第6話 初戦闘と少し和解
「やめろ!こっち来るな!」
よだれを垂らし、目を光らせる狼が、俺の後ろに隠れている少女を狙っていた。
彼女を見つけたのは、ついさっきで、美月の冷たい反応から逃げだし、水場を探している時だった。美月たちの待っている場所から、少し歩くと、水の湧き出る音が聞こえてきた。
音の方向に向かうと、そこには、壁から水が湧き出ている水たまりを背中にして、三つ編みの少女がハイドウルフ数匹に囲まれており、今にも襲われそうになっていた。
「おじさん…ごめんなさい。こんなところまでハイドウルフが居ると思わなくて…」
「大丈夫だよ。…あと一旦おじさんやめようか。一応元高校生だから」
「コウコウセイ?」
だから俺は、咄嗟にハイドウルフの間をすり抜け、彼女を後ろに隠し、今の状況に至っている。
ヴゥルルルルル
喉笛を鳴らしながら、まるで品定めをするようにこちらを睨みつけるハイドウルフの群れ。転移前なら遭遇することなかっただろう狼の群れに、俺は、息をのみ、足も震えるが、メルティーさんから借りている杖を前に突き出し、臨戦態勢を取る。
頼むぞ、俺。メルティーさんの教えてもらった通りに、すれば俺にだって、倒しきれなくても、撃退ぐらいできるはずだ。
「火球を放て、フレイムスフィア!」
教えてもらった魔法を唱えると、俺の中から何かが減っていく感じがしたと思った次の瞬間、杖の先からソフトボールサイズの火の玉が発射された。
射出された火の玉は、先頭に立っていたハイドウルフの顔を掠める。
キャンッ!
「よしっ、いまだっ!」
先頭の火の玉に驚いたハイドウルフが、体を怯ませたので、俺は少女の手を引き、群れの中から抜け出そうとするが、他のハイドウルフが俺たちの逃げようとする方向に先回りしてきた。
「くそっ…フレイムスフィア、フレイムスフィア、フレイムスフィア!」
焦りに身をまかせ、何度も火球を飛ばす。しかし、不意も突いていない、狙いの定まらない魔法は、すばしっこいハイドウルフに避けられた。
魔法が当たらないことを理解したハイドウルフは、警戒しながらも、歩みをこちらに進める。
「………っ」
詳しいことは、直前になったら教えてあげると言われていたため、一つしか知らない魔法。それが通用しない事が分かり、俺は脚だけじゃなく、手も震え始める。
そんな隙だらけの様子を察知したのか、一匹のハイドウルフが、とびかかってきた。
グォオンッ!
「うぉ…くっ…」
後ろにいる少女を庇うように俺が体を広げると、とびかかったハイドウルフは、杖を持っている右腕に嚙みついた。鋭い痛みを感じるが、
「離れろっ!」
想像していたより、そこまでひどい痛みではなかったため、すぐさま腕に噛みついていた狼を振り払う。
「おじさんっ!腕っ!?」
「大丈夫…みたいだ。あと…だからお兄さんね…ハハ…」
左手で引っ張ていた少女が、声を上げたが、俺は心配させないように少し茶化す。
実際に、狼に噛みつかれたとは思えず、痛みも猫に噛まれた程度で、噛みつかれた右腕もかすり傷しかついていなかった。
「まじか…本当にちょっとしか痛くないぞ。」
以前メルティーさんに、異世界転移者の俺たちなら、ハイドウルフに致命傷を与えられることはないと言われていたが、実際に頑丈な自分の体に驚く。
一方で、振り払われたハイドウルフは、自分の牙が通らなかったことに驚いたのか、俺の方を向きなおし、姿勢を低くして、俺を観察するような態度になった。
「でも…これで怖くは…」
「………お兄さん」
「いや…だめだ、俺が大丈夫でもこの子は…」
俺は、命の危険がないことを理解し、一瞬安心するが、俺の手を握る少女の力が、ハイドウルフに怯えているのだろう、強くなったことを感じた。少女の手を同じぐらいの力で握り返すと、俺は取り囲んでくるハイドウルフを正面から見据える。
「俺が相手になってやるけど、この子には、手を出させないからな!」
自分とこの子を鼓舞するために、俺は意気込むが、数匹のハイドウルフは、警戒こそするも、逃げる様子はなかった。むしろ一匹でダメなら、数匹でと言わんばかりに、目の前の全てのハイドウルフが腰を下ろし、とびかかる準備を始める。
「おいおい、一人相手にそこまで…」
