第11話

 スニーカーの踵を踏んだまま、環奈は庭へ続く階段を駆け下りた。

 レンガを敷いた小道を進み、斜面へ下りる。

 

 小人たちの雄叫びは、どこからも聞こえてこなかった。代わりに、頭上で鴉が太い声で鳴いている。午前中よりも風が出てきたようだ。

 

 空を見上げると、西のほうに黒く厚い雲が浮かんでいる。

 胸の中の不安を現したような空だった。

 あの雲は、これからますます大きくなって、空を覆い尽くすんじゃないか。

 

 白鷺さんの庭との境界線あたりまで進んでみた。

 依然、雄叫びは聞こえないし、小さな影が動くのも見当たらない。

 

 もう、戦闘は終わったのだろうか。

 

 そう。休戦しているのかもしれない。

 小人たちだって、四六時中戦っているわけじゃないだろう。体を休める時間だってあるはずだ。

 

 基地というか、本部というか、小人たちが造ったとおぼしき土塁のある場所へ行ってみようと思った。ローズマリーの林の下だ。

 

 滑らないように注意しながら、斜面を上ったり下りたりしながら、ローズマリーの林の根元までたどり着いた。

 チクチクする葉をかき分ける。土塁はあった。そして、小人たちが集まっているのが見えた。

 

 かなりの数だった。やはりこの場所は、うちの小人たちの大事な拠点なのだろう。 

 武器の傍らで寝転んでいる者。

 数人の塊になって、何やら地面に書きながら笑い合っている者。細長い雑草の葉をベッドにして寝ている者もあった。

 

 やっぱり休戦中なんだ。

 

 小人たちの様子は、戦っているときよりもリアルだった。その上、戦っているときは、どれも同じにしか見えなかった小人たちの顔が、こうしていると、鮮明に見えてきた。

 優しげな顔つきの者、意地悪そうな者も間抜けそうな顔つきの者もいる。

 

 ジョーを探して、さらにローズマリーの葉を倒すと、環奈に気づいた小人たちは、慌てて逃げる準備を始めた。

「待って、違うの」

 相手には伝わらないとわかっていながらも、叫ばずにいられない。

 どうしたら、小人たちを怖がらせずに武器を渡せるだろうか。自分は敵ではない。それをわかってもらうには。


「あ」


 環奈はしゃがみこんだ。その拍子に滑りそうになったが、片足を半分枯れたツゲの幹で支える。

 

 小人たちが去った地面に残されていたのは、釘だった。環奈がばら撒いた釘だ。

 小人たちが運んできたのだろう。ということは、彼らも、この釘を何かの役に立てたいと思ったのだ。

 

 環奈は制作した弓を一つ選んで、釘を手に取った。

 見本をみせよう。

 輪ゴムの弦を張った。そして釘を空に向けて放つ。

 

 ぴゅうん。

 

 威勢はよくなかったが、飛んだ。うまくいった。

 

 嬉しさがこみ上げた途端、わおわおと叫び声が上がった。小人たちの声だ。飛んだ釘に驚いているのだろう。

 

 ふたたび弓を取り出し、環奈は矢を放った。今度はさっきよりも高く飛んだ。

 わおわおと、一段と大きく小人たちの声が響く。

 環奈は続けた。空に向けて矢を放つ。

 黒い雲は、ますます近づいてきている。雨になるかもしれない。その空へ矢を放つ。

 

 何度も矢を放つうちに、土塁のまわりに徐々に小人たちが集まり始めた。

 どの小人も、驚きと喜びに満ちた表情で、環奈の弓を見つめている。葉の隙間から、小石の上で、小人たちの顔がこちらを見つめている。

 その中から、威厳のある表情で、あのジョーが環奈の近くに歩み寄ってきた。怖がっている様子はない。

 

 環奈は矢を放つのをやめて、そっと足元のローズマリーの根元に弓二十本を置いた。託されたとわかってくれたのか、ジョーが弓に近づいて来る。

 

 きっと彼らは使いこなすだろう。

 そして、彼らは勝利するだろう。

 

 深い満足感を覚えて、環奈はひょいと足を上げて斜面をずれると、レンガの道へ戻り、庭を後にした。



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