44人目

高鍋渡

これは救いか、それとも報いか

 本編の前に必ず紹介文をお読みください。




















 葬儀が終わると束の間の悲しみから解放されたクラスメイト達がそれぞれの帰路につく。


 直帰して勉強に励む人、部活に向かう人、遊びに行く人、色々な人がいるが、彼女の死を今も悼んでいる人はいない。


 仕方のないことだ。彼女は高校三年生の四月、三年生に進級すると同時に私たちのクラスに転入してきて、一日登校して、一日欠席して、そして自殺したと聞かされたのだから。


 誰も彼女のことに詳しくないし、思い入れもない。


 仲良くなる前にいなくなってしまったのだから、クラスメイトと言えどただの他人が死んだだけ。担任に言われて律儀に葬儀には出席したけれど、その場の重苦しい雰囲気や涙を流す彼女の家族の姿を見て束の間の悲しみを抱いただけで、葬儀が終わってしまえば心には何の感情も残っていない。


 ここ数年、中高生の自殺や事故死の件数が増えているというニュースにも、彼らはどこ吹く風という表情のようだ。 


 私は違う。


 名前の付けようもない感情が心の中でずっと渦巻いている。


 

 私はいじめを受けている子から相談を受けることが多かった。優しいように見える上に話しかけやすいオーラでも出ているらしい。それにいじめられている子にはこちらから積極的に話しかけるようにも心掛けていた。


 だっていじめなんて卑劣な行為は許せないし、苦しんでいる人は救ってあげたい。

 

 そんな信条のもとに、私は高校三年生になるまでに四人の背中を押してきた。






 彼女は転校前の学校でいじめられていた。いじめられっ子特有の自信のない表情、強く当たると動揺する仕草、小さな声。すぐに分かった。


 だから私は、登校初日である始業式の日に彼女に一番に声をかけた。


 午前中で終わったその日の午後、帰り道にある喫茶店で彼女の話を聞いた。


 彼女は引っ込み思案な性格が原因で高校一年生の頃からひどいいじめを受けていた。無視は基本として、メッセージアプリのグループではあることないこと彼女を卑下する噂をたてられ、SNSでは誹謗中傷が行われていた。


 机やロッカー、下駄箱にいたずらをされるのは毎日のことで、授業で彼女が指名されると必ずと言って良い頻度でこそこそとせせら笑う声が聞こえ、体育の授業ではわざとボールをぶつけられた。


 男子生徒の間では彼女に嘘で交際を申し込み、彼女が動揺している間に性行為を行うことを匂わす言葉をかける遊びが流行り、女子生徒の間では隠し撮りした彼女の顔写真を面白おかしく――加害者的には綺麗に――加工した写真をメッセージアプリのクラスのグループに流す遊びが流行った。


 周りの大人に相談することができず、彼女はそんないじめを一年半の間耐え続けた。



 決定的なことが起こったのはその後だ。


 ある日彼女は数人の女子生徒たちにトイレに連れ込まれ、羽交い絞めにされて服を脱がされ、胸や性器を露出した写真を撮られた。もちろん顔も写っている。「この写真を全世界に公開されたくなかったら……」というお決まりのような脅迫を受け、金銭を渡すように要求され始めた。


 彼女は学校を休むようになり、これまでのいじめ行為が明らかになった。


 加害者たちは退学となったが彼女はその後も学校には通えていない。何故なら退学となった加害者というのはトイレで無理やり写真を撮る行為に加担していた者だけであり、それ以外の加害者たちは全くのお咎めなしのままこの件は終わってしまったからだ。


 いじめを公にしたくない学校側の思惑とせめてもの罪滅ぼしにより、その後の半年間をすべて欠席しても進級できるようになり、そのタイミングでこれまで住んでいた家から遠く離れた祖父母の家に住み、この学校に転校することになった。



 私は加害者のことが許せなかった。


 いじめを受けている間はずっと死にたいと思っていた。と彼女は言った。学校を休むことになってからはその気持ちも段々と薄れるようになってきたが、今でもふとした時に死にたいと思う瞬間があるのだと言う。



 死にたいと思った時には私が駆けつけて救ってあげるからいつでも呼んで欲しい、と言って連絡先を交換し、彼女をいじめた加害者たち総勢十八名の氏名、その他彼女の知りうる個人情報を教えてもらい、その日は別れた。


 翌日、彼女は登校しなかった。



 その日、学校が終わったタイミングで彼女から連絡を受けた。今、死にたいと思っているらしい。


 彼女の祖父母の家の近くにある公園で彼女と落ち合い、彼女の手を取ってしばらく歩いた。


 人気のない貯水池の近くまで来ると私は彼女に聞いた。


「今も死にたいと思ってる?」


 彼女は頷いた。


 だから私は、彼女の背中を押すことにした。


 もがきながら私に助けを求める彼女の表情は理解できなかった。





 私の両親はすでに他界しており、私は叔父夫婦に面倒を見てもらっているという体で両親が残したマンションの六階の一室で一人暮らしをしている。


 葬儀から帰る途中で花瓶と白百合の花を一輪だけ買ってきて、日当たりの良い部屋に置いてある四本の白百合と二十本の黒百合の仲間に加えてあげた。部屋に敷き詰められた花瓶とその花瓶に一本ずつ生けられた百合の花たちは私の人生そのものだ。

 


 さあ、旅の準備を始めよう。


 今度は長い旅になりそうだ。



 私が荷造りをしているとインターホンが鳴った。部屋の扉の前を確認すると、人がいた。ただの女子高生相手にいかつい大人が四人も。



 私は用意していた花瓶に造花の白百合を一輪挿して、ベランダに出る。


 柵を乗り越えて体を宙に放り投げた。


 

 これは救いか、それとも報いか。


 答えを出す前に私の意識は途切れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

44人目 高鍋渡 @takanabew

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説