第5話 初ダンジョンと女子トーク


「本当に…大丈夫なんですか?俺たち、狩りなんてしたことないんですよ…」

「大丈夫です!ハイドウルフの爪や牙程度なら、異世界人のステータスを有していらっしゃる二人に致命傷を与えることはないですし、自慢じゃないですが、私、防御魔法に限って言えば、世界有数の使い手なんですよ!」


 見慣れた黒い修道服の代わりに、白いローブを身にまとったメルティーさんは、短く整えられた金色の髪を揺らしながら、薄暗い洞窟内には似つかわしくない満面の笑みを向けてくる。


 エルディア王に謁見し、特異スキルが判明した俺たちは、城下町から馬車を借り、ハイドウルフの狩りをするため、町はずれの洞窟に来ていた。元々この狩り自体、エルディア王の提案だったのだが…


「ここで暮らしていくなら、狩りの一つや二つ覚えた方がいいって!俺も久しぶりに狩りに出たいって思ってたんだ!王様って結構つまんなくてさ…」

「坊ちゃま…本日、王としての業務残っておりますよ…」

「じっ…爺や、今日はちょっとお休みということで…」

「なりませぬ、こちらへ来ていただきますよ!」

「いやだ、いやだぁあ、助けて!メル!」


 といった風に、爺やに連れていかれたため、俺、美月、メルティーさんの三人で狩りをすることになっていた。


 俺は、エルディア王の情けない別れに一瞬思いを馳せながら、薄暗い洞窟の中を、たいまつ片手に、「魔法職なら、この魔装おすすめです!」とメルティーさんからもらったマントのようなものを引きずりながら、進む。


「メルティーさんが居れば、心強いですね…ただ………美月?」

「………」


 メルティーさんの満面の笑みに少し当てられながらも、大水晶の前で俺のステータスを確認した時から、ある問題について俺は悩んでいた。


「あ…あのぉ…ミツキ様?」

「………」


 美月が以前にも増して、俺と言葉を交わしてくれなくなっていた。俺から絶対に二、三歩離れて歩くというおまけ付きで。


 原因は明らかだった。俺が彼女を拒絶したからだ。あの時の美月の顔は、今でも頭の中に張り付いている。


 今まで、美月が俺のことを拒絶することはあっても、俺から、彼女を明確に振り払うことはしなかった、あの日を除いて。美月もそんな不文律に慣れきっていたのかもしれない…


 だけど、俺の拒絶を目の当たりにした美月は、一瞬驚いただけで、ひどく納得した様子だった。まるで「やっと今までの私の拒絶が効果を現し始めた」なんて思いが透けて見えるようだった。俺のひどい自己欺瞞に満ちた予想かもしれないが。


「………ミツキ様!心配事ありませんか?私なら何でも相談に…!」


 それでも、俺たちのいたたまれない関係と俺の拒絶を知らないメルティーさんは美月に、笑顔で語り掛ける。


「…別に、問題ないよ…」

「ミツキ様………」


 素っ気ない美月の反応にメルティーさんが萎れる。


 異世界に来てから、人見知りぎみだった美月だったが、メルティーさんとだけは良好な関係を築き始めていた。そんなメルティーさんの懐柔も、今の彼女にとって、意味をなさなかった。


 けど今の俺が言葉を弄しても、彼女の心を開くことはできないと過去の経験から学んでいる。

 じゃあ、俺はどうすれば…


「トオル様、ミツキ様、ちょっといいですか?」


 転移前は散々感じていたはずの無力感を久しぶりに感じる。するとさっきまで横を歩いていたメルティーさんが、俺たちの前に出て、


「少し私疲れてしまいました、ちょうど腰を掛けれそうなところもありますし、休憩にしませんか?」


 あまりにも早すぎる休憩を、何か思惑がありそうな笑顔で提案してきた。


「えっ…でも、さっき洞窟に入ったばっかりで」

「ダメですか?」

「…ダメじゃないですけど…」


 困惑する俺を、彼女は、持ち前の清楚で可愛らしい上目遣いを駆使し、黙らせてくる。この可愛らしい女性は、知らず知らずのうちに、どれだけ男たちを狂わせているのだろうか…


