第4話 魔法使いの条件

 これはまだミッドナイトのパーティメンバーが二人だけだった頃の話である。

 ギルドのメンバー募集の掲示板の中にミッドナイトの募集要項も混ざっていた。けれど、スライの判断で殆どは不採用となっていた。その理由はフォーにも説明がなかった。応募してきた者の中にははっきりとした理由を説明されない為、不満を持つ者もいた。スライはそれすらも無視して自分のものさしに頼っていた。

「これじゃあ、いつになっても増えないわよ」

 近くの食堂で食事中、唐突に降ってきた。

「いないからな」

「何が?」

「使えそうな魔法使いが」

「そう」

 それ以上聞いてもいつも通りの繰り返しであった。湯気が立っているうちにフォーは目の前にある食べ物を口に運んだ。

 それからしばらく応募してくる者は誰もいなかった。会って数秒で不採用を告げられた例から実技テスト魔法を全て的に当てられたにも関わらず不採用を告げられた例まで伝わり、そもそも誰も採用する気はないのではという憶測が巷間された。日が経つに連れて二人も募集要項を掲示板に貼ったことすら忘れていた。

 一か月が経とうとした辺りで一人の魔法使いが掲示板の前に立ち止まっていた。肩まである茶髪の女の子が立ち止まっている姿を受付からエアが見つめていた。右手に杖を持ち、裾がボロボロになったマントを羽織った姿から魔法使いであることは理解できた。だが流石に入ろうとは思わないだろうと高を括っていた。

 するとその魔法使いは募集要項を手に取り、エアのいる受付まで持ってきて口にした。

「このパーティは何処にいるかわかりますか?」

「今日は……夕方になればここに来ますよ」

 エアは手元にある書類を見ながら聞かれたことについて答えた。

「わかりました」

「夕方ギルドに来ればいいですよ」

「待ってはダメですか?」

「いいですけど……時間かかりますよ」

「構いません」

 時刻はまだ昼間であった。ここから何時間と待つことになるが魔法使いはそれすらもいとわないという立場であった。変わり者がやってきたという認識のみを残してエアは放っておいた。どうせ途中で飽きて何処かへ行ってしまうだろうと思っていた。エアも他の受付嬢と受付を交代し一度席を離れていることから、魔法使いがどうしている確認していなかった。

 夕刻になり、エアは交代で受付に就くことになった。そのタイミングでフォーはギルドを訪れた。二日かけてハマナから北西にあるカワラという町まで往復した帰りに寄ることは決まっていた。変わり者の魔法使いはまだいた。

「来たのね」

「依頼は無事終えたわ」

 そういってフォーは書類を渡した。

「あと募集要項を見て入りたいっていう魔法使いが来ているわよ」

 フォーはエアの指した方を振り向いた。魔法使いは何かを待っているかのような顔で立っていた。

「スーちゃん呼んでくる」

 そういってフォーは建物から飛び出していった。数分するとフォーはスライを連れて戻ってくる。二人は魔法使いの元へゆっくりと近づいていった。魔法使いはそれに近づき二人の方を振り向く。スライと魔法使いの目が合った途端何かを感じているとエルは思いながら見ていた。

「あの、二人がミッドナイトですか?」

「そうよ、私はフォー。こっちはスライ。貴方は?」

「パームと言います。魔法使いです」

「魔法を見せて」

 突然前触れもなく、スライは口にした。直感が確実に当たっていると判断したかのように積極的に動いた。

「はい」

 三人はギルドを出て、近くにある空き地へと向かった。的は敷地の端に横たわっている看板を地面に突き刺した。スライが的から離れたところに靴で線を引いた。

「ここから撃って。魔法はなんでもいい」

「はい」

 スライの引いた線に片足を置き、もう片方の足は後ろに下げた位置に立っている。身長と同じ長さの杖を両手で持って先を対象である的に向けた。メゾソプラノとアルトの間から出される演唱が響いた。

