第14話
季節が進んだせいだろう。
落葉樹の色づいた葉がレンガを覆っている。
どこか、寒々とした風景だった。ここに越してきてから、環奈は庭が季節によって様変わりするのを目にしてきた。
初夏の頃、庭は新緑で一気に明るくなる。秋を過ぎると、色味は茶色がかり、さびしくなる。
ただ、今、目にしている庭は、季節のせいだけではない寂しさがあった。荒廃といっていい。
いたるところに、土塁の跡が見えた。おそらく、初めて環奈が目にしたときから増設されたのだろう。そして、何度も壊されて造り直された。
想像よりも酷かった。白鷺さんによって造られた武器は、すさまじい威力を発揮したようだ。
ジョーは斜面を下っていく。ローズマリーの林のほうではなかった。反対の、白鷺さんの庭からは遠い斜面へ向かう。
ずいぶん、後退させられたんだな。
胸が疼いた。見渡しても倒れた小人の姿は見えない。すぐにどこかへ埋葬しているのだろう。
グミの木の近くにたどり着いた。てらてらと光るグミの葉が、陽の光に当たって模様を作るように揺れる。
グミの下にはセンリョウが密生していた。全体が丸く膨らんで、根元はすっかり陰になっている。
ジョーが一本の枝に捕まり、大きく揺らした。すると、ぞろぞろと小人たちが現れた。
みんなJのマークをつけている。
ただ、どうにかそうとわかる程度で、どの小人もジョー同様、悲惨な姿だった。
包帯の代わりか、頭に弦を巻いている者がいる。
小枝を杖にしている者、片手となり、失くなった腕の代わりに草の茎をぶら下げている者。
一人の小人が前へ進み出た。いくらか元気そうな小人だ。
小人の年齢などわからないが、ジョーよりも若いかもしれない。もしかすると、まだ子どもといっていい年齢とも考えられる。破れたトンガリ帽子を片手で掴み、こちらを見つめる姿勢が若い苗を思わせる。
少年小人の前に、後ろから、弓が投げられた。環奈が作った弓だ。その弓は、竹串の部分は折れ、弦にした輪ゴムが、串の端から垂れている。
弓がなくなった?
その証拠に、少年小人は、壊れた弓を手に取ると、いやいやをするように首を振ってみせた。
新しい弓を催促してるんだわ。
そう思ったが、どうしてやることもできないと思う。
もう、君たちの戦いにかかずらってはいられない。
そのとき、環奈の背後から、ザーッザーッと、何かが地面を引きずるような音が聞こえてきた。途端に、目の前の小人たちがキンキンと叫び声を上げ、いっせいに散る。
「ちょっと待って」
一人残された環奈が振り向くと、茂った雑草が左右に揺れているのが見えた。揺れは斜面をぐんぐん進んでくる。
なんだろう。
雑草の合間から、四角いものが見えてきた。
幅二十センチほどの箱型の物体。
車輪がある!
色は、茶と深緑色でまだらだった。そして側面には、大きくCのマーク。
戦車?
まさかとは思ったが、迫ってくる物体にいちばん似ているのは、環奈の知る限り戦車だった。学校の歴史の教科書か何かで見た憶えのある戦車にそっくりだ。
もしや、あれが、白鷺さんが作った武器?
車輪まで付けてやるなんて、なんと凝った仕事をしたのだ。
動きが早い。どうやら、電力で動いているようだ。車体のどこかに釦肩の電池でも埋め込まれているのだろう。ご主人が設計したに違いない。プラモデルの戦車を真似て造ったのだ。
環奈は白鷺さん夫婦の器用さをあらためて知らされた。白鷺さんの家の庭には、手作りのパーゴラがある。大きなパーゴラに比べれば、あんな戦車もどきなど制作するのは簡単だったのかもしれない。
ボン!
