帰り道

帰り道

　幼少の時分においては、隣家に住んでいる彼女と共に行動することが多かったが、成長し、互いに友人が出来るようになると、顔を見る時間が減っていった。

　それでも、隣家に住んでいることが影響しているのか、学校からの帰り道が一緒になることは多かった。

　だが、会話の内容といえば、当たり障りの無いものばかりだった。

　何故なら、我々が知っている相手は、幼い頃の姿だったからである。

　現在は、何に喜び、何に怒り、何に悲しむのか、まるで分からなかったのだ。

　ゆえに、我々は、かつては仲が良かったとは信じることができないような態度で、口を動かし続けていた。

　しかし、その時間が苦痛であるのかと問われれば、そのようなものでもなかった。

　この時間を嫌っているのならば、帰宅する時間をずらしているはずだからである。

　私も彼女も共に帰宅していることを考えると、互いにとって、帰り道のこの時間は、それほど悪いものではないのかもしれなかった。

＊＊＊

　ある日、彼女が私の友人について訊ねてきた。

　顔を少しばかり赤らめていることから、どうやら特別な感情を抱いているために、私の友人のことを知ろうとしているのだろう。

　私の心がざわつくことがなかったことから、私が嫉妬という感情を抱いてはいないようである。

　理解していたことだが、改めて、彼女に対して私が恋愛感情を抱いていないということが分かった。

　だが、友人については、欠点も含めて、正直に話すことにした。

　常に明るく、怒りを露わにするところをほとんど見たことがないために、友人としては良い存在だが、女性にだらしなく、たとえ交際している人間が存在していようとも、二股をかけることは珍しいことではないということを伝えた。

　つまり、恋人として選ぶべき人間ではないということである。

　自分が想像していた姿とは異なっていたためか、彼女は明らかに落ち込んでいた。

　其処で、自分ならばどうかと売り込むようなことを、私がすることはない。

　私は恋人を裏切るような真似に及ぶことはないものの、彼女に対して特別な感情を抱いているわけではなく、それは彼女もまた同様だったからだ。

　余計な真似をすることで恥をかきたくはないと考え、私はそれ以上の言葉を発することはなかった。

＊＊＊

　それからも彼女は、私の知り合いの男性ばかりについて訊ねてきた。

　あるとき、何故私の知り合いばかりなのかと問うたことがあったが、

「あなたが仲介役として存在しているのならば、安心することができますから」

　どうやら、ある程度の信頼はされているらしい。

　しかし、以前の友人のように、恋人を裏切るような真似に及ぶことはない人間だと伝えたとしても、彼女がその人間と交際することはなかった。

　全ての人間を聞き終えてから、誰と交際をするのかを決めようとしているのだろうか。

　だが、彼女はそれほど佳人であるというわけではないために、たとえ誰を恋人とするのかを決めたとしても、自分の愛の告白が必ずしも上手くいくとは限らないのだ。

　しかし、私がそれを伝えることはない。

　そのような言葉を口にすれば、嫌われることは分かっていたからだ。

＊＊＊

　学生という身分を失ったために、彼女と共に過ごす時間が失われるだろうと思っていた。

　だが、私が勤めている会社の近くで彼女が働いているということが判明すると、以前のように、共に帰宅するようになった。

　これほどまでに同じ時間を過ごしているにも関わらず、互いに恋愛感情を抱くことはないということは珍しいのではないかと考えていると、彼女が以前のように、問いを発するようになった。

　それは、私の周囲に良い男性が存在しているかどうかということである。

　その問いに、私は呆れた。

　彼女は、何時まで私を頼るつもりなのだろうか。

　何時までも、私が同じ時間を共にすることはないのである。

　それを思えば、自分の力で動くべきではないだろうか。

　私がやんわりとそのように告げると、彼女は首を横に振った。

「私の人生には、常にあなたが存在していました。ゆえに、あなたが存在していない日々を考えることは、出来ないのです。だからこそ、このようにして、あなたのことを頼っているのです」

　その言葉は、聞き方によっては愛の告白のようだと考えることもできるが、彼女の表情から察するに、そのような意味ではないということは明らかだった。

　しかし、それは私にも当てはまることだった。

　私を頼ってばかりの彼女には閉口していたが、それでも、頼られるということについては、悪くは無い気分だったのだ。

　この関係は、まるで家族のようである。

　隣家同士で、幼少の時分から共に過ごしていれば、このような感覚を抱くのは当然のことなのだろうか。

　そのような疑問を抱きながらも、私は大きく息を吐くと、周囲の男性について伝えることにした。