第6話

 庭を進むと、足元でしゃわしゃわと草が揺れる音がし始めた。動物か何かが草を分けて動くような音だ。


 草の間に目を凝らす――いた。動物ではない。

 小人たちだ。はっきり見えないが、さっと草の葉に隠れる体の半分や頭の先だけが見える。


 数が多い。

 

 そう思った。環奈の家の庭にいる小人たちより、もっとたくさんの数の小人たちが、白鷺さんの家の庭にはいるようだ。

 

 コニファーの木までやって来た。白鷺さんの家の庭も、環奈の家の庭同様、北側に向いている。日当たりは決していいとはいえない。ただし、家と家の間をすり抜けて、東からの陽の光が届く。今、コニファーのてっぺん部分だけに、明るい陽が差している。

 白鷺さんがしゃがみこんだので、環奈も習った。

 コニファーの根元の土が妙に盛り上がっているのが確認できた。人工的な盛り上がり方だ。ここにも、さっき自分の庭で見つけたような土で作られた四角い粘土の塊のようなものがあった。根元を囲むように、いくつもの四角い塊が並んでいる。


「すごいでしょう? 全部、うちの小人たちが造ったのよ」

 うちの小人たち。

 さっきから、何度も白鷺さんは、そういう言い方をする。

「ほら、ここを見て」

 白鷺さんが、いちばん大きな四角い土の塊を指差した。

「この下にどうやら穴が掘られているみたいなの」

「穴?」

 顔を少し近づけてみた。

 たしかに、空洞になっている部分の下が暗くなっている。

「どうして穴なんか」

「あの穴の奥から出てくるのよ」

「小人たちが?」

 そうと、白鷺さんは、はっきりと頷く。

「多分、あの穴の奥に、小人たちの作戦本部があるんだと思うわ」

「作戦本部……」

「ううん、違うわね」

 白鷺さんは、胸の前で腕を組む。

「なんて言うのかしらね。兵隊たちが集まって待機しているところ」

「基地?」

 口にしてみたが、正しい言葉なのかはわからない。普段の自分の生活に関わりのない言葉を口にしている。

「ちゃんと隊列を組んでね、出てくるのよ。そりゃあ見事なもの。小人たち、それぞれが武器を担いでいるの。木の枝や草を編んで造ったんだか、編籠みたいなものに、小石をいっぱい入れて運んでいる部隊も見たわ」

 

 少し怖い気がした。いくら小さな存在とはいえ、軍隊であることは変わりないのだ。

「そしてね」

 白鷺さんは立ち上がり、環奈の家の庭のほうへ顔を向けた。

「前線に進んでいくのよ」

「前線……」

「そうよ。戦闘には必ず前線があるじゃない」

「はあ」

「わたしもね、戦闘がどんなふうに進んでいくのか知らないのよ。うちの父は召集されて太平洋戦争に行って、満州で終戦を迎えたって話だけど、戦争の話が嫌だったみたいで詳しくは訊けなかったし。わたしは戦争が終わってから生まれてるから、戦争なんて見たことないじゃない?」


「太平洋戦争……」

 子どもの頃、社会科の教科書で聞いた覚えがある。

「そうよ。あなた、若いからって知らないわけじゃないでしょう? 日本だって、戦争をしていた時代があったのよぉ」

「そうですよね」


 チチチッと、鳥が頭上で囀る。奇妙な話をしていると、あらためて思った。この美しい白鷺さんの庭には似つかわしくない。

「不思議だわ。つい最近まで、小人たちは静かに暮らしていたのに」

 声を落として、白鷺さんはため息まじりで続けた。

 白鷺さんが言う前線の辺りに顔を向けた。ここからは何も変化は見られない。ヒイラギの葉が風に揺れているのが見えるだけだ。

「一体、どういうわけで、うちの小人たちは、お宅の庭へ侵攻していくことになったんだか」

「いつから小人たちは白鷺さんのお庭に?」

 白鷺さんは、う~んと首を傾げた。


「そうねえ、夏前だったかしら。害虫駆除のスプレーを庭に撒いていたら、小人たちの大移動が始まって。それで、見つけちゃったのよ、胸にCのマークを付けた小人たちを。というか、小人たちにしてみれば、とうとう見つかったというわけね」

 白鷺さんは、頻繁に害虫駆除をする。二階の窓からふと白鷺さんの家の庭を見るとき、薬剤の入ったスプレーを手に、庭をくまなく歩き回る姿を何度も目にしている。 

 彼女の庭の植栽に、ほとんど虫がついていないのは、そんな普段からの仕事の賜物だ。

 虫を殺す薬剤は、小人たちにとっても恐ろしいものなのだろう。それは、空から降ってくる化学兵器に等しいんじゃないか。

 環奈は、ほとんど、害虫駆除をしない。しなくてよかったとあらためて思った。

 ジョーたちを苦しめなくてよかった。


「すごい数の小人たちだったわよ。なんだかいろんなものといっしょに、家財道具っていうんじゃないわね。だって、彼らは軍隊なんだから。武器の類だと思うわ。それを運びながら逃げ回っていたの」

 そのときの様子を思い出したのか、白鷺さんはくすりと笑った。

「おっかしいったらないの。わたしがシューッってやるでしょ? そしたら、ワーッって、右往左往して」

 笑えない。

 小人たちにしてみれば、とんだ災難だろう。

 どうやら、小人たちは、白鷺さんの庭のいたるところに存在していたようだ。ジョーたちも同じかもしれない。戦っているぐらいだから、同じ小人と見えても種類は違うのだろう。隣り合わせの庭で、対立する小人たちが存在している。


「あ、そうだ!」

 白鷺さんが、ポケットからスマートフォンを取り出した。

「見て、見て。始めて小人たちを見つけたときの写真」

 スマートフォンの画像には、たくさんの小人の姿が撮られていた。

 部隊全体を遠景で撮ったもの。

 一人の小人にフォーカスし、青空をバッグに写したもの。

 なかなかの出来栄えだ。

「スマホは苦手なんだけど、写真はなんとかね」

「お上手だと思います」

「だけど、撮ったって、何かできるわけじゃないのよねえ。まさか、SNSにアップして、いいねをもらうわけにもいかないでしょう? 大体、わたし、SNSなんてできないし。そうだ。転送しましょうか?」

「え、いいです」

「あら、せっかくめずらしいものなのに」

 そのとき、白鷺さんが「前線」と言った辺りで、キュウキュウと、奇妙な音がした。それは、鳥の鳴き声とも野良猫の呻きとも違う、不思議な音だった。


「始まったのかも」

 白鷺さんが、上ずった声を上げた。その声に、前線の辺りにふたたび目をやると、ヒイラギが奇妙な形に傾いでいる。

「見に行きましょ」

 頬を紅潮させて、白鷺さんは環奈の腕を取った。



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