第4話 特異スキルと心の秘密

「特異スキル?」

「そう、メルから聞いてないかな?異世界人は、こっちに来るとき、特殊な魔法だったり、スキルが与えられるって。俺達は、それを総括して特異スキルって呼んでるんだ。」

 

 そう語る王は、傍らにいる爺やと呼ばれている老紳士に目配せをし、何かを準備させているようだった。


「あぁ…メルティーさんから多少話は聞いてます。特異スキルが与えられるからこそ、異世界人をわざわざ召喚するってことも。でも特異スキルを確かめるってどうやって?」

「それは、王家に受け継がれている『大水晶』を使うんだ。爺や、お願い。」

「かしこまりました。」


 王の言葉で、老紳士が持ってきたのは、刻印がされている金の装飾が周りにつけられている大きな水晶玉だった。


「この大水晶は、特殊な魔法がかけられてあって、手をかざした人間の体躯や性格、ありとあらゆる情報を読み取るんだ。」

「なるほど…」


 王は、そう語ると『大水晶』を俺の前に運ばせる。俺は、目の前に来た『大水晶』を少し覗き込んでみるが、特に変哲もない水晶玉のように見えた。


「ものは試しだ、トオル。手をかざしてみてくれ。」

「分かりました…」


 少し緊張しながらも、俺は水晶玉に手をかざすと、突然水晶玉全体が青く光ったと思うと、次の瞬間には、落ち着き、水晶玉から出た一筋の光が俺の手の中心に当たっていた。


「おぉっ…」


 そんな水晶玉に驚いていると、俺に関する情報を取り終えたのか、水晶玉から出ていた一筋の光は消え、数秒した後、俺たちの前に文字を映し出した。


「こんな風に目に分かる形で、その人がどんな人物なのか教えてくれるんだ。」


 これはすごい…

 ホログラムのように、水晶玉から出る光は、何もない空間に俺に関する情報が映し出していた。


 セノウチ トオル


 年齢:17歳

 身長:1.75メテル

 体重:65キログリム

 筋力:75

 魔力量:125

 魔法防御:100

 俊敏:50

 運:20


 まるでRPGのステータス画面のように自分の能力が現れている。ただ数値の基準が分からない俺にとって、一見して自分の能力の評価がしづらかったが、


「ほほぅ…結構いいステータスだよ…2、3年目の普通の冒険者が測ると、大体どの 値も大体50あたりに収まるんだけど、やっぱり異世界人だから違うね。うぅん…見た感じ後衛職の適性がある感じかな?」


 王の発言から、自分のステータスがなかなか優れていること、異世界人だから、現地の冒険者と異なり、ステータスが高く補正されていることが明らかになった。


 意外と悪くないのか…けど運20って…そんなに運が悪かったことなんて………


 いや…運が悪かったから、アイツと偶然出会ってしまったから、ここに来る前、俺と美月はこんな関係になったんだっけ…


「1.75メテルか、君意外とたっぱあるんだね…」

「王様だからって…人の個人情報簡単に見るのはどうなんですか?」

「まぁ、いいじゃない、いいじゃない」


 転移前の嫌な奴と嫌な思い出を振り返っていると、王が俺のステータスをじっくり覗き込んできた。俺は、そんな王を横目に自分のステータスを改めて確認していたが、ある記述に目が留まる…


