第17話

 怪我を追った兵士の傍らで、溝を伝ってやって来た小人たちが世話を焼いている。  

 あの女兵士も、かいがいしく動き回っている。


 頼もしい彼女の姿に、環奈は胸が熱くなった。ナイチンゲールさながら、負傷兵に寄り添って手当をしている。


 と、彼女は小さな花びらを手にした。

 スミレ?

 花びらには、雫が丸く浮かんでいる。その雫を横たわった小人に与えているようだ。

 その雫に、彼女が混ぜているものを目にして、環奈は息をのんだ。


 女兵士は、雫の中に、白い粉状のものを混ぜている。

 それが、お義母さんのドネペジルを砕いたものだと、すぐにわかった。なぜなら、溝を伝ってきた小人たちが、肉厚の葉に包んで持ってきたのが、ドネペジルの欠片だったからだ。

 肉厚の葉の中で、小人たちは石を使って、ドネペジルを砕いていた。粉状にすると、雫に混ぜる。それを、繰り返している。


 ドネペジルの入った雫を飲んだ負傷兵がどうなっていくかといえば。

 

 環奈は目を瞠った。


 元気になっていく。明らかに、生気を取り戻していく。


 このために、小人たちは、お義母さんの部屋から、ドネペジルを盗んでいたのだ。   

 ドネペジルに小人の体力を復活させる効果があるとは。


 そのとき、白鷺さんの庭のほうで、ザザザッと斜面を滑る足音が響いた。音に反応して、クマザサの茂みの中の小人たちが慌て始める。

 いや、予想どおりだったのかもしれない。小人たちは無駄のない動きで、元気な者が負傷者を背負い、クマザサの茂みの中央部分に集まり始めた。

 

 ザザザッ!

 

 クマザサの中で、負傷兵を囲んで円陣が組まれ始めた。

 

 木々の合間から、白鷺さんが見えた。


「白鷺さん!」


 環奈はクマザサをひとまたぎして、庭と庭の境にあるフェンスへ向かった。

 フェンスに手をつき、クマザサの茂みの前に立ったとき、白鷺さんがはっきり見えた。

 なにやら、いつもとは様子が違う。目は思いつめたように地面を睨み、口元はまっすぐ引き結ばれている。


 その上、白鷺さんは、両手に大きなショベルを掴んでいた。柄が長く、土受けが大きなバケツほどもある、深く土を掘り起こすときに使うショベルだ。

 そのショベルを、白鷺さんは、自分の前へ押しながら進んでくる。ザザザッという音は、ショベルが足元の道に敷かれたレンガに当たる音だったらしい。


 ショベルの土受けには、たくさんの小人たちが乗っていた。刃先の部分までびっしりと、弓を肩に担いだ小人たちが、ショベルから落ちないよう隣の者と手を組んで立っている。


「ちょ、ちょっと待ってください」

 

 いったい、白鷺さんはどういうつもりなのだ? 

 おもしろおかしく、小人たちの戦いを、高みの見物をしていただけだったのに。もちろん、武器は造った。強力な戦車もどきだ。それでも、それは協力しただけであって、実際に戦闘に出向くのとはわけが違う。小人たちをショベルの上に乗せて運ぶのは、ルール違反じゃないか?

 

 環奈が声をかけても、白鷺さんは返事をしなかった。フェンスの途切れた場所へと黙々と進む。

 

 このままでは、うちの小人たちがやられてしまう。そう思ったものの、環奈になす術はなかった。なんの準備もしてきていない。

 

 カツンと金属的な音が響いた。途端に、キュウキュウと雄叫びが上がる。

 白鷺さんの小人たちが、一斉に土受けから飛び降りた。

 

 その瞬間、クマザサの茂みの中からも、雄叫びが響いた。まるで、大きな動物が動いているかのように、葉がもわもわと揺れ出した。

 

 あっという間だった。白鷺さんの小人たちがクマザサの茂みに到達した。ピュンピュンと小石が飛び始める。ピチッと枝の剣が交わる音が続く。

 

 環奈はクマザサを掻き分けた。どう楽観的に想像しても、こちらの小人たちが不利だ。何せ、負傷兵がたくさんいる。

 

 案の定、茂みの中で、環奈の庭の小人たちは苦戦を強いられていた。

 バタバタと味方の小人たちが倒れていく。あの女兵士もいた。背後の負傷兵を庇いながら枝の剣を振っている。


「白鷺さん!」


 環奈は白鷺さんに向けて叫んだ。


「もう止めさせて! 全滅しちゃう」


 白鷺さんは、ちらりと視線を向けてきたものの動こうとしない。


 どうして?


 理解に苦しむ。彼らをなぜ戦わせるのか。


 その間に、白鷺さんの背後から、戦車もどきが現れた。隊列を組んで、レンガの道を進んでくる。

 もう、だめだ。そう思ったとき、白鷺さんの小人たちが、新しい動きを始めた。なんと、彼らは、環奈の小人たちが運んできた肉厚の葉を奪おうとしている。葉の中には、ドネペジルがある。

 

 もしや。


 彼らの目的は、あの錠剤だったのか?


 彼らが侵攻してきたのは、あの錠剤を奪うためだった?


 錠剤を奪われ、倒されていくこちらの小人たちは、徐々に退却を迫られた。勝利を告げる雄叫びが、白鷺さんの小人たちから上がる。


「小森さん」

 白鷺さんの声に、環奈は顔を上げた。

「どうやら、うちの小人たちが占領を完了したようね」

「占領……」

「この土地は、うちが貰うわ」

「え?」

 環奈は呆然と、足元の茂みを見た。二等辺三角形の地面は、白鷺さんの小人たちで埋め尽くされている。



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