「ミツキ様もいいですか?」

「………どっちでも…」

「じゃあ決定ですね!」


 そう語るメルティーさんは、近くの岩場に荷物を置き、開けた空間に白い敷物を引き始める。そして用意していたのだろう、小さなパンと果物、そしてコップを人数分出したと思うと、俺の方を振り向いた。


「トオル様、近くの水場を少し探してきてもらえませんか?この辺りなら、まだハイドウルフが出てくることもないはずですし。」

「あっ、はい。ただ何で水を汲んでくれば?」

「そうですね…ではこちらの水筒に組んできていただけます?」


 メルティーさんは、女性が持つには、少々、いかつい水筒を渡してくる。


「分かりました、それじゃあ、ちょっと行ってきますね」

「………っ」


 俺が、メルティーさんから水筒を受け取り、その場を離れようとした瞬間、美月の体が少し揺れ、声が聞こえた気がした。


「美月…?」

「………なんか、やることある?」

「おっ!では、こちらのランプに火をつけていただけますか?」


 俺は、美月に声を掛けるが、美月はそっぽを向いたまま、メルティーさんの休憩準備を手伝い始める。俺はそんな反応にいたたまれず、その場を離れた。


 異世界転移してきて、以前より美月と話せるようになってると思ったけど浅はかだったと思い知らされる。


 結局環境が変わろうが、もう………

 でもここに来る前もこんな感じだったじゃないか。ただ戻っただけ。

 

 そもそも美月と、前より話せていたのも、異世界転移して、頼れる奴が俺しかいなかったからだ。…結局、美月も戻りたかったわけじゃない、そうせざるを得なかっただけなんだよな。



※※※



 私は、徹が水を汲みに行くと、メルティーさんと少しだけ話した後、ひたすら自分の灯したランプの光をぼーっと眺めていた。


「さっき、トオル様が居なくなって、怖いなって思ったでしょ…」

「はっ………?」


 すると、突然メルティーさんがいつもとは違う、くだけた口調で話しかけてきた。


「ミツキ様、こっち来てからずっとトオル様にべったりだったもんねぇ」

「何…?」


 明らかに私を挑発するように語尾をわざと伸ばしてくる彼女に、私は、不可解と同時に、不愉快に思う。


 別に、一緒なのが、徹しかいなかったから仕方なかっただけ…徹じゃなくても、いやむしろ徹じゃなかった方が良かった…。


「トオル様は気づいてなかったみたいだけど、ちょっとどっか行っちゃうだけで動揺するなんて可愛すぎでしょ」

「だから何っ?」


 私は彼女の挑発に苛立ちを隠せず、語気が強くなる。


「けどさ…ミツキ様って結構、面倒な女の子なんじゃない?」

「はっ?」


 でもそんな態度を改めようとしないメルティーさん。


「ちょっと、男の子が自分のこと、拒否したからってその態度はやり過ぎじゃないかな?」

「…もしかして喧嘩打ってる?」

「喧嘩打ってる。」


 メルティーさんは、平然と私に宣戦布告してきた。


「もう、急に何なの。メルティー…さん」

「メルって呼んでいいよ、ミツキ」


 イラつきを隠せない私に、可愛らしいしたり顔でミツキ呼びをする彼女。


 なんなのよ!さっきまでこんなんじゃなかったじゃん。そのしたり顔は、わざと?