 対人関係:想い人がいるが、自らの好意が報われず、心変わりし始めている。


 何だよ…これ…


「王様、この水晶に間違いはないんですか?」

「ん?前、私が試した時はかなり正確だったが、何か間違っていたところでも?」

「いや…なんでもないです。」


 王は、対人関係に関する記述を見ていないようで、俺の質問の意図が分からない様子だった。


 ふざけるな…俺が美月のこと、好きじゃなくなってきてるって、言いたいのか…そんなわけ………でも…本当に俺は…美月に否定されて続けて…俺は…


「徹…私も…ちょっと」


 そんなことを思っていると、美月もエルディア王の反応から気になったのだろう、大水晶から浮かび上がっている文字を覗き込もうとする。


「待って!」

「えっ…?」


 しかし俺は拒絶してしまう。俺の拒絶に、美月は一瞬、驚いた顔をした後、納得と悲哀が入り混じったような顔になった。


「そうだよね…ちょっと調子乗った…」


 違うんだ…美月。俺は別に美月が嫌だから拒絶したんじゃ…むしろ美月が好きだからこそ、この記述だけは見られるわけには………


 ………でももしこの記述が本当で、俺が美月を好きで居続けられていないのなら…俺に、美月を好きだって言う権利が与えられないのは当たり前なんじゃないのか…


「いや、そのちょっと恥ずかしいことまで書いてたから」

「…そう…ごめん。」

「いや全然。むしろこっちがごめん。」


 美月に対する自分の気持ちが分からなくなって、美月を好きで居続けていいのかすら分からなくなって、誤魔化そうとするけど、誤魔化しきれない。


 ほんと俺何してんだよ…美月、こっちに来てから割と話してくれるようになってるのに…なんで俺が美月を拒絶するような真似してるんだよ…


「で!どうだった?特異スキル!前の異世界人の時は、下の方に説明と一緒に映ってたと思うんだけど。」

「えっ…あぁ」


 考えがぐるぐるして、分からなくなっていると、エルディア王が明るく、爽やかなで、無遠慮な笑顔で現実に戻す。俺は、美月へのもろもろを一旦心のどこかに押し込み、大水晶が映し出す文字に目を移すと、特異スキルの欄をすぐに見つけた。


 特異スキル:生贄


「どれどれ………特異スキル"生贄"…えっ生贄って何!?」


 俺のステータスを覗き込んでいたエルディア王は、俺の特異スキル名を見た瞬間、目を丸くした。俺は、特異スキルの下に書いてある説明文に目を通す。


「えっと…特異スキル"生贄"は、自分の身体能力や魔力を献上することで、一時的に他者の能力向上を可能にするスキル。」

「ふむ…」

「またこの特異スキルで自らの能力を献上した相手が、怪我や状態異常を負った際、任意で怪我や状態異常を肩代わりすることが可能…効果範囲は、15メテル…らしいです。」

「なるほどねぇ…こりゃまた、変な特異スキルを引いたね、トオル」


 王は、意外そうな顔をしながら、どこか残念そうな口調をしていた。もしかしたら、王の予想していた特異スキルではなかったからかもしれない。


 当の俺も、正直拍子抜けしていた。今ではあっけらかんとしているこの王に問い詰められて、俺が持っているのは、国を脅かすほどの強大なスキルなんだろうと思っていたからだ。しかし実際には、かなり搦め手よりで、他者を前提にするスキルだった。


「まだ父さんが王やってた時に見た異世界人の特異スキルは、どんな固い防御でも貫通する必中の最強剣技だったり、天候を操るほどの強力な属性魔法だったりしたんだけど、こんな変なのは見たことないな。」


 そう語る王には、少し含みがあって、まるで俺のスキルを手放しで喜べず、どこか不安げな様子であった。


「昔から、特異スキルは人柄だったり、その人の人生経験に影響を受けて決定されるって言われてるんだけど、トオルってもしかして…マゾ的な嗜好がある?」

「王様…さすがに怒ってもいいでしょうか…」

「ごめんって。冗談冗談…あはは…」


 それでも、エルディア王はそんな含みをもった態度もすぐさま取り払い、明るく、ひょうきんな表情に戻していた。俺は、そんな何かを隠して、わざとひょうきんに取り繕っているように見えるエルディア王の様子に少し不安を覚える。


「じゃあ、今度はミツキ!これに手をかざしてみて。」

「あっ…はい」


 エルディア王は、俺の特異スキルを確認すると、今度は美月の前に、大水晶を運ばせた。美月も同様、手をかざすと大水晶は同じように光り、ステータスを映し出し始める。


「えっと…どれどれ」

「こら!ディア!」


 しかし、エルディア王が水晶に浮かび上がった美月の情報を、読み取ろうとした時、メルティーさんが王の横顔に掌底をかました。


「女の子の秘密を覗き見ようなんて、最低!」


 こう語るメルティーさんの表情には修羅が宿っており、エルディア王を真正面から見据えていた。


「いや、王として、確認の義務が…」


 エルディア王も、一応食い下がってはいたが、


「………」

「ごめんなさい…」


 鬼人のごとき、メルティーさんの表情に、エルディア王は負け、結局引き下がってしまっていた。


 メルティーさんって意外と怖いのかもしれない… 


「全く…ごめんなさいね、ミツキ様」

「いえ、私は大丈夫だから…」


 しかし鬼の形相は、美月の方を向いた瞬間、消え去り、いつもの優しいメルティーさんが困った顔で謝っていた。

 

「優しいんですね、ミツキ様は。私だったら引っ叩いてるところです。」

「えっ…?ふっ…メルティーさんって意外と姉御肌なのかな?」


 そんなメルティーさんの態度が、おかしかったのか、美月から少し笑みがこぼれていた。


「姉御肌?」


  メルティーさんは美月の言葉の意図が分からず、首を傾げる。


「いや…私達と話すときはすっごい礼儀正しいのに、王様と話すときは、時々すっごい豪快な発言が出る気がして。まるで弟をお世話するお姉ちゃんみたいで面白くって…」

「そうですかね?やだ、なんだか恥ずかしいですね…」


 堪えるように笑う美月と、それを恥ずかしそうに、けどちょっと…うれしそうに笑うメルティーさん。俺は、そんな二人の様子を見て、少しほほえましく思っていた。


 右も左も分からない異世界で、美月が少しでも、心の許せる人ができかけているのかもしれない。それだけで、俺は安心できた。俺が美月のことを心配する権利があるのかは、置いておいて。


