第3話 回復術士の休日

 ナックは自らパーティの守りを担うと口にした。

「出来る?」

 フォーはナックの目を見て言った。ナックはパームと同様に防御魔法を使うことが出来るが、パームと比べて防御力は多少低い。スライやパームよりもパーティ内で動くことを意識するナックは自己犠牲を払っても受けようとする癖がある。

 パーティの中であれば無理をする。その姿勢は悪くないが、フォーにはもう少し自分を大事にして欲しい側面もあった。

「出来ます」

「じゃあ、お願いナック」

 間髪入れずにスライは返した。スライはスライなりにナックを頼りにしている。パームは残りの魔力を使って攻撃に転じることとなった。

「スーちゃん」

「ん」

「私が攻撃して注意を引く。だからこれ飲んで好きにやって」

 そういってフォーが投げ渡した瓶は青色の液体が入っている。どこでどうやって手に入れたのか容易に想像がついた。

「一時的なスピードアップのポーション。効果は本当にすぐ切れる。今はそれしか持ってきていないから。でもスーちゃんならそれだけあれば足を斬ることは容易でしょ」

「よく言うよ」

 普通の剣士であれば無理難題な注文である。けれど、フォーはスライの身体能力や剣術を考慮して厳しい注文を平気で行う。

 フォーは矢を放った。口を開きそうなサラマンダーに向かって首元を狙った。サラマンダーは前足を出して首に矢が当たらないようガードした。サラマンダーの視線はフォーに向いている。スライはフォーと反対の方向からサラマンダーに向かって走り、サラマンダーの腹の下に滑り込んだ。滑り込むと同時に関節部を切り裂いていく。サラマンダーはバランスを崩して倒れこむ。スライは尻尾側から脱している。

 サラマンダーは腹を完全に地面につけ動けない状態になった。攻撃手段は一つしかなくなった。

「パームちゃん」

 サラマンダーが口を開いた。それに合わせパームは杖の先端をサラマンダーの口に向けて魔力弾を放った。風を切るように飛んでいく魔力弾はサラマンダーの体内に入り込んで爆発した。爆風が周囲を覆いこんで辺り一帯を見えなくした。

 爆風が収まって周囲を見渡すと大破したサラマンダーの死骸が目の前にあった。

「スーちゃん」

 床に座り込んだスライが尻尾を蹴って現われた。サラマンダーの尻尾で爆風が当たらないようにガードしていた。

「大丈夫だ」

 サラマンダーはパームの魔力弾が体内で爆発したことで倒された。その日のうちにサラマンダーを解体し、売ることが出来る素材等と処分する物に分けた。

 夕方前にフォーとナックはギルドへ向かい、依頼完了の報告とサラマンダーの体内にあった魔石を提出した。その間、パームはスライを泊っている宿屋に運んだ。




 翌日は休養日となった。スライの負傷度合いを考えて、ここ何日かは依頼を受けることは難しいというフォーの判断であった。

 フォーの泊っている部屋の前でスライを覗く三人は今後のスケジュールを話した。スライが出られない以上三人で受けられる依頼は大きく限られる。前衛のいないパーティでは殆ど行えることはなかった。

「と言うことよ。二人には悪いけどしばらく休止にしてくれる」

「わかりました」

 二人は了承した。

「一応、二人が一時的に別なパーティに加入することや依頼を受けることを認めるけど」

「私もしばらく休みます」

「私も」

 二人は特に別なところで冒険者を続ける気はなかった。どちらかと言えば報酬よりもパーティのやり方を重視していたからであった。ナックは特に他でやろうとも考えていなかった。

 休みとなれば時間に余裕が出来る。ナックはハマナの中心部にある魔導書を扱う店に出入りしていた。宿屋から少し歩いた曲がり角に店はあった。鈴が取り付けてある引き戸を開いてナックは店の中に入った。

 自分の身長よりも高い棚を見上げながら、使えそうな補助魔法を探していた。ナックは攻撃魔法が殆ど使えなかった。その反面、それ以外の魔法は大体使うことが出来た。特に回復魔法は瀕死状態に近くても全回復が出来る効果を持っていた。スライがナックをパーティに入れた理由は回復魔法であるとナックは自認していた。

 回復魔法以外は殆ど戦力ならない。足もさほど速くない。隊列を組んだ行動では遅れを取ることが多かった。他のパーティでは通用しない。そう言った考えがナックの脳裏で循環していた。

「身体強化」

 対象の相手を能力強化する補助魔法は幾つか持っていた。だが、数あっても使う機会は限られる。

「他の能力強化」

 焦りはあった。基本的に戦闘になれば殆ど戦力にならない実態は一番理解していた。真後ろで三人の援護を行うのみで攻撃はしない。防御はパームが行うことが多かった。ナックが防御魔法を使用する場合は全体の一割に満たなかった。

 補助魔法が記された本は攻撃魔法と同じ割合で存在した。だが、魔法使いの世界では近年攻撃を重視する傾向が見られた。その中でもこの店は魔導書を同じ数だけ扱っていた。ナックにはこの店は自分の適性に合う魔導書が町の中では一番多く揃っていた。

「あの子、よく来ますね」

 奥で若い店員が店主に向かって話した。店主はデスクに向かって魔導書の背表紙を修理していた。

「あの子がいるからこの店は畳めないんだ」

 かれこれ長いこと店を営んできた。いつの間にか顔にはシミが出来ていた。目も少しずつ衰えて作業を行うには眼鏡が必要になっていた。それでも店に入ってくる客がどのような目的かすぐにわかってしまう。ナックは見た瞬間に攻撃型の魔法使いではない理解した。

「あの子は攻撃を使えない」

「それって魔法使いにとって致命的じゃ……」

「昔はそう言った魔法使いは多かった。本当は珍しいことじゃない。でも、今は流行りの都合攻撃魔法に特化した魔導書専門店も多い。その中でうちを選んでいる。嬉しいことだよ」

 ナックは魔導書を三冊買って店を出た。外の空は灰色の雲で覆われていた。買った魔導書を持っていた袋に入れて宿屋まで帰っていった。

 宿屋に戻るとまずスライが泊まっている部屋のドアをノックした。スライの声が聞こえるとナックは部屋に入っていった。

 スライはベッドに横たわっていた。起き上がることは出来るが外に出られる状態ではなかった。

「どうしたのナック?」

「怪我の具合はいかがですか?」

 スライは撒いてある包帯を取ってやけどを負った両腕を見て答えた。腕にはまだ火傷の痕が残っている。

「大丈夫だよ」

 客観的に見て大丈夫ではない。だが、スライはあまり痛がるような顔を人に見せるタイプではなかった。

「一応、回復魔法をかけておきますね」

「ありがとう」

 ナックは持っていた袋を壁に立てかけ、両手をスライに向けて回復魔法をかけ始めた。スライは手から離した袋に目が行った。内容はわからない。だが、表紙の文字はちょっとだけ見えた。何がかかれているか大体想像できた。

「ナックほど回復魔法に長けた奴はいないよ」

「そうですか?」

「ああ、少なくとも私は見たことない。大抵の回復魔法を使える魔法使いは体力の半分程度しか回復出来ない。でもナックは過半数までを一度に回復できるだろう」

「そうですか」

 少しだけイントネーションが上がった。これが気休めになるかはわからない。でもナックは自分が戦闘で活躍出来ないということを気にしている。口下手なスライにはこれ以上どうすればいいか難しいことであった。

 ナックは回復魔法をかけるとスライの泊っている部屋から出ていった。ドアが閉じるとスライは頬杖をついて少し考え込んだ。

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