リビング・ファンタジスタ

枝野 清

第1話 地底湖の怪物

 ナデシコ地方ハナマ近郊にあるダンジョンにて四名のパーティがギルドから依頼を受けて調査を行っていた。前衛の剣士を先頭に射手、回復術士、魔法使いの順に隊列を組んで進んでいた。

 進んでいる洞窟は五十年振りに通行が可能になったルートであった。一度大雨で崩れ、通行不能となっていたが、ひと月前に付近で爆発が起こったことで塞いでいた岩が崩れて通行が可能となった。

 ギルドはそれを受け、現状の状態を把握するため冒険者パーティに調査依頼を出していた。

 再び通行可能となったルートはなだらかな下り坂が続いていた。道幅も狭く、背の高い人が何とか通れる高さであった。少し湿った洞窟内で四人は慎重に進んでいった。

 先頭を歩く剣士が足を止めた。後ろの三人もそれに合わせて足を止めた。剣士の見える先には大きな地底湖が存在した。剣士は周囲の確認を怠らなかった。

「スーちゃん、何かある?」

「いや、大丈夫かな」

 そういって四人は洞窟から広くて大きな空間に出た。正面には深くて大きな湖が広がっている。水面から底を見ることは出来ない。

 魔法使いと回復術士は砂利の地面でくつろぎ始めていた。射手もその空気に飲まれているが、剣士は警戒を怠らなかった。

「完全に気が抜けないんですね」

「スーちゃんはいつもよ」

 回復術士は射手と遠くにいる剣士を見て口にした。それと対になるように魔法使いは気が抜けている。まるでピクニックに来ているかのように警戒心がなくなっていた。

「対照的ね」

「そうですね」

 いつものことであった。パーティを結成してからずっと同じである。

 ここから先はほとりを歩いていくと何処かに続いているか考えられるが、射手が持っている地図には地底湖すら載っていない。地図上では洞窟は真っすぐの道が続いていた。現在地の地底湖と見られる場所は地図上では二階層下であった。

 射手は地図と現在の相違を持っている地図に書き込んだ。下り道になっていることを考慮すると洞窟は崩れた可能性があった。剣士と回復術士は射手が地図に書き込む姿を覗いていた。

 後ろで水面が揺れた。水滴が一粒落ちた程度の揺れであったが、剣士は素早く反応して柄に手をかけた。視線は湖の方を向いている。それに気づいた回復術士が声をかける。

「どうしたんですか」

「深くにいた主が現われる」

 濃青の水辺からゆっくりと巨大な身体が浮かびあげるように現れた。球体のような胴体に複数ある長くて太い腕。この湖に生息する主であった。

「クラーケン」

 射手が立ち上がって口にした。剣士は既に剣を抜いていた。このまま何も言わなければ攻撃に動くであろう。その反面後衛はまだ隊列が出来ていない。制止するように射手は指示を出した。

「こちらが侵入した敵」

「ええ、わかっているわ」

 状況を瞬時に理解した剣士はすぐに動かない。それを確認して後ろにいる二人に指示を出した。

「パームちゃん、ナックちゃん防御態勢に入って」

 横になっていた魔法使いが杖を頼りに立ち上がった。回復術士も準備は出来ていた。持っている杖の先端をクラーケンの方へ向けていた。

「戦う?」

「いや、撤退が優先だろう。一本の腕でもだいぶ筋力はある。当たらなければ何とかなるかもしれないけれど、直撃すれば近くの壁まで軽く叩きつけられる。防御魔法があっても後退は避けられない。私が引き付ける。まずはパームとナックを洞窟に戻して」

「わかった」

 射手と剣士の話し合いが終わり、射手は背を向けずにゆっくりと下がって、後ろにいる二人に撤退の指示を出す。

「二人共、スーちゃんが引き付けている間に元来た道を引き返して」

「スーさんは?」

「大丈夫よ、パームちゃん。スーちゃんなら」

 射手と剣士はお互いをわかっているからこそ信頼していた。こういったときにもどのようにして動くかわかっている。射手の言葉を信じて、魔法使いと回復術士は元来た洞窟へ引き返し始めた。