「あのぉ…ところで何ですが、ミツキ様。」


 美月と笑い合っていたメルティーさんだったが、ばつの悪そうな顔に変わる。


「さっきは、私も個人情報とはいったんですが、美月さんの特異スキルについては私も興味あって…」


 それは、さっきまでエルディア王を咎めたことを自分もしようとしているからであった。


「あぁ…特異スキルを教えるぐらいなら私も問題ない。メルティーさんには、いろいろお世話になってるし。」

「ミツキ様!ありがとうございます。」


 しかし、美月はメルティーさんを少し信頼し始めているのか、快く了承し、映し出されている文字から、特異スキルの欄を探そうと目を通し始める。


「んっと…あっ………」

「………?どうしました、ミツキ様。」


 そんななか、美月が映し出されている文字を読み込んでいると一瞬だけ、動きを止め、眉間にしわを寄せた。メルティーさんもそんな様子を察知し、声を掛けるが、


「いやっ…何でもない。特異スキルについてだったよね。」

「はい…そうですけど…ミツキ様何か…」


 メルティーさんの聞いた内容には、答えず、誤魔化す美月の表情は、痛いところを突かれたような、困り顔だった。


「あった、あった!特異スキル"強固な心臓"だって。」


 そしてわざとらしく、少し声を張り、美月は特異スキル名を読み上げる。


「…"強固な心臓"ですか…どんなスキルなんでしょうか?」


 美月に、明らかに何か聞きたげな顔のメルティーさんだったが、空気を呼んだのか、不服そうな顔のまま、引き下がる。


「えっと…説明としては…特異スキル”強固な心臓”は、体中の魔力を身体能力に変換することで、魔力が続く限り、自身の肌を硬質化し、筋力を大幅に増強するスキル。また魔力を身体能力に変換する際、体中の魔力が赤く発光し、敵を引き付ける…らしいよ。」

「なるほど…これは純粋な戦士のスキルだね。ミツキは、トオルとは反対に、前衛職の適性があったみたいだ。」


 しれっと特異スキルについて、聞いていたエルディア王がすっと会話に入ってくる。


「えぇ…」


 そんな王の説明に、美月は少し不満そうな顔をした。恐らく、戦士というイメージ的にむさくるしそうな職に適性があったことが不満だったのだろう。


「ミツキ様、女性なのに前衛職適正なんてかっこいい!」

「そう?」


 ただメルティーさんの憧れのまなざしを向けられ、美月は眉を上げる。


「そうですよ!古来より女性は後衛職適正が多くて、魔法使いで後衛に就くことが多いんですけど…ごくまれに、女性で前衛職適正の方が現れるんです。しかも大体が、男性の前衛職の方より恵まれてて。」

「そうなんだ…」

「あこがれるなぁ!」

「そうかな…」


 メルティーさんの褒め殺しにさっきまでの不服そうな顔は見る影もなくなり、むしろ嬉しそうになっていた。


 意外と美月ってちょろいのか?


「ただ…ちょっと気にならない?メル」

「ん…?」


 すると、美月と和気あいあいと会話していたメルティーさんに、エルディア王が声を発する。


「トオルとミツキ、二人の特異スキルは並みの兵士や冒険者よりは強いよ…ただこれまで見てきた異世界人の特異スキルの何段も格下なスキルに見えない?」

「確かに…正直申し上げると、想像してたものより少し物足りなくは思っていました。…でもなぜでしょう?」

「んぅぅうう………」


 エルディア王が言及したことは、やはり俺たちの特異スキルの内容にあった。確かに、王の言う通り、俺のスキルも美月のスキルも明らかに強大なスキルというには、あまりにも物足りなさを感じる内容である。


「あっ…!まぁ、大丈夫!確かに今までのと比べるとあれだけど、十分すぎるスキルだって!」


 エルディア王は、俺たちが残念に思っていると感じたのか、こちらに愛想笑いを向けてくる。


「いや別に落ち込んでるわけじゃないですから。」


 しかしそもそもまだ異世界で戦う事や暮らしていくことに実感のない俺たちは、特異スキルがどうであろうが、大きな問題として捉えていなかった。


「そう?ならいいんだけど…」


 そんな俺たちにきょとんとした顔になりながらも、エルディア王は、


「と、まぁこんな感じで、スキルが分かったところですが!腕試しに、ハイドウルフの住処になっている洞窟に行ってみない?ちょうど、ここから数キロメテルの所にあって、ハイドウルフが近隣の村を襲って困ってるとも聞いてるんだ。」


 表情と話題を変え、冒険の始まりを予感させる提案をしてきた。

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