俺は身構えるが、明らかにこの数から少女を守り切れそうにないと感じていた。
真横、真後ろ、全方向から俺たちを囲い込み終わったハイドウルフは、準備完了とばかりに、一斉にとびかかった。
「クソッ…!」
「きゃあああああっ!」
俺は、瞬間的に、少女を自分の胸に抱きかかえ、うずくまる。
「光球よ、彼らを守れ!バリア・オブ・ライトニング!」
透き通った声が聞こえたと思ったら、地面から光の球体が俺たちを、守るように包み込んだ。
「メルティーさん!」
「私だけじゃありませんよ!」
杖を胸の前に突きだし、まるでヒーローのように現れた、メルティーさんに涙が出そうになるが、
「二人から離れてよ!」
閃光のように現れた美月が、身の丈より長い槍でハイドウルフ数匹を薙ぎ払った。
「大丈夫っ!?」
「美月ぃ………」
「っ………徹じゃない、その子のほうっ!」
顔を赤くして、恥ずかしがる美月に、俺は涙を目尻に貯めながらも、崩れた笑顔が零れる。
だって――しょうがないじゃないか…あの美月が、俺のことを助けてくれたんだから…俺のこと、心配してくれたんだから。
「トオル様、その子をこちらへ!」
「分かった!」
感動の再開も束の間、美月がウルフたちを薙ぎ払うことで出来た空間を使って、俺は女の子を引っ張り、ハイドウルフから距離を取った。
「本当に助かったよ。二人とも。」
「いえ、私の推測が甘かったんです。すみません。こんな洞窟の浅いところまで、ハイドウルフが出てくるなんて…」
「それでも、メルティーさんが居なかったら、俺たちやられてた。ありがとう…」
申し訳なさそうな顔をするメルティーさんに、俺はその場のテンションに乗せられて、かなり素直で率直な感想を送る。
「(私も頑張ったんだけど…)」
「えっと………美月も、本当に助かった。」
「………ふん…どういたしまして。」
何かつぶやいた美月にも同じように感謝しようと思ったけど、まだ美月の反応が怖くて、言いよどんでしまった。それでも俺は美月は俺の感謝を無視しなかっただけ、嬉しかった。
「…トオル様、本当に優しいんですね。ただ、まだ完全に状況が良くなったわけじゃありません。まだ来ますよ!入口の前で決めた戦闘配置についてください!」
「分かりました。美月も行けるか?」
「私は行ける。」
メルティーさんの掛け声とともに、美月は、槍で間合いを取りながら、先頭に立ち、メルティーさんと俺は一歩下がったところで、杖を構える。俺たち三人が、戦える準備を完了させると、ハイドウルフは、互いを見合わせ、囲うため、広がっていた陣形から、一つに集まるような陣形に変えた。洞窟の奥に走っていった一匹を除いて。
「二人とも、一匹のハイドウルフが、奥に逃げたの見ましたか?恐らく、仲間を呼びに行ったのでしょう。仲間を呼ばれる前に殲滅します!」
俺たちを指揮するメルティーさん。しかし俺は、さっきのハイドウルフの戦闘で自分の魔法が役に立たなかったことを思い出す。
「今思ったんだけど、俺一つしか魔法教えてもらってないから、ほとんど俺何もできないんじゃ…」
「大丈夫です。確かにトオル様には、これから魔法を覚えてもらおうと思ってますが、今回の戦闘ではミツキ様に全部なぎ倒してもらいましょう。」
「えっ…私!?」
俺の心配をよそに、メルティーさんには策があるようだった。
「お二人とも、特異スキルの準備できてますか?」
「なるほど…」
「分かった、メル」
特異スキルと言われ、俺たちはメルティーさんのやろうとしていることを理解する。
ん?メル?さっき、美月、メルティーさんのこと、メルって呼んだ?
「では三秒後に発動をお願いします。」
「えっと…はい!分かりました。」
「分かった。」
俺の知らぬ間に、美月がメル呼びしていたことに驚きながらも、スキル発動の準備をするため、俺は前に立つ美月の背中に、左手をかざす。
「行きますよ…さん、にー、いちっ!」
メルティーさんの掛け声をもとに、
「我が生命線を糧とせよ、スキル『生贄』!」
「鼓動を上げる、スキル『強固な心臓』!」
俺と美月、二人同時にスキル名を唱えた。
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