「あっそ、じゃあメル、黙って。」


 だからこそ、私も敵意を晒す。それ以上、私に踏み込むなと。


「…だってそうじゃない?初めて会った時、私がトオル様と話しただけで、あんなに私のものだって目で訴えてきてたくせに、彼が関係性を動かそうとすると、興味ない様子を醸し出して、すぐすねる。」

「………やめて。」

「これをめんどくさくないって言うなら、何をめんどくさいっていうの?」


 けど彼女にとっては、そんなことは些細なことだと言わんばかりに、ずかずかと膿んで傷む古傷をえぐっていく。


「これじゃ、トオル様報われないな…」

「私には関係ない…」


 そう私には関係ないんだ。私の知らない所で遠い存在になった彼には、私は必要ないし、邪魔なんだよ。だけど彼は優しいから、本心でどう思っていようとも、私が一緒にいてほしいって言ったら、ついてきてくれるから。


 私は、彼を拒絶してあげる。だって、私が必要じゃなくなったから、徹はあの子の所に行ったんでしょ。でもさ…


「関係ないことはないでしょ?だって彼に構ってもらうために、そんな態度してるんだから」

「違うっ!」


 私だって、あの日は痛かった。辛かった。悲しかった。嫌だった。

 徹がどこかに行ってしまうなんて、認めたくなかった。けど私は、置いてかれた側だったから。


「ミツキは…本当にトオル様を必要としてないの?」


 一瞬、メルの語気が弱くなるけど、私はどうしても今の感情を抑えることなんて出来なかった。これを言葉にすれば、私も傷つくって分かってても。


「徹なんて知らないよっ!アイツなんて、大きっらいだよっ!!」

「………ミツキ」


 心のどこかがずきずきする。自分の何かを大きく傷つけた感覚だけが私の中を支配する。私の中に残ってた徹に対するこの気持ちを否定してしまった。


 メルは、私の叫びを聞いて、最初こそ何も言ってこなかったが、


「じゃあ…私がトオル様、もらっちゃいますよ?」


 意味の分からない確認をしてきた。なぜその確認をいまするのか、そんな答えの分かり切った確認をなぜするのか、理性的な私はそんなことを考えるが、


「…っ!!絶対、ダメっ!!」


 感情的な私がそんな考えを放棄して、声を荒げる。さっきまで、私は徹を嫌ってたはずなのに、関係ないって言ってたはずなのに。今までの流れなら、「メルも徹をもらおうとするなんて、物好きだね」ってニヒルに笑うはずなのに。


「………言えるじゃないですか。」

「えっ…」


 だけどそんな私の態度は、彼女にとっては、予想通りだったようで、驚く様子もなく、さっきまでのしたり顔からいつもの柔らかい表情に戻っていた。 


「だって、ミツキ様…やっぱミツキでいい?ミツキが、いつまでもそのままだとトオル様が可哀そうだよ…トオル様、きっとまだミツキのこと、好きだよ。しかもかなりね。」

「それは…」


 メルは、私に有利で仕方ない妄想を肯定してくれる。「徹は優しさからだけじゃなく、本心でまだ私のことを好きでいてくれてる」なんてひどい妄想を。


「あなたたちのこと知らない部外者なのに、分かった風にミツキを怒らせるようなこと言って、ごめんなさい。トオル様が何をしたのかも、ミツキがどれだけ傷ついたのかも知らないくせに、ずうずうしいことしてごめんなさい。」


 眉を中心に寄せ、苦しそうな顔で謝るメルは、


「だけど今のミツキに真摯であろうとするトオル様の様子を見てて、ミツキをそんな傷つけるようなことをするなんて信じられないって思っちゃったから…」


 私たちの過去を疑っていた。私の持っている最悪の記憶が嘘だったんじゃないのかと。ただ私は、そんな甘い甘い言葉だけは、信じない。この目が、この耳が、この脳が鮮明に覚えているから。


「私だって信じたくなかったんだよ…でも、信じざるをえなかった」

「そんなに、確証があったの?」

「トオルが、私を置いて、あの子と一緒になろうとしてたのを見たんだよ…この目でしかも、あの子からも直接…」

「………あの子?」

 

 そうあの子、私と徹の間にいつもいた。最初はただの可愛い後輩ちゃんだと思ってた…私が最も憎んで、羨んだ女の子。


「あの子っていうのは…、私とトオルの…」


 私は、嫌な後輩を、嫌な思い出を、見つめるランプの燃料にでもなってしまえと、メルに語ろうとしたその時、


「きゃあああああああああああああああああ」


 洞窟の奥から、少女の悲鳴が轟いてきた。


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