小鳥のさえずりよりも小さな音ではあったが、味方の小人たちを震え上がらせるにはじゅうぶんだった。
音とともに、石が飛んできた。
弓矢で飛ばすよりも断然大きな、直径四、五センチはありそうな石だ。
石は、戦車の上に取り付けられた板の上から飛んできた。梃子の要領で小人が板の端に乗ると、備えられた石が飛ぶしくみになっている。
環奈のまわりは、阿鼻叫喚の場と化した。
石に当たった小人がバタバタと倒れる。
石に当たった枝が折れ、それが小人たちの逃げ道を阻み、そこにまた石が飛んでくる。
戦車もどきは、一台ではなかった。一、二、四……。六台も向かってくる。白鷺さんの仕事量に驚かされた。
戦車もどきは、斜面の全方向からこちらに向かってきていた。ローズマリーの林のあたりにも、ツバキの近くにも、ツゲの根元の横からも向かってくる。
電力で動いているのだ。疲れ知らずだ。C、C、Cと、車体に書かれたマークが迫ってくる。すごい数だ。
おののきながら、味方を振り返ると、あの女性兵士の姿を見つけた。
果敢に戦っている。まわりにいる数人の小人とともに、石を集め、投げている。弓はもうないのか、素手だ。振り上げた小さな腕から、小さな石が投げられる。
抵抗は虚しかった。彼女たちが投げた石は、戦車もどきには届かない。
そのうち、彼女のまわりから離脱者が出始めた。
一人、また一人と斜面のもっと下へと逃げていく。誤って、斜面の下の溝に落ちてしまう者もいる。それでも彼女だけは頑張っている。
逃げない。何度も石を拾い投げ続ける。
負けないで。
熱いものがこみ上げてきた。男たちが逃げた後も、たった一人で敵に向かう彼女の姿は誇らしい。
そのとき、ピチリと、石が環奈の手の甲に当たった。
「イタッ」
思いの外、鋭い痛みだった。瞬間、カッと怒りが湧く。
環奈は斜面を駆け上がった。自分でも驚くほど怒りにかられていた。
これが、本物の戦闘なのだ。戦いはよくないこと。いくら頭でそうわかっていても、実際戦場でやられたら、怒りは湧き上がる。
このリアルな怒りは抑えられない。
建物の軒下まで着いた環奈は、庭用の水場に向かった。家の横に設置されている水場には、庭の水やり用の水道が引かれ、蛇口にホースがつながれている。
環奈は思い切り蛇口をひねった。ホースの先端にはノズルが付いてい、つまみの調節でシャワー状の水になったり、高圧洗浄機に負けない強い水圧の水も出る。
迷わず強い水につまみを合わせ、環奈はノズルを庭の斜面に向けた。
戦車もどきのいる場所を探す。
あそこだ。
ゲリラ豪雨まがいの水が、戦車もどきを直撃する。ザザザッと草をなぎ倒しながら、戦車もどきは斜面を転がっていった。
快感だ。
おもしろいように、水が戦車もどきを転がしてくれる。
戦車もどきを押していた小人たちも、斜面を転がっていく。ある者は枝に引っかかり、ある者はなんとか草にしがみついたが、強い水の力にはかなわなかった。
斜面に伸びるレンガの小道に、転げ落ちた小人たちが積み重なった。枯れ葉が重なるように、一人の上に一人、また一人。
哀れだった。なす術もなく、おそらく何が起きたのかわからないまま斜面を落ちていったのだろう。
気がついてみると、庭中が水浸しになっていた。豪雨の後のように、葉に残った水滴がキラキラと輝いている。
ホースを持ったまま、環奈は呆然と立ち尽くした。
自分がしたことは正しかったのだろうか。
隣の家の小人たちを阻止できた。それは間違いない。うちの小人たちを救った。それも間違いない。
だが、代わりに、あの積み重なった白鷺さんの庭の小人たちの姿――。
チュチュチュッと、頭上で小鳥がさえずり、青い空が広がっている。
あの女兵士はどうしただろう。うまく、どこかへ隠れてくれただろうか。
言い訳を求めるように、環奈は女兵士の姿を探した。
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