第2話 空気を読まないメルティーさん
「お目覚めですか?トオル様、ミツキ様」
そういって、俺たちの後ろから現れた少女は、黒の修道服に身を包んでおり、その頭にかぶっているベールからは、ふわりと金色の髪がこぼれていた。
綺麗な人だ…
「………?」
修道服?金髪?どういうことだ?ただでさえ、近くに教会なんてないはずだし、ましてや、こんな綺麗な外国人シスターが居るなんて全く知らない。いたら、絶対に男どもの間で噂になっていたはずだ。
…教室に突然現れた光に、教会らしき施設、そして見たことのないシスター。
あんまり、そういうの読まない俺だったけど、もしかして…
「あの…?何か返事を下さると私としても安心するのですが?」
そんなことに考えを巡らせていると、シスターが、吸い込まれてしまいそうな青い瞳をこちらに向け、不安そうな顔で話しかけてきた。
「あっ…すみません。」
「いえいえ…おはようございます。」
「えっと…おはようございます…」
俺がちゃんと返事をすると、彼女はそれに呼応するように、温かい笑顔を向けてくれた。もし俺に、男女間でのトラウマとか、未練とかそんなものが無かったら、彼女に、男として惹かれていたのだろう。
「あの…」
「はい、おはようございます。ミツキ様」
「あっ…はい…であなた誰です?そして、これってどういう状況なんですか?」
「あっ…すみません!説明が遅くなってしまって…」
けどここには、美月が居るから、俺は本の中の主人公みたいに、惚れこんでしまうなんてことはしない。けどもし俺がどんな女の子に対しても、惚れっぽい奴だったら、美月とこんな通じ合えない関係にならなかったのかもしれない…
いい意味でも、悪い意味でも。
「それでは…改めまして、私の名前は、メルティー・オーガスです。こちらの教会のシスターをやってます。」
「どうも…」
俺は、ライトノベルでよく見る状況から察し始めているが、美月は全く状況がつかめていない様子で、メルティーさんの自己紹介をされても、戸惑いが隠せていなかった。
まぁ美月がラノベとか読むところなんて見たことないしな…いつも俺と一緒の時は、黙って、俺のことを見つめてくるか、俺のことをからかってくるだけだった。
「トオル様とミツキ様は、ミスティア王国を知っておられますか?」
「えっと…ちょっと分からないです。美月は?」
「…私に聞く?徹が分からないのに私が分かるわけないじゃん。」
「という訳で、すみません…」
「いえ、今のは、聞き方が少々意地悪でしたね。知らないのも当然です。ミスティア王国というのは、今私達が居る場所、こここそがミスティア王国なんです。」
ミスティア王国、そんなものは現代の世界で聞いたことが無い。ましてや日本から、そんな海外に旅行をする時間も労力もあるわけがない。やっぱりそうだったらしい。俺は異世界転移していることをそこで理解する。
「えっ?はっ?」
「ごめんなさい、ミツキ様、理解できないのも仕方ないです…ゆっくり説明させていただきますね、まずはですね…」
こうして、全く状況の掴めない美月とある程度察した俺にメルティーさんは、近くにあった椅子に腰かけ、懇切丁寧に説明してくれた。
メルティーさんが言うには、俺たちは、ミスティア王国、国王エルディア王の要請によって、異世界転移させられたそうだった。それも数年前に復活した魔物を統べる王、ヴァルドラを倒すことを目的に。なにやら、異世界人は転移する際、特殊な技術や魔法を与えられるため、強力な兵士として召喚するのが、国策として定石となっているらしい。
そんな国策が行われている中で、俺たちが選ばれた理由は、異世界転移の魔法を扱う事に長けているメルティーさんと波長の合う異世界人が美月であったからだった。そして、美月に抱き着いた俺まで、意図せず一緒に異世界転移してしまった、これがことの顛末らしかった。
こんなテンプレートな設定に、俺は驚きを隠せなかったが、あまりラノベを読まない美月は、最初こそ困惑していたものの、後半になると、冒険の魅力に魅入られ、目を輝かせて聞いていた。
「ところで…ミツキ様とトオル様お二人はどういうお関係なのでしょうか?」
