第21話

 不動産屋が指差すほうへ顔を向けると、ローズマリーの林のあった辺りの、そのまわりのツゲの木が傾き始めている!


「――そんな」


「マジかよ」


 遥斗も呆然と呟く。

 ツゲの木は倒れていった。地面の土の塊といっしょに斜面を滑り落ちていく。

 

 ツゲの木のまわりも次々と崩れていった。巨人が大きなショベルで斜面を削っているかのようだ。小さな雑草たちは飲み込まれるように、サツキやジンチョウゲは、わずかな抵抗を見せたあとに諦めて落ちていく。

 呆気に取られたまま、環奈は動けなかった。遥斗も身動きもできず、突っ立っている。


「危ないですよ!」

 不動産屋が叫んだ。

「早く上がってきてください!」

 弾かれたように、遥斗が動き出した。環奈は腕を引っ張られる。

 うろが来るとは、こういうときを言うのだろう。自分では上っているつもりが、うまく足を運べなかった。


 ようやく安全なレンガ道まで来たとき、ドーンと大きな音が響いてきた。

「大変だ」

 妙にとんがった不動産屋の声を、環奈はレンガの上にしゃがみこんだまま聞いた。


「わっ」

 環奈と同時に遥斗も叫ぶ。

 大きな穴が空いているではないか。大人が二人すっぽりと入れるほどの穴だ。


「もっと崩れますよ! 危ないですから早く!」

 同時に、隣の白鷺さんの庭でも、大きな音が響いた。庭の真ん中あたりにある月桂樹の木が傾いている。


 あっという間だった。月桂樹の木は、斜面に向かってドドドッと倒れ、そこからレンガの道も崩れていった。

 環奈よりも遥斗の反応のほうが早かった。地面に両手をついて、四つん這いに斜面を上り始める。環奈のことなど忘れてしまったかのように駆け上がり、遥斗が蹴り上げた泥の粒が、環奈の頬に飛んだ。

「やだ!」

 叫んで顔を拭ったとき、環奈は聴き慣れたあの声を耳にした。きゅうきゅうという小人たちの雄叫びだ。


 声のしたほうへ反射的に顔を向けた。右斜め下だった。数十人の小人たちが、落ちていくツゲやサツキの枝に捕まって難を逃れようと必死にもがいている。

 見覚えのある小人はいなかった。ジョーやあの女兵士もいない。いたのは、明らかに、いままで見た小人たちとは違う小人だった。

 

 家族だ。

 

 上から、不動産屋が、

「早く、早く!」

と叫ぶ声がしているが、環奈は動きを止めた。

 

 小人の子どもだ。通常の小人よりももっと小さい。男の子も女の子もいる。母親らしき小人に抱かれている。手をつながれている子もいる。

 人間で言うところの、年の頃はばらばらだ。大きな子は小さな子を助けている。小さな子は泣きじゃくっている。

 

 小人たちは、兵士だけではなかったのだ。戦う者たちの背後には、家族がいたのだ。地面の中に彼らの家があったのだろう。兵士たちは、戦いを終えると、そこへ帰っていたのだ! 

 胸をえぐられるような衝撃を受けた。

 白鷺さんといっしょに、スコーンを食べながら、おもしろく戦いを眺めていたこと。勝たせるために、武器を造ったこと。武器を造りながら、ワクワクしてしまったこと。

 

 なんてことをしてしまったんだろう。

 

 環奈は叫び出しそうになった。

 

 ごめんね! ごめんなさい! 


「環奈! 何してるんだよ!」

 上にたどり着いた遥斗が叫んでいる。

 環奈は腕を伸ばした。自分も滑りながら、小人の家族たちに向けて腕を差し出した。

 小人の家族を救いたい。二等辺三角形の土地で、おそらく兵士たちは全滅しただろう。だが、家族たちだけは救ってやりたい。


 そう思ったのも束の間、環奈は滑ってしまった。

「わあぁ!」

 視界は泥の土色や草木の緑でいっぱいになり、そしてすうっと白くなった。何が起きたのか、環奈にはわからなかった。次に襲われた痛みに、もう一度、

「わあぁ!」

と、自分が叫んだような気がした。

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