 杖の先から手のひら程の大きさの楕円が構成されていく。魔力弾はどの角度から見ても均一に偏りがなかった。杖から琥珀色をした楕円が放たれると的に到達する間、失速せずに一点を貫いていく。的は中心の赤い丸をくりぬいた。

 同じように二枚目、三枚目とパームは楕円型の魔力弾で的の中心のみを撃ち抜いていった。

 これまでと変わらない。同じように的を破壊した者は十人弱いた。けれど、スライにはその十人弱とパームは別物に見えていたのであろう。

「合格」

 意外な答えであったか。いや、表情がいつもより緩んでいる。まるで本物を探し当てたかのように。フォーはスライの表情を見てそう感じ取っていた。

「ありがとうございます」

 その後はギルドに戻り、詳細な内容を三人で詰めていった。椅子があり、テーブルがあり、何より一番は公的な証人をすぐ近くにいるということであろう。パームから特にこれと言った要望はない。話し合いが終わると三人はその場で解散となった。

 フォーはパームとギルドで別れた後、スライに対して合格にした理由が気になっていたが尋ねなかった。理由はわからないがスライが追い求める理想に近づいている。それを考えれば追い求めている可能性のある魔法使いの基準はおおよそ想像がついた。




 スライは幼少期の頃からある剣士に憧れを持っていた。それはかつて大陸の北にある魔王軍を壊滅させたテイラーと呼ばれるパーティの剣士タカであった。タカの伝説を聞くたびに心躍らせる姿が当時のスライであった。

 タカは剣術の天才と呼ばれていた。剣の動きに一つの無駄もない上、どの方向からでも相手の攻撃に対応できる隙の無さ、自身の軸もぶれずフォームも崩れない姿は全ての剣士からの追い求めている物を全て手に入れた理想とまで口にされていた。

 そんな人物にスライは幼少期出会っていた。タカの年齢は既に七十を超えていた。晩年のタカは患っていた病の影響から表舞台に出て来ることは殆どなかった。しかし剣の腕は衰えることはなく、近隣の住民から要請があれば魔物を討伐し、時には子供たちに剣を教える事すらあった。スライもその中で一人の子供として剣を教えてもらったことがあった。

 スライの剣さばきはタカに共通する点が幾つかあった。本人は口にしないが、似せている部分があるのであろう。スライが故郷を出て冒険者になった理由もそこに通ずるのではないか。そうフォーは考えている。

 タカには後衛で自らを援護する魔法使いが存在した、タイムと言う名のエルフの魔法使いであった。スライの求める魔法使いはタイムであったのか。しかしタイムとパームには魔法使いとしての違いは数えきれないほど存在した。

 それではなぜ一体パームをパーティに入れることを選んだのか。フォーはしばらく考えて自分で答えが出るまでスライに聞くことを避けていた。




 数日経ってから、三人で依頼を受けた後に食事に行くこととなった。パームからの誘いであった。こういった所でスライは応じることは滅多にない。けれどその日のスライは断らなかった。

 食事も中盤になりパームは唐突にフォーがしまい込んでいたことを尋ねた。無神経な所もややあるパームであったが、パーム自身に悪気はなかった。

「どうして私をパーティに入れたんですか?」

 一度目を見開いたスライは持っていたグラスを卓上に置いた。その間は冷たい風が一気に通り抜ける。聞いてはいけないような気がしていたフォーは気まずい顔をしていた。だが、スライは一瞬だけ透かしたように笑みを見せて答えた。

「別に好き嫌いとかじゃない。求める魔法使いは一番強いのが欲しい。パームの魔力弾は力が全て乗っかっている割に失速せず最後まで的に向かって走っていく。そんな魔法使いはあんまりいないんだ」

 スライは珍しく褒める言葉を口にした。その言葉からは何か本質が見えているかのようであった。その言葉の意味は後になって理解できるようになるとまだ二人はわかっていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る