一通り、説明をし終えたメルティーさんは、今までしてこなかった質問を申し訳なさそうに聞いてきた。
「えっ?」
「さきほどから、いろいろと説明する度に、ミツキ様が、逐一トオル様を振り向いて、確認されてらっしゃって。もしかしてそんな関係性なのかなぁと思いまして…」
メルティーさんが顔を赤くし、もじもじしながらも、一生懸命にしてきた質問に対して、
「っ…そんなことしてない!」
これまた、顔を赤くして、美月は答えていた。
「………ははっ」
メルティーさんの突拍子もない質問と美月の態度に少し俺は頬が緩む。今まで俺たちの関係を知っている奴らは、俺とミツキの関係を、触れるべきではない地雷のような扱いをしていた。
そんな中、久しぶりに俺たちのことを男女の関係として、触れ、いじってくれるメルティーさんがとても久しぶりで、うれしかった。
けどそれ以上に、美月が俺との関係について、触れられた時、恥ずかしがっているのがうれしかった。まだ俺のことを忌むべき奴ってだけじゃなくて、少しでも、異性として見てくれているかもしれない…そう思えたことが一番俺の心を躍らせた。
「ウソです!ずっとトオル様のお顔を見つめていらっしゃいましたよ!あんなの私じゃなくても、感づいちゃいますよ!」
「違うって言ってるでしょ!あと初対面なのに失礼じゃないですか!」
「仕方ないじゃないですか!私も女の子なんですから、人の恋模様が気になるんです。そんなお年頃なんです!」
「あぁ、もう!」
「さぞ現在もラブラブなんでしょうね!羨ましい!」
「っ………だから…もう違うんだって…」
メルティーさんの『現在も』というワードで、美月の口調が何かを思い出したように、急に暗いものになっていく。美月のそんな様子に俺は心当たりがある、それは俺たちがもう二度と繋がれないことを明らかにし、別れてしまったあの時の様子そっくりだった。
「ミツキ様………トオル様、本当に私が想像しているご関係ではないんですか?」
これまで散々空気を読まず、興味津々な態度だったメルティーさんでも美月の様子から、少し落ち着き、申し訳なさそうな顔になる。
「…本当に俺たちはその…違うんだよ」
そんな美月の態度に俺も、苦虫を嚙んだような顔をしてしまう。メルティーさんにこんな顔を見せたら気まずくさせるだけなのに…
「そうなんですか…てことは、二人とも思い合っていらっしゃるのに、告白できないそんなご関係でしたか!私なんて不躾な事を!」
けど予想に反して、メルティーさんの表情は、またすぐさま可愛らしい天真爛漫な顔に戻ってしまった。
「えっ…いや」
「分かりますよ…私も伊達に恋愛小説を読み漁っていませんから!あぁなんて素晴らしい関係性なんでしょうか!」
「だからっ!そんなんじゃないって言ってるでしょ!」
そんないい意味で空気を読まないメルティーさんに引っ張られているのか、美月の顔も、嫌々ながらも、本気で怒っておらず、どこか明るさを感じさせるような表情になっていた。
「つまり、もっと進んだ関係という事ですか!?私ずっと、こちらで聖女として修業していたので、そういったことに疎くて、もしよろしければ聞かせてもらえませんか!!」
「だから、あぁもう!徹も何か言ってよ!」
「ぷっ…くく…いやぁ、本当にメルティーさんいい人ですね。空気は読めないですけど」
そして俺もそんなメルティーさんに引っ張られているのだろう…転移する前だったら、こんな風に美月との関係性を茶化して、笑うなんてできなかった。メルティーさんと出会えてよかったかもしれない…異世界転移してよかったかもしれない、そう思えた。
「そうですか?私これでも精一杯空気読んだつもりだったんですけどね………」
「メルティーさん何か言いましたか?」
「いえ、何も。」
「………?」
「では一通り説明も終わりましたし、トオル様、ミツキ様こちらにいらっしゃっていただけますか?実は、転移者が現れたら、エルディア王に謁見させろと言われていまして」
そう語るメルティーさんは俺たち二人の関係性を意図に介さず、底抜けの明るさと、純粋さで俺たちを王の待つ城へ引っ張っていく。
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