 クラーケンの長い腕を躱しながら剣士は敵を引き付けていた。クラーケンの腕をよけながら剣で叩くように攻撃していく。剣士は何かを読み取ったかのようにいつもとは違う戦い方で戦っていた。

 洞窟の入り口まで退避した三人は剣を振るって戦う剣士の姿を眺めていた。その剣筋はいつもよりどこか生き生きとしていた。

「なんでしょうね」

「さあね」

 撤退の完了を知らせるべきか否か。射手は一瞬だけ迷っていたが本来の目的は撤退であった。戦いを見て目的を忘れるところであった。

「スーちゃん、戻って」

 洞窟の中から張り上げた声が聞こえた。それを耳にしつつも、剣士はクラーケンとの戦いを止める手段がなかった。触手を使った攻撃は徐々にスピードを増していく。相手は少しずつギアを上げていた。

「援護します」

 そういって魔法使いはクラーケンに向けて杖を向けて魔法を繰り出そうとしていた。しかし、射手は手のひらを見せて魔法使いを制止していた。

「それではスーちゃんに当たる可能性がある」

「ですが」

「スーちゃんは横槍を嫌うわ」

 剣士は冒険者によくいる職人気質があった。自分以外を前衛に置かない配置は剣士の強い希望からであった。その代わり剣士は二人分の動きを完璧に行っている。

「それに、ここで私たちが戦っても勝てない」

 射手もクラーケンと戦って勝てないことを理解していた。少なくともこのダンジョンが崩れた頃からこの湖に住み着いている。数百年と生きている相手の体面を見ると魔法攻撃にある程度半減できる皮膚になっている。敵うレベルではないと判断していた。

 クラーケンの触手攻撃が収まると剣士は足元の砂利を蹴って舞い上げた。それから剣を胸元に構え、水面ギリギリを狙うように剣を横に振った。剣から斬撃波が飛んで水面を割くように飛んでいく。クラーケンは当たることを察知して水中へ潜った。

 剣士はそのタイミングを見計らって、三人が先に避難した洞窟へと戻っていった。

「逃がすのですか?」

「今はね」

 そういって剣士は元来た道を戻っていった。意味深な言葉を残していった剣士に回復術士と魔法使いは違和感を覚えながら剣士の後ろを歩いていった。

 ダンジョンを抜けて町まで戻ってきた四人は直接ギルドまで歩いていき、依頼の報告を行った。ギルドは大通りに面した町の中心部にあった。三段の石段を登り射手と剣士が正面の扉を開けた。もうすぐ日が落ちる時間帯はギルドの中にいる人も少ない。

 四人は真っすぐ歩いて、正面にある受付に向かった。受付にはいつも担当してもらっている受付嬢のエアがまだいた。

「お帰り。珍しいわね、四人そろって」

「直接来たからね」

 普段は射手が一人で来ることが多い。たまに回復術士を連れてくることもあるが四人で来ることはさほどなかった。

 射手が報告を済ませ報酬を受け取った。ダンジョンの状態はギルドの思っている通りであった。ただ、一部が抜け落ちたという点や地底湖に繋がっている点は想定外であったと考えられる。

 報酬を渡したエアは後ろにいる三人を見て口にした。三人をまとめ上げる射手の苦労をねぎらった。

「それにしてもフォーもよくまとめあげたわね」

「まとめるのは私しかいないでしょ」

「それもそうね」

 回復術士のナックでは気弱すぎてまとめることが出来ない。魔法使いのパームは慎重さや冷静さが足りない。剣士のスライは自分の世界に入り込みすぎるところがある。そんな中、射手のフォーは消去法でパーティのリーダーを務めているに等しかった。

「私しかいないからね」

 そういってフォーは報酬を持って受付を後にした。後ろで待っている三人の元へ向かっていった。

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