たい?47のセーラー服」


「……見たくないです」


 47って、俺の両親の年齢とそんな変わんないしな。


「それに、聞いて?なんか分からないけど男子棟離れたらめちゃくちゃ疲れるから30年間ずっと男子棟をうろうろするしか無かったんだよ?あーもう、私どうせ取り憑くなら女子棟が良かった〜!何が楽しいのよ男子棟にいて」


 俺に言われても困るし、俺だって楽しくて男子棟にいる訳じゃない。共学、なんなら女子棟で過ごしたいと思ったことも山ほどある。


 そんな口が裂けても言えないしょうもないことを考えていたとき、3時限目開始の鐘が鳴り響いた。


「あ、ごめ…。授業遅れちゃうんじゃ……」


 急に望月(さん)が我に返る。

 さっきまでとの温度差がとんでもない。


「まあ、次はタダクニと違って、『腹痛かったです』って言えば許してもらえる先生だから大丈夫だ」


「そっか、良かった……。いや、ごめんとは思ってるけど」


 そう話しながら廊下を疾走する。

 不思議な、少し不気味な体験だが、悪い気分ではないなんて思ったからだろうか。

 教室に入る直前、不意にこんな台詞が口をついてしまった。

 少し前まで、霊なんて面倒だから関わりたくないと考えていたはずだったのだけど。


「……授業中は話しかけるなよ」


 こうして、47(?)の幽霊との1年間くらいの友達付き合いが始まった。

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