第24話
「何かあったんですか」
いつものように、槇原はリハビリの道具を肩にかけて、玄関に立っていた。
「顔色がよくないですよ」
「いえ、なんでもないんです」
依然、庭では、焼夷弾の攻撃が続いている。
なんとかしなければ。
環奈は焦った。といって、どうすれば。
と、槇原が肩にかけた大きなビニールバッグに目がいった。槇原は、いつもよりも大きな袋を下げている。袋の口から、つるりとした水色のバランスボールが見えている。直径は五十センチほどだろうか。
「あ、これですか」
槇原が靴を脱ぎながら、言った。
「今日はデイサービスから直接来たんですよ。で、貸していたこのバランスボールを持って帰ろうと思って」
「先生のものなんですね」
上の空の受け答えになった。
これは、武器になる。
環奈の頭の中は、バランスボールを武器にすればというひらめきでいっぱいになった。
その後、槇原が何か言ったが、環奈は聞いていなかった。槇原の背後からお義母さんの部屋へ向かいながら、火の玉と化したバランスボールの姿ばかり妄想している。
部屋に入っていくと、お義母さんは無表情でベッドに正座座りしていた。
「さあ、きょうも頑張りましょう」
槇原に声をかけられて、お義母さんは我に返ったように頷いた。槇原の言うなりにベッドに横になり、手足を委ねる。
「先生、バランスボールを貸していただけませんか」
環奈は声をかけた。
「おや、ストレッチですか」
お義母さんの腕を上げながら、槇原は穏やかに答える。
「ええ。前から一度やってみたかったんです」
「どうぞ。そのかわり、気をつけてボールの上に乗ってください。いちばん小さいサイズですが、慣れないとうまく乗れませんから」
ビニールバッグからバランスボールを出して、環奈は乗った。腰を動かしてストレッチの真似事をする。
「なかなか難しいですね」
「簡単そうに見えますけどねえ」
横顔のまま、槇原は答えてくれた。
「ちゃんと使えば、かなり効きますよ」
「今日一日、貸していただくわけにはいきませんか」
すると、槇原は、目を見開いて振り返った。
「それは、構いませんが」
槇原の目が、不思議そうに瞬いている。環奈は作り笑いを返した。
「ちょっと練習したいんです」
明日、槇原が来るまでに、同じ大きさの新しいバランスボールを買ってくればいい。環奈はぎゅっとボールを抱きしめて、部屋を出た。
三十分後、槇原が帰るのを見届けてから、環奈は行動を開始した。小人たちの戦いを終わらせるための武器の制作だ。
といっても、特別なことをするつもりはなかったし、できるわけでもなかった。
このプラスチックの大きなボールを、火の玉にして白鷺さんの庭へと転がす。
おそらく、小人たちは驚愕するだろう。白鷺さんだって、腰を抜かすかもしれない。
火の玉ボールが庭の真ん中あたりまで転がったら、すぐに水を撒いて火を消し止める。隣の庭を火事にしたいわけじゃないし、家屋に燃え移ったりしたら大変だ。目的は驚かすこと。そして戦意を挫くこと。
午後になり、お義母さんが昼寝を始めたところで、環奈は庭へ出た。ライターを用意して、火を点けた。
ボワッと燃えると想像していた環奈は、あてが外れた。
点かないのだ。燃えないのだ。
ライターの炎は、ボールの表面を焦がすだけだった。
燃え広がってはくれない。火傷をしないよう注意していたというのに、この調子では火の玉になんてなりそうにない。
日差しの中でバランスボールに腰掛けて、スマートフォンをポケットから取り出し、バランスボールの素材をネット検索してみた。
塩化ビニル。
引火温度は、391度とある。燃えにくい性質のため、玩具などにも用いられるともある。
「はー」
思わず大きなため息が出た。武器を造るのはなかなか難しい。
バランスボールは、このままでは火の玉になってくれないとわかった。
それなら、どうすればいいか。
破壊力が欲しいわけではない。驚かせばじゅうぶんなのだ。それなら、ボールを紙にくるんで火を点け転がしたらどうだろう。
なかなかいい考えだと思った。立ち上がり、大きな紙を探そうと家の中に戻ろうとしたが、ふと、思い止まった。
紙では、すぐに燃え尽きてしまうのではないか。火の玉となって、隣の庭まで転がっていくには、穏やかに燃え、その後ボワッと燃え上がるのがいい。
考えに考えた末、二重構造にすればいいと結論が出た。
ボールをすぐに燃える素材で包む。その上から、穏やかに燃える素材でくるむ。
すぐに燃える素材をスマートフォンでネット検索していると、プチプチが目に止まった。
これならうちにある。素材を調べた。ポリエチレン。燃えやすいとある。
プチプチの上から被せるのは、薄い天然素材の布にしようと思った。布なら、プラスチックほど早く燃えないだろう。ちょうど隣の庭へ到着した頃、ポリエチレンが燃え上がるんじゃないか。
プチプチはすぐに見つかった。ネット上で不用品を売るときのために、プチプチはクローゼットの奥にまとめ置きしている。
ボールの丸い表面に合わせるために細かく切り、それからテープで貼り付けた。うまく転がるように、凹凸に気をつけた。
薄い布は、天然素材であれば、どんなものでもよかった。但し、なるべく派手な色を選びたかった。敵に大きな衝撃を与えられるインパクトのある色がいい。
イケアで買った古い夏物のカーテンがあったはずだと思い出した。この家に越してくるとき、捨てようか迷ったが取っておいてよかった。どぎつい黄色一色のカーテンで、狭い部屋には圧迫感があり、結局ほとんど使わずじまいだった。これからも使う予定はない。
布もプチプチ同様貼り付けると、巨大な黄色い塊ができた。
出来栄えには満足がいった。
黄色い塊。
まるで、大きな爆弾だ。これが燃えながら転がったなら、敵の小人たちは度肝を抜かれるだろう。
思わず鼻歌が出て、環奈は足取りも軽やかに庭へ出ようしたとき、
「どうぞお上がりください」
遥斗の声が、玄関のほうでした。
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