第2話 サラマンダリング
四人は朝からギルドの依頼を受けて、近郊のダンジョンではなくハナマの地下水道にいた。最近地下水道に魔物が住み着いた影響で水質が悪化しているとのことでギルドを通して依頼があった。だが、受けるパーティが中々現れないことで受付所のエアは丁度ギルドに仕事を探しに来ていたフォーに押し付けるようにして依頼を受けさせた。
地下道の中は暗い上に天井が低く作られている。水深は半分程度であるが湿度が高くやや蒸した環境であった。清掃がしっかりされていない為、歩けるように整備された床はべたついていた。
「フォー」
「何?スーちゃん」
「この感じだと……サラマンダーかも」
先頭を歩くスライが立ち止まってしゃがみこんだ。手振りでフォーが持っていたランタンを床に近づけさせた。床に点々と付着している油を指で触って三人に見せた。
「ここ水辺ですけど」
「一応ね」
ナックの指摘する通り、濁っているが水路がある。炎を使うサラマンダーには不利な環境であった。
「サラマンダーは変温生物だから」
四人は油の垂れた床を辿るように進んでいった。通路を右に曲がった先は悪臭のこもった場所であった。きつい匂いにフォーとナックは反射的に鼻をつまんだ。スライは腰に挿している剣の柄に手をかけていた。
「敵は一体だけじゃない」
奥から物がこすれる音が聞こえた。地べたを這いずり回って暗闇から敵が現われた。
「ネズミだ」
そういって跳びかかってきたネズミをスライは一振りで両断した。衛生環境がとても良いとは言えないこの場所でネズミは大量発生していた。
「スーさん下がって」
パームが前面に出て炎の魔法を演唱した。敵の方へ向けた杖の先から溢れるばかりの炎が噴き出して、目の前を一気に焼き尽くした。
向かってきたネズミの群れは全て焼き尽くされたと考えられる。ランタンを持っていたフォーがスライと一緒に確認したが、炎が通った先は全て焼け焦げたネズミの死体のみが転がっていた。
「大丈夫そうね」
「ありがとうパーム」
そういってスライは帽子の上からパームの頭を撫でた。いつもこのようにスライはパームを褒める癖があった。パームも悪い気がしなかったからかパーティを組んでからずっとこの調子であった。
サラマンダーは地下水道の奥に生息していると考えられる。ネズミ以外にもスライムや小型の魔物が四人に立ちはだかった。衛生面の悪い場所に生息している為、どんな菌を持っているかわからない。極力敵には触れずに退けながら先を進んでいった。
四人は地下水道の最深部に辿り着いた。だが、サラマンダーの姿はそこにない。全体的に湿度の高いじめじめした空間の中で隅から水滴が垂れる音が聞こえていた。
「いませんね」
「いや、上にいる」
ナックとパームは天井を見上げると、張り付くようにサラマンダーが天井にいた。
「こちらの気配は察知済み。だから天井に張り付いて油断した隙を攻撃するつもりだったってことでしょ」
「そうね。サラマンダーに襲われるパーティは大抵死角からの攻撃。これはどう見ても炎属性だから水辺に隠れることは不可能。だからと言ってあの巨体では長い時間天井に張り付いていられない。すぐに落ちてくるわね」
フォーの読み通り、サラマンダーは天井から四人の前に飛び降りた。その影響か立っている地面が大きく揺れて四人の動きを一時的に止めた。大きく口を開いた姿を見てパームは防御魔法を展開した。四人を覆うドーム型の障壁はサラマンダーが吐く炎から守った。
威力の強い炎は周囲を一瞬で火の海に変えられる程であった。湿り気がある分少し威力が衰えたと考えても、ノックバック効果でもない限りパームの繰り出すドーム型の障壁が後退することはない。
サラマンダーが放射攻撃を止めるとパームは防御魔法を解除した。スライは腰の剣を鞘から抜き、フォーは矢を手に取って弓を射る構えを取った。
「アジリティ」
ナックはそう言いながら右手に持っていた杖で地面を突いた。周囲にいる三人の身体が光輝いて、能力を上昇させた。
「スーちゃんは前衛で敵を引き付けて。パームちゃんは防御でナックちゃんを守って」
「ナック、盾ちょうだい」
ナックは背中を覆うように背負っていた丸型の盾を左手で持って、前にいたスライに手渡した。
「どうぞ」
「ありがと」
「奴の炎を受けたら黒焦げだ。二人共気を付けて」
「はい」
前衛にスライが一人、後衛にパームとナック。右にフォーがスライの援護射撃をする布陣を取った。サラマンダーはスライに視線が集中していた。それを見てフォーが矢を放った。
矢はスライの横を通り、サラマンダーの前足に刺さった。身体はそこまで硬くない。フォーに視線が動いたサラマンダーを見て、スライは間合いを詰めて剣を振った。寸での距離で剣先は躱されてサラマンダーにはかすりもしない。しかし、スライは即座に反応して返すように剣先でサラマンダーの首を斬りつけた。サラマンダーはそれほど深い傷を負っていない。
サラマンダーは後ろに飛び跳ねて着地した振動が四人に伝わる。振動の影響で動けない状態からサラマンダーは口から炎を噴射した。
「間に合わない」
スライはサラマンダーと間合いを詰めた影響で三人と距離が離れてしまった。パームの防御魔法を展開できる範囲外にいた。振動による攻撃でスライは後ろに下がることは出来なかった。
「盾がある」
向かってくる炎に対してスライは盾を向けた。盾は身体と上半身がやっと守れる程度の大きさであった。炎はスライを覆いつくして三人が中にいるドーム型の防御障壁に直撃した。炎は先程よりも威力が衰えている。だが、スライは炎の中に飲み込まれたことも事実であった。
「スーちゃん」
炎の噴射が収まると三人の目の前にスライが何とか立っていた。けれど、炎によるダメージを大きく受けている。胸当ては黒く焼け焦げている。服は所々破け、炎が当たった肌はやけど状態となっていた。無事であったのは腰部のバインダーくらいであろうか。
スライは持っていた盾を捨てて、背中を向けずにゆっくりと後ろへ下がっていった。サラマンダーの注意を引くため、パームが魔力弾をサラマンダーの手前の地面にぶつけた。煙を巻き上げている間に、フォーとナックがスライに駆け寄った。
「回復魔法をかけます」
フォーの肩を借りてしゃがむスライにナックが回復魔法をかけた。スライのやけどは見える限りで治っていく。スライが何とか動ける程度まで回復すると三人はパームのいる方へ後退した。
「奴は身体が重い。その分俊敏性は無い反面、ジャンプで着地して振動を起こすことでフィールド上にいる敵にダメージを与えられる」
「近づいても離れても狭い空間だから炎を噴射することでカバーしているわね。だけど、普通の矢を通すから身体はそれほど硬くない。パームちゃんの魔法攻撃なら一撃で倒せるけど振動攻撃がネックよね」
「飛び上がらせない」
「どうやって?」
「私が間合いに入って、関節部を切断する」
「それではまたスーさんは黒焦げになります」
「そうよ。これ以上炎を浴びることは危険よ」
作戦は決まらない。パームは防御魔法を展開した際に障壁を削られたことよって魔力をだいぶ消耗していた。スライは何とか回復魔法で動ける状態まで回復しているがいつも通り戦える状態とは程遠い。手持ちの盾は溶かされた為、炎から身を守る手段はない。いくら足の速いスライでも範囲の広い炎攻撃を回避することは不可能である。
「守りは私が何とかします」
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