第一章「仁平薫」

イントロダクション

 思い出したくない辛い記憶や悲しい記憶を、そこだけピンポイントで消すことができるとしたら、君ならどうする?

 無論、辛い記憶を消したところで、失われたものが戻ってくることはない。

 それでも、過去をすべて清算して、新たな気持ちで前を向いて生きたい。そう願う人は決して少なくないだろう。

 それは、俺とて例外ではなかった。

 記憶を消去する技術を、葉子はこの世界に残してくれた。

 俺は、その技術を用いて、記憶の一部を消すことにしたのだ。


 テレビを点けると、『記憶消去方』のCMがテレビから流れてきた。

 葉子がいなくなった世界で、しかし、彼女が残していったものがこうしてみんなの目に触れている。

 それが、俺はとても嬉しかった。

 同時に、少しだけ切なくもなるのだった。

 テレビから流れてくる音声を聴きながら、俺は在りし日の葉子の姿を瞼の裏に浮かべた。


 それはもう、決して戻れはしない追憶の日々だ。


   *

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る