第13話

 遥斗はどうやって金策をしているのか、環奈にはわからない。

 ただ、そのためにありとあらゆる知り合いを訪ね歩いているのか、毎日帰りは遅かった。

 

 遥斗の借金を知って、そろそろ十日がたつ。

 いまだ、解決策は見つかっていないようだ。むしろ、状況は悪化しているのかもしれない。

 朝、出かけるときの遥斗を見ると、日に日に憔悴の度合いが増しているのがわかる。


 悪化しているのは、借金問題だけではなかった。

 お義母さんの症状だ。

 遥斗の告白が、なんらかの影響を与えたと思わずにはいられない。

 借金話があってから、明らかにお義母さんは変わった。食事を食べて五分もたたないうちに、お腹が空いたと言い出したり、粗相をして、トイレを汚す回数が増えた。

 以前とは比べ物にならないほど、環奈の時間はお義母さんの世話に使われるようになった。

 

 とうとう、環奈はスーパーの帰りに、ドラッグストアに寄り、大人用のオムツを買ってきた。根気よく付き合えば、お義母さんはまだトイレで用が足せる。だが、四六時中見張っているわけにはいかない。いくらパートに出ておらず、一日家にいるとはいえ、環奈にはお義母さんの世話以外にもするべき家事がある。


 オムツを推奨すると、はじめ、かなり抵抗された。オムツといっても、下着のパンツと同じような履くタイプだから、そう思って履いてくれればいい。何度も頼んで同意してもらった。

 

 遥斗に手伝ってもらえないのが辛かった。だが、今、この家を覆ういちばんの難題は遥斗の作った借金だ。遥斗がそれに奔走している以上、何も言えない。


 お義母さんがオムツをするようになって助かった分、別の仕事ができた。いままでとは段違いにゴミが増えたのだ。

 お義母さんはほんの少しでも尿を漏らすと、すぐにオムツを替えたがる。オムツのパッケージどおりなら、あと数回はつけていられるはずなのに、一回一回替えるせいで、ゴミ袋はすぐにいっぱいになる。


 オムツをつけ始めたお義母さんに、これ以上我慢を強いるほど、環奈は冷たくなれない。

 溜まっていく汚れたオムツを、ただ黙々と拾い上げ、ゴミ袋に入れる。


 オムツはまとめて市の規定のゴミ袋に入れて、燃やせるゴミの日に出すのだが、収集日が来るまで家の中に置いてはおけなかった。臭いがひどいのだ。オムツは収集日まで、庭へ下りる階段横にまとめて置いておくようになった。

 

 ゴミ袋の口をきつく締めて、庭への階段を下りた環奈は、なるべく庭のほうへ視線を向けないようにして、ゴミ袋を地面に置いた。

 小人たちの戦闘が今はどうなっているか、環奈は知らない。もう、関わりたくない。いや、関わってる暇はないから……。


 庭に出る回数が格段と減ったせいで、階段まわりにも、雑草がはびこっていた。

 あんまりだと思い、数本のエノコログサを毟る。


 と、目の前に、まるでバッタか何かのように、小人が飛び出してきた。小人は階段の下から二段目に飛び乗った。


「ジョー!」


 思わず環奈は叫んでしまった。


 以前見たときとは様変わりしている。Jマークの入った服はぼろぼろで長靴も片方しか履いていない。

 目を凝らしてみると、ジョーの顔には、いくつも切り傷があった。切り傷なんてもんじゃない。片目が潰れてしまっている。

 

 やられたのだ。

 ジョーの姿から、激しい戦闘の様子が想像できた。白鷺さんがどんな武器を提供したのか知らないが、かなり強力だったのだろう。

 

 追い詰められている。

 もしかすると、もう、負けてしまったかもしれない。ということは、うちの庭は、白鷺さんの庭の小人たちに占拠されてしまったのかもしれない。

 

 かわいそうに。

 

 その気持ちが表情に現れて、それがジョーに理解できたのかはわからない。

 ジョーは、階段から飛び降りると、庭のほうへ走った。それから立ち止まり、環奈を振り返って、手を振る。

 

 来いってこと?

 

 だが、環奈は踏み止まった。小人たちの戦闘に協力できる状態じゃないのだ。申し訳ないが、自分たちでなんとかしてもらいたい。

 

 そもそも。

 

 小人たちの戰爭など、自分には何の関係もないのだ。白鷺さんの庭の小人が侵攻して、うちの庭を占領したって、痛くも痒くもない。

 はじめはちょっと同情して協力もしたが、もう、ここまでだ。自分の生活をないがしろにしてまで、小人たちに構ってはいられない。何せ、家の中には問題が山積している。

 

 そのとき、ジョーの後ろから、もう一人、小人が現れた。若干、ジョーよりも小ぶりの体型。そして――。


 女だ。

 

 女の小人。


 その女の小人は、ジョーと同様ぼろぼろで、両足には長靴も履いていない。どうにか形を留めている破れたとんがり帽子から、三つ編みにされた長い髪が出ている。

 そして、彼女は手に折れた弓を持っている!


 女兵士!


 驚きとともに、環奈の胸に、何か熱い思いが湧き上がってきた。

 

 彼女も手を振ってきた。環奈を呼んでいる。姿はみすぼらしかったが、堂々として、ジョーよりもむしろ勢いが感じられる。ジョーは、毒が抜けてしまったような、さびしさがただよっているというのに、この女性兵士ときたら。


 手助けしたい。


 熱い思いが湧き上がってきた。。


 環奈の足は迷いなく、庭へ向いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る